27
防具を修理し、清掃し、床につく。そこからの数日は、森と荒地、それと要塞都市プルミエの間を往復する日々が続いた。朝、Dランクの依頼を受注し、3時頃まで狩り続ける。夕方帰り、鎧を洗い、依頼の報告をギルドで行う。大体の1日あたり、大銅貨90枚から100枚程度だろうか、結構な額が貯まって、森林と荒地での狩りにも慣れてきた。
そんなある日、依頼を終えて鎧を洗濯し、ギルドに依頼を報告しに。市場で目にしたのは、いつもとは違う4人組、煌びやかな衣装に身を包み道化を演じる赤い鼻、傷だらけの鎧に身を包みハルバードを背負う眼帯を付けた大柄な男、商人だろうか肥えた体を服に包む中年の男、そして大柄な人物に迫る身長の女。場違いな、この市場にも、この都市にも。肥えた男の前には、風呂敷が広げてあり、多種多様な商品が、置かれていて、恐らく旅の行商人。横目で商品を見たが、目ぼしい物はなく、ギルドに依頼を報告する。これで、達成したDランクの依頼は14、Eランクの依頼も息抜き程度にクリアしていたため、残り1つ。受付嬢に、Cランクの昇格試験はどこで受けるのか、聞くと、
「すみません、Cランク昇格試験は、基本的にCランク相当の依頼を、ギルドの支部で受ける物で、残念ながら、この都市は小さいものでして・・・受けられる場合、北にいくしか、つまり国を超えないと・・・」
この世界において、モンスターは、半自動的にポップするが、その強さは北の、最北の山脈に近ければ近いほど強いモンスターがポップするらしく。故に最南端の、マルーンでは中級が最高で、森の奥深くに上級モンスターが数少なくポップするのみらしい。それ故冒険者、それに加えてこの国の騎士の多くは、鍛えるために北の国に武者修行に行くのだそうだ。そしてここら辺にある支部は、ルリコン帝国、これはマルーンの半分もないような横に長い小さな国、それより北、ライラック王国の南部の都市ディセ、この都市にあるのだという。ここから馬車を使って移動する。馬車は、大体1日50キロから80キロ程度進めるだろうか。北部に位置するこのマルーンから、南部に位置するディセまで約600キロくらい、いや、馬車で10日といわれたので勝手にそのくらいだと考えたまで、だが。だいたい、ミュンヘンからブタペスト、そこら辺までの距離くらいかと思う。そう考えると、ルリコン領土の南北の広さ、というのは結構小さいことになる。一体、ディセ行きの馬車がそうそうあるはずもなく、馬を借りる、いや、この距離だと買うしかないのか。価格を受付嬢に聞くと、満面の笑みで銀貨90枚と言われてしまった。ふざけた価格、いや、馬1頭育てる労力を考えると、そんなものだろうか。歩いていくとなると、残念ながらその2倍以上、大体25日程度はかかるだろう、それは辛い。途中途中に町や都市はあるとはいえ。
困った顔をした自分に、受付嬢は、
「大丈夫です。ここだけの話、明日朝一でギルドに来てください、幸運なことに、ディセまでの護衛依頼が出る予定です。それは馬車なので、10日程度でつくでしょう。」
「そうか、ありがとう!おかげでディセまでいけるよ。」
「それと、護衛依頼はCランクなんです、折角なので、今日、今からお売りいただくドロップアイテムの中から、数があったら、明日朝一で達成できるよう、Dランク依頼を1つ用意しておきます。」
「何から何まで、ありがとう。感謝しきれないよ。」
「いえ、この都市から、Cランクの冒険者になれそうな人が出るのは、久々・・・いや、建前はやめましょう。今日、6時から、夕食を一緒に食べませんか?そこで、少し、大事な話があるんです。」
これは、もしかして、紅潮する頬、なんとか平静を装って承諾する。夕食、まさかとは思うが、半ばにやけそうになる顔を抑えつつ。ギルドを出て、宿に戻り、体を拭う。夕食はいらない旨を女将に伝え、念入りに拭う。口臭消しの葉を、歯を磨いた後3枚ばかり噛みしだき、外に出る。待ち合わせの、市場のパン屋の前、そこで待つ。
6時の鐘、それがなってから5分ほどだろうか。彼女はギルドから出てくる。髪はしっとりと濡れていて、水浴びをしたのか、そういうことを伺わせる。私服姿、といってもそこらの市民と同じ、ワンピースのような、質素な貫頭衣、色はグレー。非常に質素な恰好ながら、彼女は美しく見えた。これは先ほどの思考が影響しているのだろうか。連れ立って、歩き出す。夕食はずっと宿で取っていた、そのため、この都市の酒場、そういう場所には行ったことがない。彼女に連れられ、初めて入る酒場、宿の食堂に似ていて。それはそうだ、中世においての酒場は、宿に併設されていることが多かったのだから。奥まった、静かな場所で席に着く。ワイン、それと、チーズだろうか、眼前におかれる。来る途中、市場で買った串焼肉と、ライ麦パンを取り出し、彼女と食べる。本当に、明日、この都市を出るというならば、彼女と会うことはしばらくないだろう。そう思うと、少しさみしかった。彼女は、パンを半分ほど食べたところで口を開く。
「私は、この都市から生まれて、外にでたことがないわ。冒険者、そんな職業になれるほど体も丈夫でなく、けど、文字を読むこと、そういう才能はあったのか、おかげでギルドの受付嬢、それに就くことができたわ。ここに務め始めたのは、13歳の頃だったかしら、文字が読めた受付嬢が、亡くなって、それで、白羽の矢が立ったの。大変だったわ。それから5年、ずっとこの仕事を続けてきたの。それで、ある日、貴方が来た。黒髪の男の人、珍しいのよ、わかってる?それで、記憶に残ったわ。今でも覚えてる。」
そこから彼女は語る、はじめての冒険から帰ってきた日のこと、心配になったこと、だいたいの冒険者が3日に1日は休むなか、毎日冒険にでてたこと、ある日、少年を担いで帰ってきたと思ったら、倒れているのを助けた、といったこと。すさまじい速さで、Eランクに上がり、冒険を繰り返し、血だらけで帰ってきた貴方を見て、驚きながら、本当に心配になったこと、Dランクに上がって、鮮血に塗れた貴方から渡される、気色悪いアイテムに気を失ったこと、貴方との全てが思い出だと。
「いつの間にか、こんな短い間だったけれど、貴方のことをいつも考えているようになったの。無事に帰ってくるように、そう祈りながら仕事をしたわ。毎日、ほぼ休まずに、冒険を重ねる、貴方の姿に、私は、物珍しさもあったのかもね、引かれていて、モンスターを2体使役する実力もあるって聞いて、それなのに知識はまるで子供のようで、そんな、貴方が好き。」
喧騒が、酔った男達の笑い声、時折聞こえる罵声、娼婦の甘い誘う声、食器が立てる音、それらすべてが聞こえなくなり、視界から全てが、彼女以外の全てが、消えていくようで。予感はしていた、いや、こうなってくれたらうれしい、という希望があったというほうが正しいか。自分は彼女の手を、机の上においていた、彼女の手を握っていて、彼女の眼を見て、
「ありがとう、そして、俺も好きだ。」
一体、本当に好きだったのだろうか。かわいいな、とは最初から思っていた。ただそれだけ、本当に恋心などあったのだろうか、今は、この空気に飲まれて、そう錯覚しているだけではないのか。だけど、それでもいい、今のこの気持ち、それだけは真実だと、事実だと。
彼女は安堵したようで、目元から一筋の雫、最後の日だから伝えた、と。自分は、明日この都市を発つ。つまり、少なくとも20日間は、いや、帰りも馬車があるとは限らない、いや、はっきりというならば、この都市に帰って来ないかもしれない。Cランクに上がった以上、この都市に戻ってくる意味はないのかもしれないのだから。だから、今生の別れになるかもしれない。それでも彼女は構わないと言う。いや、考えを変えよう、彼女はこれまでこの都市を出たことがない。しかし、これからは?自分は今この瞬間、今まで考えてきたプランを変更し、彼女に告げる。半年後、この都市に帰ってくると。すくなくとも、Aランクの冒険者になって。そして、自分は彼女を迎えにくると。Aランクにもなれば、きっと彼女の分の生活費まで、稼げるようになっているはず、だから、それまで待っていてほしい、そう頼む。そうしたら、一緒に住もう、どこか、北のほうの都市で、一緒に住もう、生活費は自分が稼ぐ。そして、2人で何か仕事を始めよう、軌道に乗ったら冒険者を辞める。
大魔道士になろう、そう考えていたが、彼女と一緒に、慎ましい生活を送る、そんな未来でもいいじゃないかと。彼女は目を腫らしながら、うん、うん、と、同意してくれて、必ずこの都市に戻ってくると、そう決めた。
酒場をでて、手を繋ぎながら夜の街を歩く。もうほとんどの店は閉まっているが、小道具屋はなんとかあいていて。いや、閉まる寸前のところを、開けてもらった、そういったほうが正しいか。中に入り、1つのネックレスを選ぶ。紫の水晶を中央に抱いたそのネックレスは、何の効果もないそんなものだが、2銀貨払い受け取る。貯蓄がほぼなくなったが気にするものか。彼女に付けてもらう。胸に輝く紫水晶は、彼女をより美しく装飾し、店主に礼を言って店を後にする。今日でしばらく会えなくなる、彼女にせめてもの謝罪と感謝をこめて、送る。この世界初めての、プレゼント。
そして、自分と彼女は歩き出す、ユニコーンの隠れ家に向かって。
早朝、いつも通りの装備をして、ギルドで護衛の依頼を受注する。番台に立つ受付嬢の胸元には、光を受けて輝く紫水晶。護衛は昨日の4人組、これから国1つ通り抜けるにあたって、護衛をもう一人増やしたいそうで。行先はディセ。作業も終わり、彼らは8時前には出発したいそうで、彼女とはこれでしばらくの別れ。互いに平静を装って別れを告げるが、彼女の目尻は光っていて。別れの時、彼女は自分に、赤と緑の2種の糸でつくられたミサンガを、前々から作ってくれていたそうで、渡され、右手首につける。
ギルドをでて、彼らと合流する。彼らは、旅の行商人である肥えた男と、道化師のピエロの2人組と、それを護衛する弓使いとハルバードの男、2人とも傭兵。王都からディセまで、騎士王国の特産品と、その他商品を運ぶそう。彼らと挨拶を交わし、初めて大北門を抜ける。
彼女の名前は、トリステス、トリス、と呼んでほしい、と言っていた。その声を、ミサンガをなでながら思い出して、馬車の中で左目から一筋の涙が落ち、木に吸われていった。
仲間が、恋人ができたよ!やったね(ry
2012-11-29修正
主人公の心の動きは
“一体、本当に好きだったのだろうか。かわいいな、とは最初から思っていた。ただそれだけ、本当に恋心などあったのだろうか、今は、この空気に飲まれて、そう錯覚しているだけではないのか。だけど、それでもいい、今のこの気持ち、それだけは真実だと、事実だと。”
“自分と彼女は歩き出す、ユニコーンの隠れ家に向かって。”
という部分とまだ17歳であるという事実から想像していただけたら幸いです




