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あの日、悠里に会ってから2月の期間が経った。青々と広がっていた苗たちは既にかなり大きくなり、ウェイストウィードはもう何度も収穫したほどだ。瓜は大分大きくなり、蔦がそこかしこに伸びている。それが隣の植物を邪魔しないように、小さな策を立てたりしてどうにか防いだものだった。そんな瓜もつぼみができてきて、花が咲きこれから実ができていくだろうことは簡単に想像できる。そんな未来に少しばかりの夢が膨らんでいって、幸せな気分になる。芋も地表にその葉をのばし、必ずや地下茎が大きく育っていることだろう。これならば芋自体も沢山収穫できるだろうと、笑みが零れてしまう。南瓜にしても同じで、但し南瓜は既につぼみが花開き始めている。ああ、楽しみだ。
あれはいつのことだろうか、畑のよこに植えた小さな苗木も、随分と大きくなった。森で拾ってきた親指より一回り大きい実が2つ、それを埋めたのだが、もう既に腰ほどの高さまで育っている。生育が早いのは、何故だろうか、何か理由があるのだろうか。畑の脇に前からあったはずの木とは反対側なので、これから育ってくれれば良い日陰になることだろう。
ああ、そういえばこの世界に来てから、もうそろそろ1年半というところだ。1年と5か月、そんなところだろうか。確か自分がこの世界にやってきたのは、6月だった。4月ごろにヴァレヌに向かう道すがら、5月にヴァレヌについて、そこからの道中で1ヵ月。シンシアで過ごした2、3月ほどの期間があって、そして悠里にあったのが、9月。そこから2月が経って、今は11月。随分と時間が経つのが早い。もう、この世界に来てこれだけの時間が経った。自分はその間何をしていたのだろうか。とても濃い日々だったことは認めるけれど、それでも大部分が森林を歩いていたような。思わず笑ってしまう。どれだけの距離を歩いていたというのか、どれだけの時間を歩いていたというのか。まあ、その結果が今の生活なのだから構わない。
この2ヵ月で、自分にとって色々な変化が起きた。ただレベル的な観点から言えば、ほとんど変わっていない。
Name: アスカ
Title:
Unique Skill: <魔力増大>
Skill: <召喚魔法レベル2><闇魔法レベル4><火魔法レベル4><水魔法レベル2><MP回復速度上昇><共通語><全能力強化><鑑定魔法><鑑定魔法妨害>
Level: 305
HP: 10000/10000
MP: 50500/50500
Constitution: 100
Wisdom: 505
Strength: 25
Intelligence: 515
Quickness: 40
Bonus Status Point: 0
Bonus Skill Point: 12
テン(ヘルフレイムスライム) Level:294
シェム(アンデッド・フェアリー) Level:298
ガルム(カオスウルフ) Level:301
トリス(イミテーション・ハイ・ヴァンパイア) Level:285
ガルムくらいか、変化があったのは。ただ、これだけ狩っていないのにここまでレベルがあがっているほうが驚きだ。そこまで沢山の敵を殺したわけではないのに。強いて言えば、一度アグリーベアの夫婦を殺したのが原因だろう。本当にそれだけが理由で、ここまで上がったとしか言えない。何故ならば、それ以外は村の為の肉調達くらいしかやっていないのだから。だから、上がるはずがないのだ。
では何が変わったというのか。まず一つは、村の人々との関係だ。頼まれたものを採集、調達してくるかわりにモノを貰う。物々交換という前時代的な行為を繰り返すなかで、自分たちは彼らとしっかりとした友情、信頼関係を築くことができた。深いモノではない、それは当然だ。そういったものは長く過ごすことで手に入るのだから。ただ、善き隣人としての、同じ共同体に属する者としてのそういった感情を手に入れることができたのだ。それは今までの生活の中では手に入れることができなかったもので、当然だろう、定住することなどなかったのだから。だからそれはとても新鮮で、目新しいもののように思えた。
それともう一つ、大きく変わったものがある。トリスの体型だ。金の髪の毛、青い瞳、死したその体の特徴は消えることない、変わることが無い。それなのに、彼女の腹は今膨れて始めている。ぷっくりと、まるで服の下に平たい皿を入れたかのように大きな腹。そうだ、彼女は、今妊娠している。当然大きなものではない、ただ今まで全くかわることの無かった体型が変動したのだから、正直驚いている。何故妊娠だと思ったのか。食べても変わることのなかった体型が変わったのだから、何か要因があるのだろう。そういった考えの下ででてきた案が妊娠だったからだ。悪阻のようなものは未だ彼女に訪れていない。しかしながら、女性の体に起きる食事関連以外での体型の変化は、そのくらいしか知らないのだから。病気かもしれないとも思ったが、彼女にはそんな兆候はないし、腹全体がぽこりとし始めているのだから。
我が子、その事実に自分もトリスも狂喜した。諦めていたもの、自分たちの未来が全てそこに出でるのだから、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。それは今でも同じ、そのことを考えただけで気分が上向きになってくる。村の人々も祝福してくれた。夢が、夢が叶うのだ、将来自分たちは子供を育てる必要が、そんな夢描いていた未来が訪れるのだ。自分は、たまらなく嬉しい。
それ以来、彼女にはあまり激しい運動をしないでもらっている。自分たちが外に狩りにいくことになっても、彼女には村で待っていてもらうようにしている。あまりに過保護と言われるかもしれないが、自分はこの可能性をつぶしたくないのだ。母体にも、生まれ来る我が子にも負担をかけたくないのだ。自分なりの、不器用な優しさを発揮しているつもりで。
「アスカ、今日は狩り?」
考え事をしながら荷物を纏めていた自分に、彼女が声を掛けてくる。首を回して彼女を見れば、にこやかに笑った青い目と目があった。なんと美しいのだろうか、毎日毎日見慣れている筈だというのに、自分は彼女の顔を見飽きることはない。ふと思う、ヴァンパイアには魅了という特殊能力が付きものだったと。地球ではいくつものゲームで遊んできた、当然それらの中にはファンタジーと呼ばれる種類のものが多くあった。中世のヨーロッパであったり、近世の日本社会であったり、流石に現代のものはなかったけれども、そういった時代を舞台にした武勇伝をいくつも築いてきたのだ。そんなゲームの中に、判を押したように、決まり事でもあるかのように登場するモンスターがいた。それがヴァンパイア、吸血鬼、そういった存在だったのを覚えている。そして、それらは総じて人間よりも力が強く、闇を好み、血を啜り、人を魅了する魔の力を持ち、それでいて日光に弱かった。だから思うのだ、イミテーションヴァンパイア、そんな種族である今のトリスにも、魅了の能力でもあるのではないかと。だから、自分は毎日見ても飽きないのだ、と。
「ふふっ」
そんなことを考えてしまって、思わず笑いが漏れてしまう。トリスは不思議そうにこちらを見て、首を傾げる。何かしら、どうしたのかしら、そんな言葉を告げようとして、自分がそれよりも先に説明を行う。
「ああ、俺の世界では、ヴァンパイアは人を魅了していたんだ。だから、俺もトリスに魅了されたのかなって。」
トリスはけらけらと笑う。ただ、その顔の奥には少しばかりの哀情が見えて。だから、自分は彼女がまた何か言葉を告げようとするのを遮るのだ。
「大丈夫、俺はトリスのことが好きだ。それは俺の本心からで、誰にも捻じ曲げられはしない。何より、魅了なんてスキルがあったら、俺が気付いているだろう?」
右手を伸ばして、グローブを付けた掌で彼女の腹をさする。愛おしい存在がそこに浮かんでいる、そこで成長している、その事実だけで心が温かくなるのだ。彼女は少しばかり安心したのか、その体を自分のほうに近づけてくる。そうして、その両の手が小さな台に腰かけている自分の頭を抱いて、彼女は膝を曲げて自分の頭を胸に抱きしめる。柔らかな胸の感触が頭を包む、泥と汗と、そして彼女の匂いが鼻をくすぐって。
「好きよ、好き。愛してるわ。必ず、帰ってきてね。」
彼女は自分の顔を上に向けさせて、口付けを落としながらそう自分に告げる。わかっているさ、必ず帰ってくる。そんなことは、自分が一番強く思っているつもりなのだから。
「安心してほしい、簡単な狩りだ。肉の調達、どこに危険がある?森の奥には入らないさ」
彼女を安心させるために自分は少しばかりの嘘をつく。それでも、嘘は方便、そんな言葉の如く自分は嘘をつく。彼女が安心してくれれば、自分はそれだけで嬉しいのだから。




