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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
14 個人故人
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 私は……今に満足しているのでしょうか?あの人は、私に満足しているのでしょうか?


 双月が空に輝く夜、私はそんなことを思いながら外の空気を吸う。周りには虫の鳴き声ばかりが響き、時折風の音も混ざっているような世界で、私は思う。私にとっての幸せは、満たされているのか、と。あの人にとっての幸せは、満たされているのか、と。

 見上げた空の双月は遠く遠く、そして表情は全く変わらない。こうやって困ったときに見上げてみても、月は私に何も教えてくれない。かつての私に対しても、今の私に対しても、平等に光を注いでくれるばかり。



――



 あの日、あの場所で起きたことについて、私の記憶は曖昧で要領を得ない。正確に言うなら、半分ばかりしか覚えていないというところ。とても大事な大事な、私にとっての二度目の生誕であるというのに、記憶がないのは自然なことかもしれないけれど。誰しも生まれた時の記憶なんて有していないのだから、それは二度目の生であろうと同じ扱いなのかもしれない。そうだとしたならば、半分ばかりでも記憶が残っていることに感謝するべきなのかもしれない。


 そういえば、あの人に告白したのもこんな月の日だったっけ?私は思う。こんなに月が綺麗な日はそうそうないように思えるから、やはり同じ日なのかもしれない。もしかしたら、私の気のせいであったり、勘違いであったり、無理やりな理由付けであったり、記憶の美化だったりするかもしれないけれど。

 それでも、それが引き金となってあの日の記憶が思い出されてくる。私とあの人が結ばれた日の記憶が。大切な大切な記憶、私にとってとても大切な愛おしい記憶。思い返しては、幸せな気分に浸ることができる記憶。

 ふと、肩に違和感を覚える。首を動かして左を見れば、そこにはあの人の妖精がとまっていて。白い肌に、4枚の羽、白いワンピースをはためかせている可愛らしい人形。私もこの子くらい可愛いかったら、あの人はどう思うのだろうか。そんなことも少しばかり考えて。でも、その結末はわからない。現実は違うのだから、想像しても想像にしかならないんだと気が付いて。肩にとまった少女が、こちらを向いてにこやかに笑う。なんと愛くるしいのだろうか。私はこの笑顔が好きだ。

 右手を延ばしてみれば、その掌の上に少女は腰を下ろす。羽のお陰だろうか、思ったよりも重さは感じないけれども、それでも重量感は残るその姿。両手で抱きかかえて、妖精の少女とともに村の中を歩いていく。夜は更けて、もう誰も起きていないような時間、私と彼女の二人きり。村を出て、畦道を少しばかり歩く。100メートルほどだろうか、月明かりのお陰で足元は意外とよく見える。畦道の、なるたけ平坦で汚れなさそうな乾いた場所に腰かけて、彼女も隣に座らせる。

 眼前にはとても綺麗な月、畑の草が時折吹く風に揺れていて。


 「お話、しましょうか?」


 妖精はその細い首を傾げて、その後こちらに向かってにっこり笑いかけてくる。それは同意の顔つきだから、私は話をしようと思う。何をしようか、色々考えたけれども、やはりあの人との慣れ始めが一番面白いのかもしれない。


 「そうね、アスカとの出会いでも話しましょうか。シェムは、見れてはいなかったものね。」


 それを聞いてにこやかに笑う妖精。私の選択は間違っていなかったと再確認できて、話す勇気が湧いてくる。私としても、この話をすると心が温まるのだから。むこうにとっても知りたいことが知れて、私にも利益がある。それなら別に離さない理由にはならない、もとより話さない理由なんてないけれど。


――


 私が彼との馴れ初めを語って、どのようにして付き合って、彼と離れている間何をしていたのかを語っている間、妖精は喋れないながらもしっかりと合いの手を入れてくれた。ずいぶんと頭の良い、話やすい妖精だと思う。だから、私は彼と離れている間のこともすらすらと語ることができた。どれだけ苦労したか、どれだけ苦悩したのか、を。

 話を聞き終えた妖精はにこやかに笑い、宙に浮く。どういった作用で浮いているのかしら、そんなことを考えて、考え方があの人に似てきたな、と自分で思う。あの人はこういうことが不思議で不思議でたまらないらしく、何度も頭を捻っていたのを思い出す。私の中では、モンスターが空を飛ぶことに何のおかしな点もないのに。羽があって、モンスターなのだから空を飛べる。魔力にしても、魔力があるから魔法が使える。あとは、ステータスも彼にとっては疑問らしい。モンスターを倒して、経験値を手に入れて、それでレベルを上げていく。それに応じて手に入れた数値を割り振ることで身体能力が向上していく。そこには何の疑問を挟む余地はないと私は思うのに、あの人は違うらしい。あの人の生きた世界では、筋肉を使うことで筋肉は増えたりするけれども、数値を割り振ることで身体能力が向上するなんてことはありえなく、それどころかステータスやレベルなんてものも存在しないらしい。なんて不便なんだろう、と私は思うけれども、あの人からしてみればそれが普通らしい。

 まあ、あの人の言葉を借りるなら、「これが俺にとっての普通なのだから、この認識の違いは埋められないだろうな」というところだろう。私の常識と、あの人の常識は大きくかけ離れている。あの人の世界では、大きな鉄の塊が空を飛んでいて、細かな部品でできた精巧な金属の塊が殺しあって覇を競いあっていたらしい。そんな光景が私には想像できないけれど、あの人の頭の中ではそれがくっきりと映像になっているんだろう。それがどうしようもなく歯がゆい。私の世界はあの人と共有できるけれども、あの人の世界を私は共有できない、それが悔しくて、少し悲しい。


 妖精は私の前を漂い、先に戻るとでもいうように手を振った後村のほうへと消えていく。私の心の揺れを感じとって、空気を読んでくれたのかしら。やはり、随分と頭の良いモンスターだと思う。あの人に似たのか、そういうところも。


 双月は私を優しく照らし続けていて、夜風が体に心地よい。畦道に座って考え事を続けてどれくらいが経ったのだろうか。夜はとても長い。寝れるときはあるけれど、こうやって全く眠れない日もある。あの人には隠しているけれど、隠し通せているだろうか。あの人が寝た後、あの人を起こさないようにそっと抜け出して、こうやって空を見上げて思案に暮れる日があることを知っているのだろうか。

 眠れない日、それがあるたびに私の心は深く沈んでいく。人とは違うということをまざまざと見せつけられた気がするのだから。こうやって夜眠れないのは、アンデッドである証拠なのだから。ただ、時折ぐっすり眠れるのは、私が完全なアンデッドではないことの印でもある。半人半アンデッド、歪な存在、模造品、私の頭の中をぐるぐると巡っていく単語たち。

 私は欠陥品だ。私はアンデッドになりきれない存在だから。愛しいあの人の血を啜って、時折寝て、時折湧く食欲に溺れて、性欲に溺れて……私は人になりきれない存在だから。怪我をしてもすぐに治癒して、食事をしても水分以外は吸収されることなく吐きだすことしかできなくて、血を啜ることで生を得て……どちらにもなりきれない私は、彼のそばにいていいのだろうか。

 私はいつも考える。彼のそばにいるに値する存在なのだろうかと。愛されている実感はあるし、私はあの人を愛している。それでも、こんな歪な存在が彼を束縛していいのだろうか。あの人ならば、どこかの令嬢を娶ることなど容易いだろうに。人族の嫁を手に入れて、子供をつくって、幸せに暮らすことなど容易いだろうに。私がそんな彼の可能性を狭めていないだろうか。彼は子供を見ると、時折哀しげな目つきをすることがある。愛しい人との間に子供をつくるということを、彼が欲していないわけはないのはわかっていて……

 だから、私は、あの人の親友にそう告げられた時嬉しかった。子供が作れるだろう、ということ。モンスターの間の交尾が解放されたのだから、半分人で半分モンスターである私も子供をつくることができると言われた時、心の底から嬉しかった。右手でお腹をさする。子供の顔が、見たい。

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