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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
13 遠い遠い地で
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 広げていた荷物を纏める悠里を横目に、こちらも片づけをしていく。とはいっても、ほとんど食器くらいしか出していないので片付けは早く終わる。それは悠里も同じようで。座れよ、彼は地面に腰をおろし、腰から刀を抜いて言う。自分とトリスもそれに従い地面に腰を下ろす。

 鞘から刀を取り出して、その刃を柄から取り外していく。メッサー、今代の“刀”から貰ったもので、非常に切れ味が良くて使いやすいんだ、そう語った日本刀の手入れをし始める悠里。柄と刃を固定している釘を抜いて、ゆっくりとゆっくりと手で叩くようにしながら柄から取り外していく。何かの道具だろう、それを使い鍔を外していく。鍔があるのは、日本刀とこれが大きく違うところだろう。理由を悠里に聞いてみても、使いやすく進化していったんだろう、としか返ってこない。歴史をたどる事なんてできない、それを知る人がいるはずもない、記録が残っている筈もなく、仕方のないことか。


 「変革、か……」


 刃を右手に持ち、細目で刃こぼれを確認しながら悠里は言う。


 「昨日はお前が来ておざなりになってしまったけど、変革、この前のは2つ同時に起きたんだろう?」


 問いをぶつける。情報を、新鮮な情報を知っているのは彼だろうという思いを込めて。この世界を守る組織ならば、武力において最高の組織ならば、それに準じた諜報組織を持っているはずなのだから。守るためには、鮮度の高い情報をいち早く手に入れる必要がある。どこで何が起きたか、どんなことが起きそうなのか、何が暴れているのか、何が攻めてきたのか。それだけではなく、この世界の変化も知っておかなければ、情勢も知っておかなければならないだろう。そんなことを考えながら、自分は問いをぶつける。


 「ああお察しの通りだよ。あの日、変革が起きてすぐに連絡が来たんだ。地震が長かったからおかしいとは思っていたんだけれど、散らばったアイテムを片付けるのに必死だったからね。俺も最初は1つだけだと誤解していたんだ。あの日は大変だっただろ?」

 「ああ、もう焦りに焦ったさ。もしもアイテムがひっくり返ったときに、身体にでも刺さっていたらと思うと今も冷や汗がでそうなほどに。」

 「私たちでさえあれだけ大変だったのだから、貴方なんてどれだけ大変だったのかしら。」


 トリスは問う。確かに、悠里ほどになれば大量のアイテムをもっていただろうから、それが散らばったらと思うと心底恐ろしい。片付けの手間という意味でも、危険性という意味でも。世界にとって危険なモンスターから手に入る素材が、危険ではない可能性のほうが低そうに感じてしまう。勝手な想像だが、燃え盛る河とか、刃と間違いそうなほど鋭利な牙であったりとか。


 「確かに、大変な作業だったさ。それでも、片付けなければ仕方がないし、散らかしたままにすることはあり得ないから片付けたさ。外にいたのが幸運だったかな、危険はなかったが、遠くに散らばったという意味では不幸だったか。」


 刀身に付いた脂であったり、汚れであったりを布でふき取っていく。よくもまあ切れ味の良い物を布ですいすいと拭えるものだ。慣れない自分では、恐らく峰と腹ならばできるだろうが刃をやろうものには布を2つに裂いてしまいそうだ。その指先に目を吸い寄せられながらも相槌を打っていく。


 「その後すぐに連絡が来たさ。封印が解かれたってね。まぁそこまでは予想通りだった。予想外だったのはその封印が2つだってこと。封印の場所は機密上教えられないが、2つだ。1つは見ての通りアイテムボックスの消失。もう1つは……」

 「生殖、性交、セックス。違うか?」


 昨日自分を憤らせた事実こそが変革だと、荒唐無稽ながらも本能が告げている。今までモンスターはどこからともなく出現していた。どこかで殺されて、そうして決まった場所で復活する。さながら出来の悪いゲームのように。決して現実味のある方法で増えるのではない。日本にいた自分達からすれば気味の悪い事実だ。

 悠里の話を昨晩聞いて、その言い方に引っ掛かりを感じた。今はもう使えなくなったレベル上げ場所、という言い方に何か不自然さを感じ取って。それだけではない、昨日の昼に見た光景、モンスター同士の性交、オーガがオーガを組み敷く光景、今までそんな話を聞いたことはなかった。こうもおぜん立てされれば、自分でもわかる。夜の時間が増え、月が増え、モンスターの死体が消えなくなり、アイテムボックスが消えた。次は、モンスターが交尾するようになった。封印に適した言い方に言い換えるならば、夜の時間が、月が、現実に則した素材が、モノを持つということが、そして生殖が解放されたのだろう。

 自分がそれを告げて見れば、悠里はため息をつく。


 「ああ、そうだ。モンスターは、それぞれの子供を自分たちで生むようになった。番になったり、ハーレムを作ったり、どちらにしろ、子を作り育てるようになった。それは変革のあとのこの1月でわかった事実だ。」

 「今までのことを考えると、不便だな。」

 「ああ、レベル上げは容易ではなくなった。俺みたいな方法ではできなくなった。下手をすると、絶滅するモンスターも増えてくるかもしれない。逆に大量発生するモンスターもいるかもしれない。ただ、成長速度は皆が皆異常な速さだと確認されている。恐らくすぐに成体になるだろう。1年ほどだろうか、故にそこまで心配せずともよさそうだが、依然監視を怠ってはいけない状況だ。」


 刃に視線を戻した悠里は笑う。刃を打ち粉を含ませたという小さな布の塊で叩きながら。トリスはその話を聞いて少しばかり嬉しそうだ。何が嬉しいのか、あんなにも気持ちが悪いものなのに。そうトリスに問いかけてみれば、驚くべき言葉が返ってくる。


 「子供、私たちの子供ができるかもしれないわね。」


 今まで考えてこなかった事実。今までそんな気配を微塵も見せてこなかったから、忘れていた。子供、トリスとの、子供。トリスが人のままであったら、それは確実にできていただろうもの。しかし、トリスはイミテーションヴァンパイアになった。それだから、死した彼女と行為を行っても子供ができるはずないと高を括っていた。そして、その通りになっていた。いくら避妊を行わなくても、子供ができるなんてことはなかった。実際、トリスには月経なんてものは存在しないように見えていた。今までは。


 「ああ、きっとそうだろう。明日香おめでとう、生まれたら顔を見せてくれ。」


 刃を布で拭いながら、けらけらと笑う悠里。自分はその事実に唖然としてしまって、声がでない。トリスは腹を、下腹部を右手でゆっくりと摩っている。もしかすると、もしかするとかもしれない。彼女がモンスターであることは確実で、先の変革でモンスターの生殖行為が確認されるようになった、子供も確認されるようになった。彼女はこの1月、何の変りもなく過ごしてきた。月のモノがきたようには見えない、いや、見えていないから不味いのかもしれない。いや、本当に不味いのだろうか。子供ができることは、幸せなことではないのか?好きな女が自分との子供を産み、そして共に生活する。昔から描いていた夢そのものではないのか?

 頭の中でぐるぐるぐるぐる、思考が渦を巻いていく。そんな自分の姿を見てトリスは笑い、悠里も笑う。


 「深刻に考える必要はないわ。私と貴方の子供ができるかもしれない、私は産むことができるのかもしれない。私はその事実だけで心がいっぱいよ。うれしくて、うれしくて。」

 「ああ、俺も嬉しいさ。お前との子供か、ふふ……」


 口に出してみれば、多幸感が湧きあがってくる。変な笑い声を抑えることができずに、それをまた悠里に笑われる。幸せな悩みだ、生まれたら連絡を寄越せよ、悠里は笑い続ける。手元が狂ってしまわぬのは慣れのなせる技か、ちゃっちゃと刀を組み直し、腰に差しこむ。その姿を見て、先ほどの悩みは、いや悩みといっていのかわからぬ心の揺れ動きはどこかに消え去っていく。


 「お前にどうやって連絡をするんだ。電子機器はないんだぞ?」

 「ああ、忘れていた。じゃあ1年後に見に行くことにするから、しっかり育てろよ?」


 悠里は笑う。自分も笑う。トリスも笑う。そっとトリスが寄り添ってきて、自分の左手と彼女の右手が絡まっていく。強く強く、握りしめ絡み合った指の感覚が心地よい。悠里はその光景を見て、いいあ、幸せだな、と漏らす。その眼には心からの祝福と、少しばかりの寂寥感が溢れているように感じて。

 彼に声をかけようとしたのだけれど、それより先に悠里は口を開く。本当はもう少し一緒にいたいtころなんだけれど、時間が押していてさ。今日の夜までに終わらせなければならないから、もういかなければならない。すまんな。忠告ついでに、ここからは先に進まないほうがいい、いや、来るな。1年後に会おうぜ、そこの村で。そう一方的に告げて荷物を纏めはじめる。

 もう行くのか、そう声を掛けたけれども、彼の決意は固いようで。右手でそっと空を指す悠里、それにつられて上を見れば、空には巨鳥が飛んでいて。お仲間の御呼出しか、それならば仕方がない。そう返してみれば、悠里は満足げな顔をして笑う。すまんな、また会おうぜ、そうもう一度告げると、親友は慌ただしく馬に乗る。ああ、死ぬなよ、達者でな、そう自分は返し、去っていく親友の背中を見つめ続けた。森の中に消えていくまでずっと手を振り続けた。その自分の隣には妻が立っていた。

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