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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
13 遠い遠い地で
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 「有名になってもさ、あまり意味ないんだ。」


 そう告げる悠里の表情は少しばかり暗く。


 「有名になっても俺を訪ねてくれる人が増えるわけでもないしさ。地球人が少ないってことと、この世界はどうもおかしいってことを再認識させられただけだったよ。」

 「何人会えた?」

 「4人。トオルと、お前と、あの村のグループと、2つ上の人だけさ。最後の人はすぐに死んだ、俺を目指したのかな。」

 「お前のせいじゃあ、ないさ。」

 「いや、俺のせいだ。何だよ、アイテムボックスって。何だよ、ステータスって。何だよ、レベルって。これも何度も何度も自問自答してきた。トオルに語りかけても、あいつはこの世界を楽しんでいるから、そんなことに興味を持たない。変革は助かったさ。おかげで、どこからともなく出現するモンスターなんて気味の悪いものからおさらばできた。見たことがあるか?その瞬間を。」

 「いや、ないさ。ただ、一度は見て見たかったような気もする。」

 「規定の時間が経った後、何もないところ、何もない地面から浮き出てくるのさ。時間は場所ごとに変わっていて、俺の狩場だった場所では殺して消えてから10分かそこらだった。ステータス、レベル、ゲームかよ。出来の悪い、ふざけたゲームだ。なんで数値が上がるだけで、俺らはできることが増えていく?数字をそこに振れば振るほど、例えば筋力が増したり、瞬間的に素早く動くことができたり。ああ、気持ちが悪い。」


 彼は愚痴を吐いていく。何度も何度もそんなことはあったのだろう。そう思えるほどに饒舌で、溜め込んでいたことを吐きだしていく。自問自答していた、きっとそうなんだろう。自分には自負がある、悠里と一番長くいたという自信がある、だから、彼が人の前でこう吐きだすのは初めてなんだろうともわかる。こんな時は、決して突っ込まずに、話の腰を折らないようにして、聞くに徹してあげるべきなんだろう。

 ふと、悠里の口が止まる。疲れたのだろうか、それとも言いたいことをいってすっきりしたのだろうか。自嘲を込めたのだろう笑いを顔に張り付けて、恥ずかしそうに頭を掻く。地面に腹を落とし寝ている馬のそばにある袋から、1つの小袋と2つの小さなモノを取り出す。薄暗がりで、火の明かりしかないのであまりよく見えないが、悠里の顔が笑っているのはわかる。火がはじける音に混ざって、悠里の告げる言葉は自分の耳に入っていく。


 「酒でも飲むか?」




 悠里の持っていた酒を少しばかり貰い、それを喉に注いでいく。度数が高いのか、よくよく磨かれているのか、口腔が焼けるように熱く、そして喉を通り胃に流れて行くのを感じる。一口飲んだだけで酔ってしまいそうな、今まで街で飲んでいた酒とは度数が違う。確かに街で飲む酒は、しっかり酒の味がしていたし、酔ってしまうような感覚にも陥ることが多々あった。しかし、今これを飲んで初めて感じるのだ、今までのそれは酒とは言っても酷く薄いものだったと。

 口の中に木の実のような風味が残り、鼻を芳しい香りが抜けていく。思わず吐息が漏れてしまう、それほどまでに豊潤に感じたのは、一体何ゆえか。鶏肉を齧ってみれば、肉の風味が増していて、より鋭敏に変化を感じ取っている。酒1口でここまで味が変わるとは思ってもみなかった、これほどまでに酒とは強いものだったのか。


 「美味い、な。辛い、しかし良い香りがする。」

 「そうだろう?あまり出回らない、東の島の酒だよ。そこでしか取れない実の汁を発酵させて作っている酒で、独特の味わいがするのさ。時折仕事ついでにいっては、購入しているが……これが今までで一番美味いのさ。保管と持ち運びが大変なんだけどね。」


 けらけらと笑いながら、木を削り出して作った杯になみなみと注いだ酒を呷る悠里。瞬く間に御猪口ほどの大きさの杯がすぐに空になる。仕事が成功したときとか、何か愉しいことがあったときとか、そういった記念の時にしか飲まないようにしているんだ、そんなことを言いながらまた杯に注いで、次は舌でなめるほどの量ずつ口に含んでいく。その姿が様になっていて、けれどそれは凄く悲しそうな姿で、何故だかわからないけれども目頭が熱くなってくる。それは何が原因なのかはわからない、何故だか彼の両肩には何か重みを感じて、今まで聞いてきた彼の苦難話であったり、そんなことだろうか。

 彼は、今は彼は様々な力を持っている。武力としては、この世界に生きる人族の中で上から8人に入っていることだろう。政治力としても、それから来る権威というものは決して低い物ではなく、武力と名前を盾に小国の指導者が持つそれよりも強い物を扱うことができるだろう。財力は、武力と政治力がイコールであるとするならば、それらを掛け合わせた結果だ。力が強くとも貧乏な者、政治力がなくとも貧窮にあえぐ者は、よほどの御人好しくらいだろう。つまり、彼は財力も持っているだろう、そんなもの装備だったり持っている消耗品を見ればわかるようなことだが。女、そんなものも困りはしないだろう。特上の娼婦を抱いて、特上の女に好かれて。それの代償は、自由だ。彼は言っていた、本当の自由なんて持っていないと。誰を助けるにも、しっかりとした理由が必要で、簡単に誰かを助けてしまえば、助けられた誰かには危険が迫る可能性があって。自由に力を振るおうにも、世界はそれを許さなくて。仕事を押し付けられて、生と死の境目を飛び回って、殺して、殺して、殺して。モンスターであろうと、人族であろうと、区別も差別もすることはなく。


 「強くなる、人に認められる、力を持つ、夢を見ていたんだ。」


 頬を少しだけ赤らめ、鶏肉を頬張る彼は語り始める。酔い始めたのだろうか、自分といるからだろうか。


 「俺は、人を助けるとか、そんなことが好きだったんだ。困っている人を助けて、受けた恩を返して、次の人にそれを回していくのが好きだったんだ。でも、この世界でそれをやろうと思っていた矢先にあれがあった。そして見えなくなってしまったんだ、自分が何をしたくて、何が好きだったのかを。だから必死に必死に、戦い続けることしかできなかったんだ。レベルを上げて、自分なりに力を手に入れて、でもその間はそれが最善に思えていたんだ。ただ、そんなことは必要なかった。昔みたいに、この世界でも日本と変わらずにできる限りのことをしていればよかったんだ。憎悪に目をふさがれて、悔しさを糧にして、ただただ力を求めても良いことはなかった。確かに、救うことはできているさ、多くの人々を救うことができている。最初はそれが嬉しかったけれど、気が付いてしまったんだ。自分から助けることはできないって。自分がよかれと思っても、許可が下りなければ行使できない力。溺れてしまったと気が付いても、もう後戻りはできない。死ぬか、命ぜられるままに助け続けるか。」


 呂律が微妙に回っていないのは、彼が酒に弱いからだろうか。会談というよりも、演説に近いような酒の入った彼との談話は夜遅くまで続いて。




 日差しが顔を焼くような感覚で目を覚ます。目を擦り、首筋を音を立てながら回していく。手の指や手首を鳴らし、立ち上がり背骨を延ばす。周りは昨晩と変わらずに、目の前には狼にもたれて眠る女の姿、自分が枕にしていたのはテンらしい。右手には馬が寝転んでいて、そこにもたれかかって寝ている親友の姿がある。とっくに火が消えた焚火には、黒く炭化した木の欠片と灰がたまっている。夜寝ている間にモンスターの1匹でもこなかったのは、そこに親友がいるせいだろうか。モンスターといえど、彼我の戦力差なんてものはわかるだろう。いや、モンスターだからこそわかるのだろうか、人間を遥かに超える化け物がいるような場所に死にに来るモンスターなどいるはずも無し。例え親友が酒に酔っていようとも、横に控える馬だけで自分は殺されてしまうことだろう。それが自分ですらわかるから、よってくることも無しに安全に寝ることができたのだろう。普段ならば考えられない。

 ごそりという音がする。顔を回せば、親友が起きだしていた。今は何時頃だろうか、太陽は頭上には存在しなく、枝葉の隙間から覗いている。その角度から鑑みるに、朝早くというところだ。確かに、頭上に広がる空は青々としていて、夜が明けたばかりの薄い薄い青色をしている。


 「おはよう、明日香。」

 「よう、トリスも起きたか?」

 「ええ、悠里さん、今日はどうされるの?」


 いつの間にか起きだしていた彼女が親友に問う。そういえば、何故こんな場所に居るのか、何をするためにここにいるのか、それを聞いていなかった。それに、変革の内容さえも。昨晩は懐かしい思い出を語り合って、自分たちの現状を教えあって、酒を飲み交わしていたから、そんなことを話すのをすっかり忘れてしまっていたのだ。

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