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親友は話す、それによりレベルが大幅に上昇したことを。それにより数多くのモンスターをより簡単に殺すことができるようになったことを。それにより“8翼”に招待されたことを。もともと、先代の英雄は体に限界が来ていたらしい。近く代替わりがあると自分で予言していたらしく、剣を託された親友がそれに最適だと言うことになったらしい。未だ親友の情報が流れていないのは、そこまで大々的に公表するようなものではないかららしい。代替わりしたとか、していないとか、あまり関係がないからだそうだ。彼は代替わりして以来、実力もまだまだな為表舞台には出てこなかったことも一因らしい。ただ、特級群襲来のときに顔を晒したので、しばらくすれば噂は広がるだろうと言っていた。布を敷き、地面に座り込んでそう告げる親友は酷く疲れて見えて、その話を聞いたうえで彼を見れば、先ほどの印象より随分と年を取って見えた。
「疲れるんだ、この仕事も。ただただ力を振りかざすにも、俺らは力が強すぎる。日々適当に過ごすにも、俺らは制限を受ける。下手に動くと、地形が変わってしまう。森を1つ地図から消すことだって、頑張ればできてしまうんだ。仕事は、特級以上のモンスターの討伐と、その他雑務。自由に過ごせるほど俺らは自由じゃない。今も、俺は仕事で来てる。」
悠里は、そう告げると大きく息を吐く。トリスが水筒から茶をカップに汲んで、彼に渡す。空を少し見上げた彼は、それを受け取って口をつける。懐かしい、そんな声が彼の口から洩れてくる。
「もっと自由に生きれると思っていたさ。奇人変人ばかりの集団に放り込まれて、生活は束縛されて……」
「想像はつくさ、大変なんだろうな。俺も2人ほどに会ったことはある。」
悠里がチラとこちらに視線を投げかけくる。トリスはガルムと共に先の死体を回収しに向かう。丁度血抜きも終わっている頃合いだろうか。
「ああ、リヒトとヴェルトか。あれでも“8翼”の中だと特に違和感ないんだ。」
けらけらと笑う悠里、少しばかり元気になったのか。
「まともなのは、俺とルートだけさ。他は戦闘狂か頭のネジが外れてるのばかり、アインザムに至っては言葉を話しもしない。」
親友が挙げるのは、あの男の、マトモそうに見えたほうの人格。確かに、あの人ならば会話も通じそうであるし、関わりやすいだろう。
「アスカ、ごはんにしないかしら?」
トリスが丁度戻ってくる。ガルムの背には駝鳥のようなモンスターの死骸が括り付けてあって、トリスの手には死した兎。それを受け取り、皮をはいでいく。悠里は枯れ枝を集めて、地面の枯葉を払って地表を露出させた上にそれを組んでいく。肉と皮を分けて、皮は袋の中に入れておく。後で良く洗って乾かせば良い、今はそんなことをしてる余裕はない。枯れ枝を数本貰い、それの先端をとがらせる。血を吸い鋭利になるナイフに悠里は少しばかりの興味を持ったようで、じろじろと見た後、あとで見せてほしいと言ってくる。今は使っているのだから困るが、あとでなら別段困らない、快く了承する。
先端をとがらせた枝に、切り分けた肉を突き刺していく。そんなことをしている間に、トリスは枯れ枝を追加で集めてくるついでに、キノコや山菜も採集してくる。悠里は塔のように組み上げた枯れ枝と枯葉の混合物に火を着ける。いくら時間が経ったとはいえ、森の中、未だ湿っているであろう枯れ枝にも簡単に火がついていく。魔法で作り出した火だからだろうか、それとも他の何かが影響しているのだろうか。この世界は随分と歪だ、そこも悠里に聞いてみなくては。
ぱちぱちと音を立てて焚火は勢いを増していく。煙が空へと立ち上っていって、周り一帯に焦げた土のような臭いが立ち込めていく。枝に刺した鶏肉が音を立てていて、脂がばちりばちりと沸いていく。生肉を齧るガルムを背もたれ代わりに休むトリスを見ながら、鶏肉が焼けるのを待つ。
「悠里、この世界、何なんだ?」
トリスは少しばかり目を細めて、んっと鼻で音をたてて笑う。確かに、トリスにとっては今まで生きてきた世界だ、こちらのほうが至って普通なのだろう。燃えさかる焚火に目を落としていた悠里はそんなトリスを一瞥して、こちらをジッと見る。何を言っているんだ、そんな意味合いだろうか。いや、頬が少し膨れている、何を今さら、といったところだろうか。こちらも目線を動かさずに悠里を見つめていれば、悠里は首を一振り、
「俺も知らんさ。ただ、お察しの通り俺らの世界とは違う。」
「そんなことは知ってるさ。あまりにも歪過ぎる。」
「私は何も感じないわ、これが私の世界だもの。」
トリスはけらけらと笑う。確かにそうだろう。
「ああ、きっとそうなんだろう。ただ前にも言った通り、レベル制なんて俺が生きてきた世界にはない。」
「さっき明日香が不審がっていた、たき火だってそうさ。雨降って乾きそうにもないほどに湿った筈の枯れ枝が燃えるんだぞ?何の躊躇いもなく。もう7年も過ごせば大分慣れてはきていたんだがな。ここ最近のアレのせいでまた調子が狂ってきた。」
「ふうん、私は静かにしているわ。面白そうだもの、話の腰を折るのは悪いわね。」
そう言ってトリスはガルムの背中に頭を預け、リラックスした姿勢で傍観を決め込む。ならば、別段気にすることもなく話をしていこう。十分焼けたと思われる小さな鶏肉が刺さった枝をもって、息を吹きかけて冷やす。同じく1本とった悠里も息をふうふう冷やしていて、それを見ながら齧る。じわりと熱い汁が歯を舐めていって、歯で肉を固定したまま吐息で必死に冷やす。火傷してしまう、治癒魔法をかけたら治るのだろうか。
ある程度まで冷えたところで肉を噛み千切り味わってみれば、なかなかどうして味付けもしていないのに旨い。柔らかく、ぱさぱさとしているわけでもなく、良い塩梅の焼き加減。悠里はそれにがっついている。
「旨いな、この肉。」
「ああ、火傷しそうになったが。」
「猫舌だったか?懐かしいな」
「ああ、よく覚えてるな。」
「忘れるもんかよ。」
声を上げて笑う悠里がいて、その光景も酷く懐かしい。思わず目頭が熱くなるような気がして、あくまで気がしただけで、実際に頬を涙が伝うわけではなかった。水筒の水をぐびりと飲んで、硬い硬いパンを歯で噛み千切り、口の中ですりつぶした後飲み込んでいく。キノコもそろそろいい頃合いだろう、ここらに生えていたキノコはまるでエリンギのような形をしていて、悠里曰く焼けば食えるらしい。噛みしめて見れば汁気が口の中に広がっていって、また危うく火傷しそうになる。いや、しばらく時間をおけば腔内の皮膚が一部垂れ下がっていることだろう。ただ、味は申し分なく旨い。旨い旨いとしか言えないが、旨いとしか言いようがないのだ。不味いなら不味いという。
「本題に入るか。」
枝に刺さっていたキノコを一口で頬張り、口の中で咀嚼した後飲み込む。一息をついてから口を開く。
「歪だよ、歪。何だよ、ステータスってさ。」
「それだけじゃないだろ、アイテムボックス、どこからか生れ出て、死したら消えるモンスター。」
「挙げたらきりがない、どう考えてもおかしいさ。なんでこの世界がこうなっているのかわからない、俺は調べたが、どこにもその情報はない。大長老様でも大賢者様でも知らないんだ、何か賢者だ、何が長老だ。どこにもそれに関する情報は転がっていないし、地球人と相談しようにもその数は少ない。わかってるだろ?この世界で会うってのは酷く難しいことだって。」
「ああ、わかるさ。これだけ広い国土に、大量の国があって、そして街は小さく、それ以外は森に覆われている。信也みたいに森の中に迷い込んでは、そこに住むモンスターであったり自然の猛威に晒されて生き残ることは難しい。運よく街に村に、人の住む場所に迷い込んだとしても、そこで生活の基盤を作れるかどうかはわからない。作れたとしても、そこからどうなるか。周りは異世界、知らない人ばかり、他の国においそれと出かけるだけの能力があるのかどうか。」
「能力というより、金銭面であったり、時間であったりだな。ある程度の基盤を手に入れてしまっては、動きづらい。そうなると冒険者くらいか?ただあれは危険だしな、といっても俺たちもそれをしているわけだが。」
「冒険者も歪に見える。報酬と物価が釣り合っていないように感じた。冒険者だけが妙に金を稼いで、他の人々は薄給で日々働くといっても過言ではない。実際は薄給でも十分生きていけるような物価で、冒険者向けのものは足元を見られていたが。」
「俺もそれは思ったよ。稼いだ筈の金は、使ったはずの金はどこに消えて動いているのか。多大な税金がギルドからかけられていて、それを払っていたんだ。それを資金にしてギルドは依頼を出す、一種の金回しだったらしい。今は違うか。」
今まで知ることのなかった疑問が氷解する。ただ、だからと言ってハイソウデスカと簡単に納得できるようなものではない。それでも少しばかりの疑問が生じるし、はたしてそれに意味があるのだろうか。冒険者という職業の価値を高めているのかもしれない、そうすることで冒険者志望の人を増やし、モンスターへの対抗戦力を育てているのかもしれない。そうしないと必ず発生し続けるモンスターを狩るのは面倒で、常備軍を設置している余裕はないのかもしれないのだから。冒険者が冒険者として数いることで、常備軍の規模を縮小することができて、かつ常備軍を移動させる手間も省けるのならば、メリットがデメリットを上回るかもしれない。
ただ、この話は本題から少しばかり逸れているような。
「今は、確かに変わったかもしれないな。ただ、話が少しばかり脱線してしまっていないか?まあ、そうなると会うことはできないだろう。会う前に森の中、草原の中でモンスターに襲われて、不慮の事故で、餓死して、怪我して、そうやって死んでいくのも数多いだろう。運よく生き残っても地元に基盤を作りそこで一生を終えているのかもしれない。その途中で死んでいるのかもしれないしな。何より、ここに迷い込んだのは何人だ?どれだけの時間のズレがある?俺と悠里の間にもこんなにも長い空白があるのに。」
「さぁ、そこは俺にはわからないさ。いっただろ?情報が少なすぎるんだ。ただ、1つ言えるのは、俺たちだけではないってことだ。」
「ああ、集落があったな、プルミエの近くに。俺が最初に訪れた場所だ。」
「あそこは記録に残ってる一番最近の、記録上でも大き目の集落さ、地球人のいるね。まあ、今となってはそれも過去の話になってしまったが。あそこは不思議なことに、まとめてこちらにやってきたんだ。だからああやってまとまっていたままだった。ほかには、もっと昔昔にいくつか残っているのみさ、記録なんて。」
「集落の記録か?」
「うん、個人個人ならどうだったっけ。もっと数は多いんだ。でも、やっぱり記録が断片的で、数は多くない。多分、実はもっとこちらにやってきてはいるんだろうけど、目立たなかったんだろう。もしくはすぐに死んでしまったか。どちらにしろ、その数少ない断片的な記録に残る地球人たちは、皆が皆国の歴史書に名を残すような実績を上げているんだ。」
「現に国の歴史書に名前が残っているじゃあないか。言われなくてもわかるさ。」
右手をひらひらと振り回して、掌についた灰を落とす。水をぐびりと飲み干せば、喉元に篭っていた熱さもぐっと引いていく。しゃべりつかれて喉が渇く、火の近くだからか喉が渇く、想像溢れた話をしているからか喉が乾く。トリスは早くもうとうとと、天は暁に染めていたその姿を宵に倒れ込ませていて……




