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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
13 遠い遠い地で
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 広い畑を目の前にして、足が萎える様な感覚に襲われる。鎌を右手に持って、左手に鋤をもっているけれど、それがとてもとても弱弱しく頼りないモノに感じてしまう。先ほどまで、心の支えとなっていたそれは何時の間にか手の中で大人しくなっている。先日見たよりも広く感じる、先ほどみたよりも雑草は繁茂しているように感じる。緑色と黄色、そして黄緑色と黄土色が混ざり合った絨毯が焦げ茶色と黄土色の中間色を示している地面をしっかりと覆っているように見える。ところどころ虫食いがあるような、そんな錯覚を覚える絨毯だ。自分の背後には荷車が1台に鍬が2つあるけれど、思わず口が歪んでしまうような。



 畑までの道のりは、至って普通だった。家を出て、家の外にある荷車を格納するスペースに転がっている鍬と鋤と鎌を回収した。それぞれ3本ずつあったが、必要なのはそれぞれ2本ずつだった。鍬を荷車に乗せて、それをガルムの背中に括り付けた。そうしてから鍬と鎌を1本ずつ手に持ち、トリスにもそれを持たせた。屋根が付いた空間から、つまりは決して小屋のように、倉庫のようになっているわけではないガレージのような空間から抜け出して、畑に向かって進路をとった。自分が一番前を歩き、トリスがその後ろを、そして最後にガルムがついてくるような行列になっていた。

 歩きながら、そのよく晴れた空を少しばかり喜び、少しばかり恨んでいた。晴れであることは悪いことではない、確かに暑くなるけれど、それを補って余りある爽快感が感じられるのだから。それに、霧雨であったり、ぱらぱらとしたまばらな雨であったりしたならば問題はないだろうが、土砂降りや暴風雨では行動ができなくなるのだから晴れていたほうが良い。普段の旅ならば、天気に同調し心は澄み渡り、気分よく縛られず阻害されず過ごすことができただろう。ただ、今日は違うと毒づいたのだった。トリスもそれに苦笑いをしながら同調してくれた。いくらなんでも、農作業をする日にこの天気は厄介極まりないだろうということだった。別に土砂降りが良いとか、暴風雨が良いとか言っているわけではない。ただ、しゃがみこんで炎天下で作業をするのだから、雲1つない快晴はいくら朝だとはいえ辛いものがあるからだ。日陰はないし、日焼け止めもないのだから。それに、草を刈る抜く、そういった作業に置いては地面が少しばかり湿っていたほうがやりやすいこともあるのだ。かちかちに固まっていては、草を引き抜くのが大変なのだから。

 そんなことを考え、トリスと軽く話しながら歩けば、すぐに畑に着いた。広さはどうだろうか、道から見て、縦に長く横に狭い土地だ。50坪はないだろう、ただ30坪と言われてももうすこしあるのではないかな、と思ってしまうくらいに広い。15メートルを超えるであろうと思うほどに奥行きがあり、それでいて5メートルほどの横の長さだ。そこは雑草が繁茂していて、そのままではどうしようもなく植物は育てられないだろうと一目でわかるものだった。



 陰鬱な気分を振り払おうと、畑から目を逸らす。始める前から弱ってしまうのは、雑草が多すぎることだ。そんなのわかっていた、先日見た時もしっかりと繁茂していたのだから。ただ、前回歩いたときは、本当に自分のものになっているとの自覚は未だ生まれたばかりで-だからといって今育っちきっているわけではない、未だ成長途中だ-あまりよく見ていなかった。適当に流してみていたに等しく、だからこうしてしっかりと見てみてばげんなりとする。それだけではなく、自分たちでやらなければならないとわかっているからこそ、嫌な気分になる。一面雑草畑、ここを掃除して綺麗にするのに1日で終わるのだろうか。

 手に持つ農具を見る。鎌の刃はある程度研がれていて、錆びついているなんてことは全くない。木の持ち手と金属の刃はしっかりと組み合わされていて、ぐらぐら揺れていたり抜けそうであったり曲がりそうではない。錆びついていては、草を刈るのに都合が悪い。軟弱な鎌では、土をほるのに都合が悪い。背の高い草は鎌でざっぱりと根元付近で切断する予定にしていた。背の低い草は、その根っこを鎌でほじくりほじくり引き抜こうと思っていた。根元を残して切られた背の高い草の残骸も同じく、できるだけ根っこをほじくり返そうと思っている。そうすることで、根から復活するのを防ぐ意味合いがあるのだ。それに、新たに生えるであろう植物に悪影響を残すことがありえそうだから。見たところ、その用途は問題なくできるだろう。

 自分が手に持つ鋤は1メートル以上ある木の棒に金属製の横に長く縦に短いフォークが付いているようなものだ。それは土の表面を撫でるようにして使おうと思っているもので、刈ったあとの草を纏めるのに使ったり、あまりにも大きな石をそれで引っかけ、取り除くのに使おうと思っている。思ったよりも軽くて、驚いた。もっともっとずっしりとしていて、両手で持たなければならないようなものかと思っていたから、持ち上げて見て拍子抜けしたほどだ。ただ、使うときはやはり両手でやらなければならないだろう、鋤は鎌で草を刈り終えたあとにしか使えない。

 鍬、荷車に積んである2本の棒。それは土を掘り起こすためにあって、硬く引き締まっているであろうその大地を掘り返すのは大変だろう。どれだけの時間がかかるのかわからないが、それでもやるしかない。思ったよりも畑が広くて、思ったよりも草が繁茂していたのがいけない。気分を変えるために畑から目を逸らして農具のことを考えたのに、結局は思考は元の位置にくるくると。何の意味もない、折角のがんばりも水泡に帰してしまう。


 トリスを見る。トリスも自分とほぼ同じ考えのようで、どうしてしまおうかと苦笑している。言葉を交わしてみれば、これは1日で終わるか微妙なところだと。それに、日焼けが怖いとも笑う。確かに、日焼けは怖い。ローブ姿の彼女はその色のお陰で日の光を吸収することはなく、おかげでそこまで暑さは感じないだろう。それに、彼女は日焼けするのだろうか。死体に等しい彼女が日焼けだなんて、想像しただけで笑えてくる。それだけ生に近いのか、それとも死に遠いのか。何色になるのだろうか、赤くなるのだろうか、小麦色になるのだろうか、真っ黒になってしまうのだろうか。その後どうなるのだろうか、色が変わったままだろうか、ぺりぺりと皮膚が剥けてくるのだろうか。全然想像ができない、考えれば考えるほど知識欲を刺激してくる。

 もしかしたら、日焼けしてもすぐにスキルで回復するのかもしれない。腕を切り落とされても最後には再生するのだから、皮膚がこんがりと軽く火傷しても治るのかもしれない。つまりは日焼けとは無縁ということだろう。

 だとしたならば、自分だけが日焼けしてしまうということになる。確かに今までの道中何度も何度も日焼けをしてきた。ただ、それでも森の影に隠れていたり、ローブと鎧に隠されていたり、包帯に巻かれていたり、そういった理由から酷く焼けたことはなかった。体中を日差しから隠し、軽く焼くだけに留めてきた。おかげで真っ白だった体は少しばかりこんがり焼けた程度で抑えられている。日焼けを嫌い、日本にいたころは日焼け止めを良く塗っていたものだ。

 つまり、自分はこんなに日差しを浴びるのは初めての経験になることだろう。炎天下、直射日光に晒され、日焼け止めはなく、体を隠す日陰もない。じりじりと首筋を、腕を、顔を焼いていくだろうことが簡単に想像できる。嫌な予感がする、昔酷く焼いたときは真っ赤にそまったのを思い出す。真っ赤にそまった場所がタオルケットに擦れるだけで痛み、ぐっすりと寝ることすら叶わなかった。そしてベッドの上に座り込み泣いて泣いて、母親に頭を撫でられ、体中にアロエのジェルを塗られるがままにしていたあの日の自分。それを思い出して、何か懐かしい気分になる。決して戻れないであろうあの日々、もう塗ることはないよく冷えたアロエのジェル、鼻がその匂いを思い出して、それを嗅いだような気がした。


 いつまでもほかのことを考えていても、時間を浪費するだけだ。手に持つ鋤を荷車に乗せて、ガルムを自由にする。彼らは何をしているべきだろうか、草を引っこ抜く手伝いをさせるべきだろうか、だがどうやって?シェムならば抜くことはできるだろうが、テンはどうすればいい?ガルムは?口でくわえて引っこ抜くか?火魔法で燃やし尽くすか?ナンセンスだ、火魔法は自分も考えたが、延焼したらどう責任をとる?周りの人々の畑、命の次に重いかもしれないそれを破壊しつくしてしまったとき、自分はどうすれば許してもらえる?頭を丸めればいいのか?それとも土下座をすればいいのか?何か保障すればいい?村から出ていけばいい?違うだろう、自分には責任をとることなんてできない。それで何人もの死者が出る可能性すらあるのだから、責任がどうこう、賠償がどうこう、謝罪がどうこうといった話ではないだろう。それで許されるなんて、虫の良すぎる話だろう。だとしたならば、それを引き起こすであろう因子は摘み取っておくべきだ。

 彼らに火魔法を絶対に使わないように伝え、鎌を持って畑に入っていく。どうしようか、先ずは一番奥まで歩いて行って、なんとなく距離を感じて見ようか、広さを感じて見ようか。それとも、トリスはこちら側から初めて貰って、自分は奥から、それで真ん中で合流しようか。ああ、それが良い。


 「トリス、こっちから始めて貰えるか?」

 「ん、わかったわ。」


 彼女にそう告げ、ここを任せたうえでずいずいと畑を歩いていく。やはり、というべきだろう、地面は固く引き締まっている。ぬかるんでいるなんてことはなく、そして凸凹としている。草は足元で潰され、まわりには草の臭いが広がっていく。

 ずいずい、ずいずい、草をかき分け、迷わず歩いていく。どこまでも広がった畑だと思っていたが、歩いてみれば意外と狭い。しゃがんで、ゆっくりと鎌を振り回してみればまた感想は変わるだろうか?



 畑の端までたどり着き、背後を向く。トリスはしゃがみこみ、もう作業を始めている。早い、自分も始めなくては真ん中で会えない。女に負けていては、いや別に男尊女卑をする気はないが、それでも力仕事といったら男だろう。草むしりは女の仕事だと祖母から聞いたような気もするが、それはさておいて。

 畑の左隅-荷車から見てという意味だ-に座り込み、右手の鎌を握り直す。左手で草の1つを掴んでみる。黄緑色で、生命に溢れた草だ。茎は細いけれども、持てばしっかりとした強さを感じられる。ためしに軽く引っ張ってみても、全く抜けるそぶりは無い。ああ、ああ、これは長丁場だ。そう感じて、鎌の刃を地面に突き刺す。


 さくりと音がして、額から早くも汗が落ちた。

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