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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
13 遠い遠い地で
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 4日、それだけ歩いてやっと隣の村までたどり着く。小さな、シンシアに付属したような村は通り過ぎたのだが、そこに住みたいわけではない。そこまで大きくはなくていいが、だからといって街の支部でしかない村では弱弱しい。自立していて、その村だけで社会が成り立ちかけているような村が好ましくて、最初の村を通り過ぎたのだった。そうでなければ、何かが起きた時対処できないとき対処できないだろうし、立場が弱いだろうし、結局シンシアに舞い戻る可能性がある。

 それだけで独立した村であれば、確かに排他的かもしれないし、孤立している可能性もあるが、単体ゆえに立場は問題ないだろう。その村だけで成り立っているのだから、つまりは地産地消、必要なものは村だけで基本的に生産できていることになる。街に比べるとモンスターからの防衛という意味では少々弱いが、逆に言えばそういったものが近いともいえる。何より、自分たちの夢であった2人での幸せな生活が待っている。諦めたふりをしていたが、心のどこかで待ち望んでいた生活。毎日畑を耕して、トリスと2人笑いながら生きる。残念ながら、子供は作れないだろう、ただ孤児を預かったり、そういった方法を使えば血は繋がっていないが子供は持てる。想像するだけで笑みが浮かぶ、絵物語のような、陳腐な恋物語のエンディングのような生活。いつまでも幸せに、幸せに暮らしました。

 加えて、都市社会と農村社会では完全に社会規範が別物だ。どちらが良いとは一概には言えない。都市社会はどちらかというと身分制社会、血筋至上主義に似た物がある。領主の息子は領主になり、肉屋の息子は肉屋になる。鳶が鷹を生んだとしても、それが鷹として大成することはない。鳶の皮を被ることしかできない、許さない、生まれで大体がきまる社会。例外は、冒険者と、一部大商人くらいだろうか。農村社会は逆に実力主義だ、劣ったものは蔑まれ、足りないものは切られるような社会。農村社会には領主なんてものはなく、確かに血筋社会という面も少しばかりあるが、もともとなれる職が少ないのだから問題はない。その中で実力があるものは賞賛され、溶け込むことができる社会。ただ、都市社会のほうが平等に近い。農村社会では力があるものが強者故に、都市社会に比べ私見の入った物事が多い。何とも皮肉な話だろうか、成り上がり自由な社会のほうが、実は生まれこそが正義である社会よりも自由ではないのだから。

 それでも、自分たちは農村社会を選ぶ。それはやはり夢があるからで、自分たちの家があるとか、自分たちの畑があるとか、そういったものを重視するからだ。それはトリスとよく相談してあるので、ぶれることはないだろう。



 村をざっと見る。遠目程度に、ただただ旅を続けている冒険者の姿勢そのままに。ガルム達がいても、荷車を牽いている姿や、自分たちがいるお陰で不審に思うことはないらしい。雰囲気はどうだろうか、薄暗い空気はないだろうか。安全だろうか、規模はどうだろうか。トリスに目配せしながら、村を半ばまで歩いていく。家は20軒あまり、酒場はあるだろうが、ギルドは見当たらない。ゆっくりと村役場のような、主要であろう建物に向かって歩いていく。

 小さな建物、それでも周りと比べれば大きく、そして頑丈にできているように見える。村役場と大きく描かれているわけではないが、それでも『御用の方は此方に』と書かれた札が掛かっていることからここが当たりだとわかる。扉を四度あまり叩き、そして扉を開けて中に入る。ガルムとテン、シェムは荷車と一緒に外でお留守番。

 中は薄暗く、開け放たれた窓から入る日の光で仄かに照らされている。外見どおり、そこまで広くない部屋、中に人は2人ばかり。若い女が掃除をしていて、老人のほうは椅子に座って机に置かれた書類を読んでいる。暖炉と、老人のいる机と、もう1つの小さな机と、そして奥には戸棚がいくつかしかない質素な部屋。いや、それ以上の娯楽は必要ないのだろう、それがこの村なのだろう。好ましい、娯楽に溢れていてもどうしようもない、日々農業に精をだし、時折狩りをおこなうような生活を自分は望んでいたのだから。


 「若いの、冒険者か?何用だ?」


 老人は書類に落としていた目をこちらに向けて、1つ質問をしてくる。若い女は掃除の手をとめ、家の裏手のほうに移動してしまう。少しばかりの居心地の悪さを感じた気がして、トリスに少しだけ視線を向けてから老人に向き直る。さて、ここはどうだろうか。


 「冒険者のアスカと、妻のトリスだ。ここに居を構えたいのだが、余裕はあるか?」

 「残念ながら、人は余っているよ。大方騒動でも起こすつもりか、うちにそんな余裕はない。」


 ばっさりと切り捨てられる、何かこの老人は冒険者に恨みがあるのだろうか。それとも、完全に余裕がないのだろうか。空いている建物がないとか、新たに建物を建てる人手がないとか、新たに建物を建てる材木がないとか、新たに建物を建てるスペースがないとか。どちらにしても、この断られ方ではどうしようもないだろう。ただ、それだけで諦めるわけにもいかない。少しでも前に進むための因子を見つけなければ。そう思い老人に質問を浴びせる。


 「そうか、近くに人手の足りない村はあるか?」

 「ふん、そこに行くのか。あることにはあるだろうが、そうだな、ここから北にあるプティという村、そこは最近人を募集していた。今まだ空きがあるかは知らないが、聞きにいってみればいい。」

 「確認するほうほうとかはないのか?あとは村の規模も。」

 「そんなものは自分で調べろ、若いもんは人任せだな。そんなに大きい村である筈もないことは想像つくだろうに。それで、用件はそれだけか?」

 「ああ、ありがとう。では失礼する。」


 老人は妙に不機嫌だ。それこそ話をすることが嫌になるほどに。故に、仕方なくここを去ることにする。プティという村では人の募集があるかもしれない、それが北にある、それだけでもまあ十分かもしれない。食料はまだある程度はある、最悪道中で採集したり、狩ったり、行商人とすれ違ったなら買えばいい。

 建物を出る。暗がりから出たせいで、一瞬目がくらむ。そんなに長い間いたわけではないのに、それでも目がくらんでしまうのはなぜだろうか。そして、背中に投げかけられる長い溜息。それに少しばかり嫌な気分になりながら、扉を閉めてガルムのもとへと移動する。トリスは僅かに苛立っているようで、故に先ほどは言葉を放つことをしなかった。今も小声で文句を言っている、言い方ってものがあるだろうとか、どれだけ上から目線なのとか。自分の口調自体上から目線なのを自覚しているため、その言葉が少し耳に痛い。ガルムを連れて、北へと向かっていく。村を抜けて、道が東と北に分かれているので北の道を。

 どれだけ離れているのだろうか、老人は告げなかったが、恐らく2日か3日も離れていないだろう。それ以上離れていては流石に離れすぎていることだろう。緊急事態のことを考えればそれでも遠いかもしれないくらいだし、数少ないとはいえ流通の面から言えばもっと近くてもおかしくはない。案外1日で着くのかもしれない。とりあえず、歩き続ければ辿り着くだろう。流石に老人も嘘はつかないだろう、そんな怨恨を残すような馬鹿な真似を、若者を馬鹿にする老人がするはずもない。そこで気が付く、自分の思考が少しばかり棘のあるものになっていることに。やはり、あの老人で苛立ったのだろうか。




 それからまた1日半。大体時刻が夕方にかかるであろうころ。太陽が半ば西に傾いていて、そろそろ落ちるということが現実味をもってくるころ。ガルムは疲れが見え始め、自分とトリスも結構疲労を感じている。森林と舗装された道ではまた疲れも違う、なにより自分たちはほとんど休息をとっていない。ここ数日の良い話と言えば、ついに自分の右腕の添え木を完全に外したということだろうか。一応包帯は巻いているが、ぷらりぷらりと重力に逆らわずに垂れている。

 やっと目の前に村が見えてきた。想定よりも近かった、遠目から見ても小ささを感じる村。少しばかり高いところから見ているので、村を覆う外壁の奥が見える。恐らく、建物の数は10軒強というところだろう。酒場もない、恐らくあるのは村役場がわりの村長の家だけであろう。周りには田んぼが広がっていて、何畝あるかわからないが、そこまで沢山の数があるようには見えない。その田んぼの中を突っ切る道を歩いていく。ライ麦がそろそろ収穫の時を迎えるのだろう、たわわに実をつけ膨らんでいる。そこを抜ければ、輪作をしているのだろうか、白菜のようなものが植えられている。時期は関係がないのだろうか、どうも詳しくないのでわからないが、おいおい勉強していけばいいだろう。

 そこを抜けて、小さな村に辿り着く。プティ村、本当に小さく、周りを木の柵で囲んではいるけれど、その高さは2メートルほど。その柵の、通用口となろう場所は開け放たれていて、そこを通って村の中に入っていく。時刻が時刻だからだろうか、村人は皆村の中にいて、奇異の視線をこちらに浮かべてくる。

 少しばかりの居心地の悪さ、しかしながら前回の村とは別のものを感じながら、こちらに向かって歩いてくる老人を認める。恐らく彼が村長なのだろう、白髪の、白髭を少し伸ばした背の曲がった老人、彫りは深く、身体は恐らく昔は鍛えられていたのだろう、足取りはしっかりとしている。


 「村長をしている、アルフと言う。見たところ冒険者夫婦のようだが、何用かな?生憎ともてなせるものはないのだが……」

 「お察しの通り、冒険者をしているアスカだ。こちらは妻のトリス、この村に空きはないだろうか。定住先を探していて、南の村には断られてしまって。」

 「ああ、あの村の村長は随分と話しづらかっただろう、安心してほしい、この村には空きがある。むしろ、歓迎するよ。人手が足りなくて、何より冒険者、ここらにいるということは結構な腕前なのだろう?」

 「一応Aランク、ただSランクにもうすぐなれるところだ。」

 「ほっ、十分すぎる。こちらからお願いしたいところだよ。」


 老人は手揉みをして、にこやかに歓迎してくれる。話を聞けば、今まで用心棒がわりだった冒険者がこの前不幸な事故によりなくなってしまったらしく、代わりを探していたらしい。その男が住んでいた家、それでも二人で住むに十分な広さ、それと小さいがその男が使っていた畑を渡せるという。断る要素がない、あまりにも上手く行き過ぎているような、前回失敗したからだろうか。

 了承し、村の人々に軽く紹介してもらう。物事はとんとん拍子で進み、詳しくは明日の朝に説明するということに。

 家まで案内してもらう。村の柵にほど近い家の中の1つ、中に入れば意外と広い。前回の村の村役場より一回り狭い程度。土地はあるのでな、そう呟くアルフ。ベッドも食器も何もないが、机はある、井戸は共同で。ベッドは明日作ればいいという老人に感謝をつげ、また明日と挨拶を交わす。とりあえず、今日は寝よう。井戸から水を汲んできて、体を拭いた後、ぐっすり寝よう。これから始まるであろう日々に胸躍らせながら。

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