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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
13 遠い遠い地で
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 ユカは意外や意外、思ったよりもさっぱりとしていた。別段引き留める様なことはなく、ここを離れるという言葉を聞いたところで、今までの感謝を告げてきた。依存しているような、未だこの世界に慣れていないために弱弱しい印象を受けたのは自分だけだったということか。意外と強い人間だったのだろう、故に早くもこちら側に骨をうずめる覚悟をしたのだろうか。彼女はギルドの受付嬢という道を選ぶらしい。あの地震以来、基本的に人手は足りていない。シンシア砦の改築や環境の変化により去っていく人も多かったからだ。

 冒険者が去っていくならば何の問題もないのだが、それどころかスペースが空き、メリットのほうが大きいのだろう。それこそ上位の冒険者ならばシンシアから移動する理由はなく、移動するのは自分たちみたいなAランク程度の冒険者なのだから。かえはいくらでもいるとまで言わないものの、補充は聞くのだろう。それはそうだ、冒険者を目指している人々は沢山いて、そのうち真面目に取り組む人たちも一定数はいるのだから。しかしながら、ギルドの受付嬢や、工房の職人や、宿屋の店員など、民間人がいなくなってしまうことはシンシア砦の運営自体に支障をきたしてしまうほどの問題らしく、それで求人はいくらでもあるという結果になった。またすぐ戻ってくるかもしれないが、それまでにそのポジションを奪ってしまえばいい。皮肉にも彼女にとっては良いタイミングの変革だった。未だ価値観も定まっていない、理もルールも理解できていないような世界なのだから、変革が彼女に大きく影響を及ぼすことはないのだから。


 工房から防具を受け取り、袖を通していく。ところどころ骨で補強され、スカルスーツのようになっている部分もあるローブ。特に胸は顕著で、ぴっちりと肋骨でローブがしめられていて、ローブというよりも普通の服を着ているような感覚に近い。その分、胸部の防御はしっかりとしているらしい。肋骨の間間に金属のプレートをいれたり、肋骨自体を金属でコーティングしたり。結果、鈍く白く光るローブが出来上がる。ベースはガイアライノの皮、故に灰色、全身が白いというより灰色の男というわけだ。グローブも灰色、手の甲に金属のプレートが付けられている。ブーツも同じく灰色、ただこちら側にはフォレストエイプの毛皮が使われている。ちなみに、ローブの後ろ側にはプロールスケルトンの背骨が芯として使われている。これのおかげで、前回のように巨大な猿に投げ飛ばされたとしても脊椎の損傷確立を防ぐことができる。脊椎を金属でコーティングし、可動域を広げたことで背中に軽く細い柔らかめの甲羅を担いでいるような。最後にヘルム、ガイアライノの頭骨を削り、大きさを調整し、内部に様々な素材を用いることで密着性をアップさせた鎧。顎の付け根あたりから骨と金属の板と布が伸びていて、首筋を保護する上にローブに着くようになっている。これのおかげでヘルムが吹き飛んでしまったり、変な方向にそうそう曲がることはなくなるだろう。水に写った自分の姿は完全に一昔前のヒーローの様で、それも確実にダークヒーローのそれだった。

 トリスのローブは至って普通のローブ、特に大きな意匠は存在しないが、右腰のあたりに小さくガイアライノの尾骨が埋め込まれている。こちら側のお守りらしい、無事を祈り、怪我を祈るお守りだそうだ。此の世界にもそんなものがあるなんて、ミサンガがあったのだからあってもおかしくはないが。それでも、この世界の息吹をまた感じた気がした。トリスも灰色なので、ほぼペアルック、多少の色合いは違えど遠目で見れば色はほぼ同じだろう。


 別の工房で武具を受け取る。ファルシオン、厚い刃を振り下ろすようにして力任せに叩き切るその刃を見て、満足げな笑みを浮かべてしまったようだ。見た目が怪しい、そうトリスに笑われてしまった。骨でできたローブに身を包み、刃を見て笑う図は確実に犯罪者だと。そうだろうか、そうなのかもしれない。

 少しばかり上下に振ってみる。重さは1キロ少しというところか、やはり耐久性を高く、刃を厚くした結果だろう。ただ、これならば少し刃こぼれしても切れ味がもともと悪いので問題はない。厚いので簡単なことでは俺はしない。ただただ上下に剣を振り回すだけの自分にはぴったりだ。刃渡りはおおよそ50センチ程度だろうか。柄はうろこ状になった柔らかな皮、これはフォレストリザードの皮を特殊な製法でなめしたものだそうで、サービスだそうだ。鍔、ハンドガードと呼ばれるものは特殊な形状をしていて、まるで遥か昔のカリブ海の海賊が使っていたとされるような、拳の前方を守るような面積の広い柄の下まである金属板になっている。これは、獲物を叩き切ったときに拳を保護する意図があるらしい。鞘に入ったそれを右腰にさし、それとは別にミセリコルデをまた購入する。前回と大きな違いはないそれ、左腰にさしておく。止めはこちらのほうが都合がいいだろう、故に買ったのだ。


 その後食料品を買って行く。大分食料品は余裕ができ、そして保存がきかなくなったため価格も安くなった。保存食品の量が確実に増えてきていて、例えば干し肉であるとか、ライ麦パンとかが増えている。今までになかったものも増えてきていて、塩と塩漬け用の小さな壺がセットで売られていたり。一応それも買っておいた、付けておけば野菜は長持ちするし、塩分補給という面で見れば素晴らしいのだから。

 市場で確変前より増えたのは、バッグだ。今まで素材を売っていた顔が、今はバッグを並べて売っている。形は様々で、リュックサックのようなものから、荷台に積むのだろう、文字通り袋というものもあった。そこである程度の大きさのリュック、数日分の水分と数日分の食料が確実にはいる袋をトリスと自分の分購入。それとは別に、荷馬車に積む用の袋も購入しておく。



 次は馬車を借りなければ。荷馬車、東の街まで行くにしても着の身着のままではどうしようもない

。故に荷物を運搬できるそれがちょうどいい、しかしながら荷馬車は高い。かうのならばいくらになるのだろうか、他の人はどうしているのだろうか。ケーナを借りた時でさえも結構な額が必要になった、加えて今回は返す当てがあるわけではない。東の村とはいえ、方向しか決めていないのだからどの村にしようとも決めていないのだから。買うしかないのか、それとも別の方法を考えるのか。現在の持ち金では馬はなんとも買いづらい、しかしそれとは別に馬が安くなっているのも事実だ。恐らくアイテムボックスがなくなったことによる様々な問題、例えば飼料の保管であったり、金の入用であったり、そういった事柄から物を売りに出す人が増えている。故に今だけは馬が安い、もう少ししたら逆に運搬するために馬の価格は値上がりすることだろう。

 ただ、結局トリスと相談した結果馬は買わないことにした。リヤカーを大きくしたような荷車だけを購入し、そこに先ほど購入したものを詰めていく。袋に詰めた食料、大きな水筒、寝具や蝋燭、鍋や服を積んでいく。結構な量だ、それこそ2平方メートルほどの広さがある馬車が荷物で埋まってしまうくらいに。一応自分たちが乗れそうな場所もあるが、寝転ぶようなスペースはない。

 そして、荷車の持ち手、それをガルムの体に括り付ける。結局ガルムに頼むことになってしまった。いくら巨狼とはいえ、馬と比べると少しばかり小さく感じる彼では馬車を牽くことは難しいだろう。故に小さくなってしまった、それでも自分たちが牽くことに比べたら格段と効率がいいことだろう。



 ユカは自分たちを見送りに来ている。彼女と抱擁を交わし、これからの成功を祈る言葉を交わす。まだ出会ってから、よく知ってから日は経っていないが、こういった状況に置かれた故にある程度の繋がりというものを感じている。恐らく、この世界でなければ決して交わることはなかっただろう。ただ、この世界だからこそこれだけの連帯感みたいなものを感じている。彼女には頑張ってもらいたい、自分たちが戻るいつの日にかまでには、確固たる基盤を作っていてほしいものだ。

 そして笑ってほしい、この世界でこうでもしなければ生きていけない自分を。こうやって危険に身を置いてこそ自分の生を感じ取り、そしてそれで必死になって金を稼ぐことしかできない自分を。周りの人々とあまり交流を持たず、友人も数人しか持たない自分を。愛しき人を守ることができず、不自然な我儘で縛り付けている自分を。彼女には、自分とは全く違う堅実な人生を過ごせる能力があるのだろうから。

 ガルムが吠える、そろそろ出発するべきだろうとの感情を載せて。ユカに手をふり、東に続く身内を歩き出す。一度別れを告げたのだから、後ろを振り返らないようにトリスとガルムと進んでいく。遠く遠く、もう十分だと思うほど離れた時にふと後ろを振り返る。豆粒ほどにも小さくなったユカが遥か向こうのほうに見えて、もう一度大きく手をふって、前を向きなおし歩いていく。

 自分の横には最初の仲間を抱く愛しき人が、肩には遥か昔からの仲間が、後ろには荷車を引く巨狼が、自分の進む方向をともに見つめながら歩いている。

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