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フォレストエイプの死体から剥ぎ取った毛皮を、それはとてもとても大きく嵩張る毛皮を、木でできた台車に乗せる。肉と骨ばかりになった体も別の台車に積み重ね、途中で狩ったハイ・フォレストオーガの死体の上に積み上げていく。そして紐で縛り、台車に固定する。行きは何も乗っていない只の車輪が2つと引くための持ち手がついた木の台、つまるところリヤカーと言うべきそれは今は荷物で一杯になっている。ほかにも、ヴィヴィッドラビットの死体であったり、エルダーフォレストトータスの甲殻であったり、様々な物が積み上げられ固定されている。
1台はガルムの背中に持ち手を括り付けて牽いてもらい、自分はもう1台を牽く。テンは荷台の上に居座り、シェムは何時も通り自分の肩に座り、首筋に体を預け手を回している。トリスは自分の荷台を後ろから押してくれていて、ユカは両手で枯れ枝や野菜などが入った袋を抱えている。左手だけで何とか持ち手を持ち上げて、トリスの助けもあってそれを牽いていく。ずいぶんと重く、そして森の中ゆえに車輪がガタガタと音を立てて振動する。どうしようか、どうしようもない。こうして前に前に、ガルムは自分の前を進んでいて、時折そのリヤカーががたりと揺れる。なんとか引っかからずに進めているのは、この森林がある程度木々の間隔が空いた森林だからだろうか、行きに進路をふさぎそうな低木を叩き折ってきたからか。それでも、木の根っこだとか、僅かな段差だとか、湿った落ち葉だとか、舗装されていて進みやすいといった状態からは真逆に位置している。
木漏れ日が心地よい、森林の間を抜ける風も澄んでいて、疲れが癒されるというものだ。風が葉を揺らし、互いに擦らせ、その他の雑音と相まってシンフォニーを奏でている。ざくりざくりとそこを進む音が聞こえる、はあはあと息を切らせる声が聞こえる、自分の物と同伴者の物、それらは自分の体の温度を上げて、疲れを助長している。会話はなく、黙々と進んでいく。目的地までそう遠くはないが、それでも距離はあるし悪路なのだから。
変革から5日、掘立小屋が完成し、皆は一先ずの寝床を確保した。これでテントで寝る人は物好き以外いなくなった。シンシア砦の周りには掘立小屋が立ち並び、新たに掘削された井戸を始めたとした施設も揃い始めている。作業が順調に進んだというものもあるが、調査と検証が進み、シンシア砦内部の居住スペースのいくばくかが使用可能であったとわかったというのも大きい。だからこそ、こうして自由に狩りにいけるようになった。ただ、自由と言ってもある程度の制限はある。例えば、必ず申告してから狩りにいかなければならなかったりする。それはシンシア砦改築修復の為に働く人数が減ってしまうことへの対策であるし、狩猟に必要なものを貸し出す為でもあるし、様々な理由がある。シフト制故に仕事量自体は減ったし、アイテムボックスがなくなってしまったので荷車を借りなければ素材を持ち帰ることはできない。それに加えて、外に狩猟にいくならばやらなければならない義務もある。それは食料品の納品、素材の納品。シンシア修復の為に新たに違う街から人員を雇おうかと考えているらしく、その為の食料の原料が欲しいという理由、シンシア修復の為に様々な素材を使おうと考えているらしく、その為の原材料が必要だという理由。どちらも重要なことなので誰も文句は言わない、皆が皆シンシアに復活してもらいたいのだろう、ギルドは人望に厚いのだろう。狩猟に行くシンシア在住の人々ならばさほど大変な作業ではないということもあるだろうが。
遠くから音が聞こえてくる、遠くに森林の切れ目が見える、遠くにシンシア砦が見える、周りから木々を切り倒す音が聞こえてくる。ついたらば、荷台の荷物を運び下ろして、職人に素材を渡し防具を完成させよう。出来上がるのにかかる時間はどのくらいだろうか、数日だろうか、1週間だろうか、その間は何をしようか。モンスターを狩るのでもいい、木々を切り倒すのでもいい、野菜や枝等を採集するのでもいい。
必ずやらなければならない作業はないだろうし、別段やりたいこともない、正確に言えばできない、それでも恐らく何もしないということはないだろう。自分はそういう人間だ、トリスやユカはどうだろうか、聞いてみなくては。日本、あの麗しき世界に居た時でも自分は休日が酷く苦手だった。強迫観念に襲われてしまうのだ。何かをしなくてはならない、時間を浪費してはならない、そんな気持ちに襲われるのだ。休日になるまではそれを待ち望み、休日になったならば1日ゆっくりと寝転がっていよう、休息していようと考える。しかし、いざ休日になると時間に恐怖し、空白を作るのが怖く、何をしたいともないのに家を飛び出してしまう。そして1人街を歩いたり、適当に過ごして家に戻り、取れていない疲れに失望するのだ。だから、この世界でも同じだろう。
運のいいことに、今までなんだかんだ忙しかった。何もない休日なんてなかった、何かしらやる事があった。ただ、今度こそ何もない。日がな1日治療に努めようか、そろそろ右手も尚って来なくては困る。骨がつながったかどうか、しかしどのようにして判別するのだろう。指は動く、腕もおそらく思い切りぶつけたりしなければ平気なのではないだろうか。繋がってきてはいるはず、中に空洞ができているか、それともつながったとはいえ弱弱しいか、偽関節になってしまっているかはわからないが。そろそろ包帯を外してもいいかもしれない、ただその勇気がどこからか欲しいのだ。誰か分けてくれないだろうか。
シンシア砦に到着し、警戒中の衛兵と話をする。そして移動し、荷物を下ろす場所、つまりはリヤカーの返却場所に辿り着く。フォレストエイプの必要な素材と、亀の甲羅といくばくかの素材を回収し、あとはそこにいる係の者に引き継ぐ。ユカは枝や野菜を渡す、これは食料やそれの調理、水の蒸留、様々なことに使われるのだ。
その足で工房に向かう。工房自体は地震の影響はほぼなかったらしく、そのまま営業を続けている。主に砦の北部と中央部が大きな被害を受けたようで、同じようにギルドも営業をしている。工房はこの事態にも客足が衰えることはなく、逆に忙しいかもしれない。大量にある素材を捨てるわけにいかず、加工したり装備の補修に使ったり、さっさとその嵩を減らすことに決めた人たちが多いのだから。それでも、前から頼んでおいた自分たちの分はある程度優先してくれるらしい。そういうことで、素材を渡していく。前に渡していた鉱石や骨と共に、今日剥ぎ取ってきた毛皮や様々な素材を渡していく。毛皮、骨、結構な量だ、そしてそれと共に金も渡す。トリスの分も含めて金貨1枚、この前の儲けも吹き飛んでしまう。それ以外に武器代として銀貨20枚かそこらは考えておかなければならない。金が足りない、本当に足りない。どのようにして手に入れるか、本当に足元を見られる商売だ。Aランクの依頼をこなしても1つの依頼につき銀貨10枚かそこら、本当にデフレが酷い。一時期よりも悪化した、相場が安定し、もう少しばかりインフレになるのは何時頃のことになるだろうか。上がったり下がったり、実に忙しい。その中で武具防具にそれだけの金を持っていかれるのは本当につらい。
金を使わない場所に移動するというのはどうだろうか。これで金は大分心許ない、そして稼ぐにも腕が邪魔だ、しっかり回復するまでの間立ち止まることは怖い。だとしたならば、戦闘から逃げつつ進めばいい。簡単なことだ、まっすぐ突き進めばいい、立ち止まらず、前に前に。
西のほうに進むのはどうだろうか、西には村が点在している。別に東でもいいのだが、どちらにしろ小さな村に住んでしまえばいい。貨幣は重要だが、村の中では物々交換も悪くない。食料は自給自足できるだろうし、足りなければ交換すればいい、装備はこれで整えられるし、ある程度ならば補修もできるだろう。服などは時折来るだろう行商から買えばいいし、そこで物を売ることもできる。レベルもゆっくりとだがあげられるだろうし、トリスと過ごすという当初の目的も達成される。いいことじゃあないか。今晩ゆっくり相談するとしよう、ユカはシンシアで過ごすのが安全だろう。ここでお別れ、いつか、いやまたすぐに会えるだろう。ずっと村にいるわけでもない、時折は防具のしっかりとした修理や必要な物を買いにここに来るのだろうから。
夜、小さな家の区切りで区切られたスペースにトリスと横になる。床に布団を敷いたどちらかというと日本のそれに近い寝床。そこに横になり彼女と話す。これからの方向性、どうすればいいのか。
「村、ね。いいんじゃない?約束したじゃない、ゆっくり過ごそうって。ただ、子供はできないけれど私たちにはガルムちゃんたちがいる。」
「ああ、確かにそうだな。子供、欲しかったよな、すまない。」
「謝らないで、貴方のせいではないのだから。貴方といれて私は幸せ。」
「ありがとう、救われた気がするさ。じゃあ、どうする、東か、西か。どちらに向かうのでもいいさ、どちらでも村はあるだろう。」
「西は、随分と暑いらしいわね。東にしても最近まで干ばつに苦しんでいたけれど、ウィステリア皇国とヴァーミリオン大帝国、魔王城は互いに仲が良く安定してる。どれも力は一級品と聞くわ、魔王城に関してはこの前の戦の話だけだけれど。それに、西はそれこそ何もないわ。最西端の国は本当に何もない、魚くらいかしら。そうなると、物流の便を考えても東の村のほうがいいわね。」
「だとしたならば、どれだけ東の村にする?より取り見取り、村自体はいくつもいくつもあるのだから。」
「そうね……」
議論は夜が更けるまで続いた。時間はわからないが、双月が結構の高さまで昇っていることを木窓から見つめ、驚き寝る準備をする。いくらやる事はないと言えど、昼まで寝太郎ではどうもしまりが悪い。ただ、今回の事で決まったことは大きい。防具ができしだい、武具ができ次第、東に発つ。シンシア砦から数えて東に3つ目の村、ツェルティス。山菜と薬草が有名な小さな村、そこに向かう。モンスターはそこまで狂暴な凶悪な強大な存在がいるわけではないが、それでも山に入る人々を襲うだけのものはいる。それの護衛みたいなことをすればいい。
どんな村だろうか、地名だけしか知らないのだから。そして、どうやっていこうか。夢は広がり、かつての夢がよみがえる。ああ、何時の日にか2人で一緒に……




