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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
11 新たなシシン
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 幹に強く強く手斧を叩きつける。ある程度まで切込みが入れてあったそこに刺さる刃、小さく弱弱しく見える刃ながら、半分まで入っていた切込みのお陰で幹が悲鳴を上げていく。みしみしという音が響き、がさりがさりと音を立てながら木はそこを支点に倒れていく。それを両手で押さえ、勢いよく地面に叩きつけられないように方向を確かめつつもゆっくり下ろしていく女性が2人。あまり太くない、それでも20センチはあろうかという木が倒れ込み、周りには木々の香りが充満していく。花をくすぐるような良い香り、空気が美味いとはこういうことをいうのだろうか。

 周りは一面森、木々が自分を囲んでいて、所々遠くのほうで音が響いてきている。地面に重く太い木が倒れ込む轟音、木々の枝が折れる音、幹に打ち付けられる斧の音。作業のバックグラウンドミュージックとしてはそこまで良質とは言えない、どちらかというと繁雑な、喧しい印象を受ける。それは森の中が静かで、命の息吹に満ち溢れているものだという先入観が原因かもしれない。もしかすると、あの森を突き進み続けた行軍の中で培われた常識、感性なのかもしれない。だから、その命の息吹を殺す、死神の鎌の音によく似たそれが雑音に聞こえてしまうのは仕方のないことかもしれない。ただ、それは自分も死神になっている状況からすれば何とも弱弱しい言い訳で、非常に皮肉な話だろう。

 どちらにしろ、作業は進めていかなくてはならない。また遠くで木が打ち倒された音が聞こえた、どのくらいの大きさだろうか。自分たち3人では幹の太さがある程度のものまでが限界だ、それこそ太腿くらいまで。ただ、中には何人もで大きな木を切り倒しているものもいる、いや、其方のほうが多い。人数的にいうならば、そちらが7割で、こちらのような細めの木は3割の人が切り倒している。数としては同数、結構な数が必要なのだ。

 新たに目星をつけた木に、軽く手斧を打ち付ける。左手1つ、故に小さい斧しか扱えないのだ。それでも、幹を叩くこつんといった音が響き、幹に浅く小さな傷が出来上がる。そして、そこに左手を置くようにして、まるで幹を撫でるようにダークソードを顕現させる。闇の刃は幹を切り裂き、それでも硬度が関係しているのか一刀両断というわけにはいかない。まあ、一刀両断できては困ってしまうのだが。そして3,4回ほどそれを行い、幹の半分近くにまで切り目を深く入れ、切り口を広げたところで手斧を打ち付けていく。少女2人は自分の後ろ、いつか倒れてくるであろう木を両手で受け止め、そして地面に降ろす作業を。自分がやるべきなのだろうが、左手1本ではなんともしがたい。


 また1本、細い木が地面に置かれる。長さは何メートルだろうか、5メートルか、3メートルか、もっと長いか。どれにしても、青々とした葉が付いた枝を見て、所々折れた枝を見て、そして地面に遺された切り株を見て、自分がした仕事に溜息を1つ。1本切り倒すだけで結構な力を、神経を使う。押しつぶされないように、一気に倒れてこないように、手斧がずれてしまわないように。

 太陽はそろそろ頭上高くに昇ろうとしている、少女たちに声を掛け、昼食へと。切り株、周りにいくつか見受けられるそれに腰かけ、3人でパンを食す。水を飲み、塩漬け肉のスライスと野菜を少しばかりの油を染み込ませたパンで挟んだ粗末なサンドイッチを口の中に詰め込んでいく。味気ない、相変わらずこれだ。それでも、食べていなければ。

 けほり、と茶髪の少女が咳き込む。ほこりでも吸ったのだろうか、それとも花粉症か?花粉症なんてものがこの世界に存在しているかどうかはわからない、未だ風邪すらも引いていないのだから。ただ、病気にはなっていなくても傷だらけ、重傷は幾度となく負ってきたというのは、トータルで見るならば運が良いのか悪いのか。

 恐らく、運は良いのだろう。こんな気候が違い、植物が違い、食べ物が違い、生態系が違い、文化が違う場所に来て体調を崩さないほうが珍しいだろう。特に、栄養をまんべんなく取れているというわけでもない、完全に足りていないはずだ。自分の体を酷使して、酷い傷を追って、免疫能力が優れているなんてことはあり得ない。つまり、この世界には病原菌は存在しないのだろうか、それとも弱った自分でさえも打ち破れないほど弱弱しいのだろうか。まあ、病気にかからないのは良いことだ、決して残念がるなんてことはない。

 水をぐいと飲み、喉を鳴らして腹に流し込む少女。そして、もう一度咳き込んでまたパンに齧りつく。化粧は完全にとれ、ただ疲れからは解放されたような、いや言い方に語弊があるだろう。疲れ自体は残っている、恐らく寝不足であろう昨晩泣きはらした目尻は腫れているし、足を動かすときに引き摺り顔を顰めているのは筋肉痛だろう。それでも、最初であった時のような疲れは見えない、精神的に追い詰められ、精根尽き果てたようなぎりぎりの印象は受けない。そうか、そういったことに気が付くのも自分がこの世界に染まった結果だろうか、昔ならば気が付くことはなかったと胸を張って言えるのだから。


 昼食を終え、今までに切り倒した木を運ぶ作業に入る。倒した木は、全部で10本かそこら。運んだ数は、そのうち3本、今ここには7,8本は残っているだろう。そのうち2本を紐を使ってガルムの体に括り付ける。切り口をガルムの体側に、そして後ろに向かって幹は細くなっていくように。その枝があまりない場所、持ちやすい場所、だいたい木の中間あたりをトリスとユカで持つ。自分は小さな木を左手と脇で絞めるように抱え、枝葉を引き摺りずるずると集合場所に進んでいく。一度に運べるのは3本が限度、それ以上は皆がつぶれてしまう、今でもいっぱいいっぱいだというのに。


 先導を進むシェムとテン。重い物を持っている影響で自分は早く歩くことはできず、それはガルム達でも同じことが言える。

 時折木の根っこに引っ掛かり、勧めなくなりながらも必死に進んでいく。歩いていく半ば、何度も何度も音が聞こえてくる。人族が自分たちの為に木々を切り倒す音が、ただ、目的もなく切り倒すのではない。必要があり、必要な量だけ切り倒しているのだ。この木々は様々用途に使う、それにこの世界の木は成長が早いらしい。結構伐採しても、同じ場所を何度も何度も伐採しようとしなければ5年かそこらで元に戻るそうだ。切り株からは新たな幹が生え、故にここらの木々は時折地面から適当な高さの場所で太さが変わっているものがある。

 切り倒した木々は、シンシア砦の増築作業に使われる。それだけではない、シンシア砦の工事の間入れない為、住民の仮屋の作成にも使われるのだ。その後その家々は倉庫に改装される予定だというのだから、適当な作業はできない。他にもいくつかの用途があり、その為に幾本もの丸太が必要になっているというわけだ。そしてシンシアに住む人々は分担して作業に追われる、木々を切り倒すもの、木々を組み合わせ家をつくるもの。恐らく1日では終わらない作業、3日で終わるだろうか。それまでは地面で寝たり、シンシア砦で寝たり、テントで寝たりといったところだろう。

 工事が終わるまで長期的に住む小屋は、掘立小屋やバラックのような形式になる。当然結構な量の木材は必要となる。そして砦の為の煉瓦は作るのに時間がかかるので、シンシアの補修が始まるのは数日後、1週間後がいいところだろう。今ある程度の人数が鉱丘付近で産出される粘土を採集に向かっている。

 森がそろそろ途切れてくる、シンシアが見えてくる。そこでは数人が必死になって木々を切り、設計図を描いている。自分たちもノルマをクリアしたので、そこに混ざっていくこととなる。しばらくは戦闘はお休み、自分たちの住居を作成しなければ。





 巨大な猿の顔面に大きな火球が突き刺さる。両手で顔を抑えるそれ、そして巨狼に圧し掛かられ、バランスを崩し倒れ込む。巨狼はそのまま喉笛にかみついて、噛み千切ることだろう、猿の巨大な手が巨狼の体を引きはがそうとする、殴る、1発、2発……それきり腕は動かなくなり、地面にしなびていく。素早く、そして効率的な作業だ。毛皮が燃焼してしまう為、火魔法を使うことは少しでも避けておきたい。結果ガルムが喉笛を噛み千切る、自分がダークソードで喉を掻き切る等が一番被害が少なく殺せるというわけだ。

 むわりと獣臭が香る、巨大な猿に跨っていた、そこから立ち上がる。その顔面にはぽかりとまでは行かないがある程度の穴が開いていて。そこから血が漏れ出ている、ダークソードを突き立てたのだ。どうも真っ直ぐさしたはずなのに、少しばかり手が動いてしまったのか一本線が残るだけとはいかずに亀裂のようになっている。

 じゃり、足元の土が音を立てる。番のフェレストエイプを殺し、その素材を剥ぎ取っていく。少しばかり申し訳ない、ただ自分たちが生きるためには必要なものだ。


 ふと思う、番といっても、何をするのだろうか。モンスターはどこからかリポップするようになっているというのがこの世界だった筈だ、生まれはしない。ただ、そうだとするならば番である必要性はどこにある?快楽を貪るのか?動物が?それとも本能か?無意味なのに?よくわからない、子供を作るというわけでもないのに、集合する必要なんてないじゃないか。子供ができないのは確実だ、この世界でまだ子供というものを見たことがないのだから。卵とか、赤子とか、そんなものは見たことがないのだから。

 脳内に一瞬瞬く光景、レッサーデビルとレッサーエンジェルの巣。アレはどういう意味だろうか、あれは確かに子供のようなものも見えたような。フォレストエイプ達の巣、あの光景もフラッシュバックする。確かあそこの骨は小さなものもあった気がする。あそこは骨も残っていた、何か法則があるのだろうか。誰か、詳しくそれを知っている人はいないのだろうか。少しばかり調べたい、ただ他の人に話しかけるなんてことは得意じゃあない。

 それは、この世界に来ても全く変わっていない。話しかけれられば話せるが、自分から話しかけるなんて羞恥心が邪魔をして無駄に考え事をしてしまう。

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