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死体を並べていく。血が滴り、だくだくと地面を染め上げている。臓物が、脳漿が、ありとあらゆるものが混ざり合い、独特の臭気を発している。目から入ってくる情報は、確実に吐き気を催すだろう物で、それが鼻からも入ってくるのだから気分が悪くなるのは必然だろう、地球にいたころの自分であったならば。
今は、少しばかり気色が悪いと思う程度だ。そういった精神衛生上よくないであろうものに対する耐性というものが、この世界で過ごしてきた日々の中で培われてきた。声明を奪うということはきれいごとではない、グロテスク、悍ましい、残酷な、残虐な行為であると何度も認識させられた。故に、こういった光景にかなり慣れてきてしまっている。ただ、何よりも大きなファクターはあの怪我だろう。こういった、自分以外の、特に敵対生物が残酷に死んでいる光景は確かに不愉快ではある。ただ、自分の大事な体が壊れた様は酷く心に来る。それだけではない、自分の知っている、信也、自分に近しい者の死体を見たということがどれだけ影響を与えたのだろうか。
最後の天使の死体をトリスが引き摺ってくる。できるだけ地面から持ち上げないように、右足の先を左手でつまむようにして持ってくる。血液が、臓物が、そういったものが自身の服や肌につかないようにという考えからだろう。それにしても、彼女は良く平気なものだ。昔は、あの蜘蛛の頭だけでひっくり返っていたというのに。
「トリス、平気なのか?」
思わず声を掛けてしまう。何かが彼女を変えたのだろうか、何が彼女を変えたのだろうか。自分にはわからない、自分との生活で変わったのだろうか。それとも、自分が戻ってくる前に実は自分に告げていない何かがあったのだろうか。
「何が?」
トリスはこちらを向いて、視線を合わせ首を傾げる。確かに、自分が何を言っているかわからないだろう。主語がないのだ、それでは分の意味が通じかねるのも仕方のないことだろう。
「昔は、あの蜘蛛の頭で失神しただろう?レッサーエンジェルの死体なんて、よく見れるものだ。」
「ああ、あったわね、そんなことも。懐かしい、誰だってあの複眼に見つめられたら気色悪く思うでしょうよ。多分、今でも倒れてしまう。虫が持つ気色悪さとこれは別だもの。生理的に無理、やらないでね、やったら怒るから。」
「そうそう、こんな死体、もう慣れたわ。焦げた皮膚とか、裂けた肌とか、最初は辛かったけれど、この体では不思議とそこまで強く感じない。もしかしたら、私もほらプルミエで怪我を、その時に見慣れたのかもしれない。人を治療したし、自分も怪我を負ったから。」
トリスも、自分自身が傷ついていく、精神的に辛い状況を体験していたのだった。それだけではない、あの時の怪我を考えれば、自分よりも酷いものだった。半ば死んでいた、臨死体験というものをしていたのかもしれない。そこから無理矢理呼び戻した自分では怖くて聞くことができない。一体どんな気分だったのか、何が見えたのか、何も見えなかったのか。興味は湧くが、これが怖いもの見たさと同じような物なのかは判別ができない。
レッサーデビルの尻尾を解体用ナイフで切り落としていく。必要なのは5本だが、数が多い分には何の問題もないだろう。ついでに、背中についている触感の良い羽も切り取っていく。もの全体を覆うようにして生えている短い毛、羽にしても尻尾にしても、乾いていたなら触り心地は良いだろうと思う。ただ、多くが血と土に汚れてしまっていては少々面白みが感じられない。
レッサーエンジェルのほうも同じように羽を切り取っていく。純白の角、これも必要な数の2倍はあり、使い道を考えると心が躍る。しかしながら、こちらの特徴である白い角は2本しか採取できなかった。それは角が折れていたからであり、殺し方が良くなかったことの表れでもある。
スレイブドフェアリーの肢体は、無事そうな羽を毟るだけにする。そしてトリスにそれを渡し、小瓶に絞ってもらうことに。段々と溜まっていく液体、一体これは妖精のどういった液体なのだろうか。血液とは違う、では汗のようなものなのだろうか。それとも排泄物なのだろうか、それとも別の何かか。
本当ならば、レッサーエンジェルやレッサーデビル、できることならスレイブドフェアリーの骨や肉なんかも解体して持ち帰りたかった。しかしながら、これらの肉は固く渋みがあり、食えたものではないそうだ。それに加えて、ある種の毒性があり危険であるということも拍車をかける。骨は脆く、武具や防具の素材としてはあまり使えないらしい。確かに、頭蓋骨がいくら自分が全体重をかけたからとはいえで簡単に潰れるようでは、強度はそこまで期待ができないだろう。
森から戻る道すがら、ハイ・フォレストオーガリーダー率いる小さな部隊を制圧する。レッサーエンジェルやレッサーデビルに比べるとなんと図体の大きいことか。見失うなんてことはなく、小回りが利くなんてことはない。プロールスケルトンに比べると、なんと弱弱しいことか。火魔法を喰らっても、何の躊躇いもなく行動を続けるようなことはない。態々顔を抑え、仰け反り、そういった行為がどれだけ弱弱しく見えることだろうか。当然侮ってはいない、簡単に殺されてしまうだろうし、これ以上怪我を増やしたくはない。それでも、彼らに比べると多少はマシだ。
麻痺の煙をばら撒き、火魔法の弾幕を張る。近づいてくるオーガにはガルムが飛びかかり、自分も火魔法やグラビティを使って援護していく。ガルムが頼もしい、彼がいないなんて光景を想像できないほどだ。
倒れ込んだハイ・フォレストオーガリーダーの手首を切断する。太ももを体重を込めて切断し、肉をそぎ落としていく。体中が血に塗れる様な作業だが、そうやって大腿骨を手に入れなくてはならない。多少肉自体はついているが、これで問題はないだろう。ほかにも、死体から少しばかり剥ぎ取り、あとは捨て置いておく。何かしらが餌としてくれることだろう、そんなことを考えながら。
時刻は昼過ぎ、昼食をどこかで食べ、そのあとはガイアライノ探しと行こうじゃないか。




