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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
11 新たなシシン
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 砦を出て森のほうに歩いていく。目指すは精神的外傷を受けた場所、あの泉の近く。狙うはレッサーデビル、レッサーエンジェル。この折れた右腕、しばらくは使えない右腕を作り出した原因となる不愉快な生き物たち。彼らさえいなければ、右腕がズタボロにされるなんてことはなかっただろうし、つまりはあの襲撃で右腕を折られることもなかっただろう。

 忌々しい、あいつらがいなければこんなことにはならなかった。もっと簡単に物事は運んでいただろう、時間を浪費することもなかっただろう。苛々と、憎悪が募っていく。今までの人生でここまで何かを憎んだことがあっただろうか。はたして、ここまで何かを忌々しく思ったことはあっただろうか。自分の覚えている限り、初めてだろう。確かに、何度か頭に血が上ったことはある。たとえば、路面電車で子供を言葉で嬲っているような上級生を見かけたとき。確かに、何度か軽蔑し侮蔑したことはある。例えば、酔いに酔って前後不覚に陥って喚く背伸びしたがりの同級生を見かけたとき。そういったときは、確かに冷めた目で見つめていたり、行き場のない激情にかられたりはした。しかしながら、ここまで強く心を揺さぶられるのは初めてだ。

 感受性が強くなったのだろうか。社会というものに束縛され、感情の抑揚が気付かぬうちに抑圧されていたのかもしれない。整理された社会のなかで、どうしようもなく不条理で不合理なものは淘汰されていたのかもしれない。故に、そこで育った自分は自由に見えながら実は型にはまった人間であったのかもしれない。それは自分では判別がつかないし、よくわかるはずもないが、それでもこの世界に来てから自分が少し変わったと自覚している。価値観が、人生観が、様々な物が変化したような気がする。ここまで人に惚れたことはなかっただろうし、ここまで命を危険に晒したことはなかった。それどころか、他の命を危険に晒す、刈り取るといったことはほとんどしてこなかった。

 この世界に来て、生と死に触れ、与奪どちらの立場にも立たせられ、死を実感し、生を喜んできた。この世界に来て、森を草原を荒野を放浪し、人間社会以外のものと交流し、生を実感し、死を観察してきた。

 それが、そういった行為が自分の思考を、考え方を変えたとするならば、それは別段荒唐無稽な話ではない。自分で感じている、思考の変遷、それを引き起こすファクターに成り得ると考えている。だから、物事をもっと広く、深く感じられるようになったのだろう。それが、今感じている感情の大きな振れ幅だろう。だとしたならば、これは抑圧するものではなく、支配されるものでもなく、共存するものだ。


 泉を遠く視界にとらえ、レッサーデビルを、レッサーエンジェルを、スレイブド・フェアリーを探す。遠目に見ても、巣は既に放棄された後のように見えて、数がいないことは想像がつく。この前の戦闘からそこまで時間が経っていないのだから、逃げた彼らが戻っていなくてもおかしくはない。

 それでも、少しは残っているだろう。そうでなくては困る、そう思いながらゆっくりと泉に近づいていく。当然周りには注意を払い、時折石ころを拾って四方八方に投げていく。木々をかき分ける音、枯葉を踏みしめる音、弱い風が森を抜ける音に惑わされないように、視覚と聴覚を研ぎ澄ませていく。

 泉までおおよそ1分も立たずに辿り着けるのではないか、と思う頃。前回襲撃を受けた位置を思い出し、そこまであと数メートルと迫った頃。耳が何か音を拾う。ガルムが地面を踏みしめる音ではなく、トリスの足音でもない。立ち止まる自分の足音なんて聞こえるはずもないのだから、そうなると選択肢は1つに絞られる。

 右手の林から聞こえる音、それがなんであろうと気にすることもなく、林に向かってヘルフレイムを放つ。1本の木の幹を舐めるようして後火球は掻き消える。木の幹は黒こげなんてことはないが、だからといって無事でもないと言い切れる。少しばかり煙が経っているような、そしてその陰から顔を出す白い乳児。自分の中のイライラがはちきれ、別の木から顔を出した黒い幼児の顔にヘルフレイムを叩き込む。ほぼ反射的と言ってもいいような行為、もしもそれが人族であったならば謝罪では済まなかっただろうの殺意を込めて放つ魔法。

 こちらに飛びかかってくるレッサーエンジェルはガルムに空中で捕縛され、そして地面に叩きつけられる。顔面に火魔法の直撃を喰らったであろうレッサーデビルが隠れていた木、そこには黄色の煙が存分に撒かれ、火魔法が叩き込まれている。最悪水魔法を用意しておく必要があるな、そんなことを考えつつも、続いて別の場所から飛び出してくるレッサーエンジェルにヘルフレイムランスを当てる。背中に衝撃が掛かり、思わず前に倒れ込みそうになる。

 然しながら背中にしがみ付いていたであろう天使か悪魔はガルムの顎によって引き離され、逆に自分はガルムに飛びかかってきていた天使をヘルフレイムランスの餌食にする。地面に叩き落された天使、それの頭の上に軽く跳躍し、全体重をかけて踏み潰す。足の裏にはまるで粘着テープで補強した段ボール箱を踏みつぶしたような感覚、そのまま次の目標へと眼を走らせる。


 頬をひっかかれ、顔付近に居たその頭をもって地面に叩きつけ、踏みつぶす。ガルムは口の周りを血に染め上げながら悪魔と天使の頭を引きちぎり、奴隷にされていた妖精たちはシェムの黒球と麻痺の煙で打ち落とされていく。それの頭を踏みつぶしているのはトリスで、それを守るようにシェムがフレイムウォールを放っている。

 ぶすぶすと周りに音が聴こえ、鼻に突くのは獣臭と焦げた臭い。気にすることはなく、走ってくる天使をグラビティでよろめかせ、アクアで目つぶしを行う。さながらサッカーボールのように落ちた天使の頭を蹴飛ばし、木に直撃したそれは動かなくなる。

 ある程度殺し、天使も悪魔も奴隷妖精も見えなくなった頃。周りは酷い有様だった。アクアで必死に火を消し止めていく、それほどまでに火が少しずつ広がっていく様は危険で、最悪蒸し焼きになってしまうところだった。そこらには焦げた天使や、焦げた悪魔、胴体を食い破られた天使と悪魔に、木に突き刺さった天使、脳天が凹んだ悪魔。胴体しかほとんどないに等しい奴隷妖精と天使と悪魔、目に七以下が突き刺さり、口から泡を吹いて転がる死体があれば、力なく落ちている死体もある。頬を流れるあたたきもの、左腕もじんじんと少しばかり痛む。服も少しばかり破けたが、前回よりかは酷くない。

 先制攻撃が効いたのだろうか、それとも囲まれる前に殺したのが正解だったか。恐らく、どちらもだろう。さて、剥ぎ取るとしようじゃないか。心は澄み渡り、仕返しをしたと言わんばかりに口元は歪んでいる。ストレス発散、素材の収集、一石二鳥の素晴らしい仕事だったと言わざるを得まい。

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