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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
11 新たなシシン
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 光が目を突き刺してくる。目の前でフラッシュをたかれたかのような、鏡で電球の明かりを反射されたかのような強い光が。まるで、虫めがねを使ってライトを見たかのような、懐中電灯を覗き込んでしまったかのような強い強い閃光。思わず開いていた目を閉じて、そして痛みに目を抑えてしまうほどの強い光。ただただ圧倒されてしまい、少しばかり足元がおぼつかなくなり立ちすくむ。目を抑えて、洞窟のほうを見て目を開く。黒々とした穴が、さきほどまで自分たちがいた穴がぽっかりと口を開けているのがわずかに開いた隙間から見える。

 ゆっくりとゆっくりと目を開けていく。嗚呼、どうしてこんなに暗い湿った世界に慣れてしまったのだろうか。暗い筈の洞窟のほうを向いていても尚、背中のほうから漏れてくる光が酷く眩しい。明るすぎて目が痛い、そういった経験は無きにしも非ずだが、ここまで強く感じたのは初めてだ。それは、灯りの少ない世界にあれだけ長く引きこもっていたのが初めてだったということであり、陽光というものがそれだけの力を秘めていたということの裏返しでもある。

 トリスは、シェムは、ガルムは、こういったことに困らないのだろうか。横目で何とか見てみても、少しばかり戸惑ってはいるものの別段大きな問題を抱えているようには見えない。それは、この世界で育ったためなのだろうか、自分が地球という恵まれた場所の中のさらに恵まれた人間社会で過ごしてきたからだろうか。


 しばらく目を開いて、閉じてということを繰り返す。それが何分か、何回行ったのかもわからない。恐らく数十回では済まないだろう、恐らく数分ではすまないだろう。その間、トリス達は水を探しにでかけてしまった。環境適応能力、自分と彼女たちの間に乗り越えることのできない大きな大きな壁があるように感じてしまう。

 ああ、やっと、段々と前が見えるようになってきた。ここまで時間をかけてやっと見えるようになったのだ。それでも、目を大きく開くことはできない。目の奥が、目の表面が、明るさに耐えかねて泣き出してしまうのだ。痛みに負けて叫びだしてしまうのだ。だから、今はなんとなく前を見るだけで精一杯。それでも、前には進める。


 トリスが自分を呼ぶ声が聞こえる。少しばかり離れた場所、どうやら川を見つけたらしい。しばし待ってくれと声をかけ、先に用事を済ませてしまうことにする。

 小屋の老人に少しばかり声を掛けて感謝を示し、骸骨の話をする。


 老人は、坑道での死者の話をすると沈痛な面持ちになる。目を逸らし、疲れ果てたような息を吐き、両手を何かに謝るかのように合わせつつ、足をゆっくりと揺らしている。いや、足を揺らしているのではない、震えているのだ。目も逸らしているのではない、伏せて、涙をこらえているのだ。疲れ果てたような息を吐きだしているのではない、後悔と疲労で押しつぶされそうになっているのだ。

 置かれた頭蓋を見て、彼は笑う。からからと乾いた笑いを。そして、笑い終えた後でぽつぽつと老人は語る。彼が何故ここにいるのか、老いても尚洞窟を見続けるのか。


 「ああ、ここは、そうだ。私が、彼らをみすてたのだ。あの時でさえ、陥没、落盤、それが起こったあの時私は見捨てたんだよ。笑うか?いや、すまない、あの時さえこなければ、私たちは素晴らしい仲間だった。」

 「丁度、私と恋仲になった剣士、彼女の鎧を新調しようということになったときだった。ここにはいり 、1人私は意気込んでいたよ。それでも、仲間たちは、彼女は、手伝ってくれた。私1人で十分だったと言ったのに。」

 「けれど、その選択が間違いだった。一体何が原因であれが起きたのかはわからないし、私も覚えていない。あの時の光景は、状況は、私の頭からごっそりと抜け落ちているのさ。気が付いたときには、私だけ崩れた岩盤の下敷きにならず生き延びた。彼女たちは即死だった。泣き喚いたさ。」

 「彼女の死体は死してなお美しかった。欠損し、潰れ、無残になっても好きだった。その骨は、恐らく彼女のだろう。わかるさ、骨はとうに墓の中だというのに、それは2つ目の骨というわけか。」

 「名も知らぬ冒険者よ、それは君に託そう。私はもう既に彼女を持っている、それは紛い物だ。魂は未だあの坑道にある。私は、私はあそこで死に、彼女の魂と添い遂げる。記憶に残った最後の言葉、いつかここで一緒に、忘れはしないさ。老人の、私の戯言を聴くのはそろそろやめたまえ。私も少し独りにしてほしい、老い先短い老人よりも君のほうが 夢がある、希望があるのだから。」

 「最後に、彼女と共に死ね。決して離れるな。愛しているのらば、死という終着点を共にしろ。」


 そう告げると老人は押し黙る。目から流れる光を見て、小屋を後にする。恐らく老人には、もう何度か遭遇した奇異な事実だったのだろう。ただ、だからと言ってそれが抑えられるわけでもない。忘れられるわけでも、薄まるわけでもない。翁よ、貴公の言葉、しかと受け取ったさ。


 トリスが自分を呼ぶ声が聞こえる。いい加減おいでよ、はやく体を洗って、シンシアに戻るんでしょう?ああ、言われずともそのつもりさ。だから、もう少し待ってくれ。あの老人の言葉を反芻して意味を確認することができるくらい、ゆっくりとそちらに向かっていくのだから。

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