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ああ、少しばかりの作業でわかってしまう事柄がある。それは非常に残酷で、それでいて全く隠す気もない攻撃的な事実だ。これからの1日2日、そういったものに直結するような精神的損害を迷うことなく与えてくるそれには少しばかり恐怖を覚えたほどだ。自分が、この採掘作業、選別作業、おおよそ鉱石を手に入れるために行っている一連の作業の過程で認識した事実は2つある。
まずは、自分がどんなに頑張ろうとも今の自分では遅々とした進みでしかないという事実。金槌を振るい、岩壁を破壊し、石ころを散らし、大量の鉱石を積み上げた。素手で1つ1つ分類し、選別し、袋に入れてきた。それは無駄な作業ではなく、無意味な作業ではなかった。そういった作業が積み重なり、結果として袋をいっぱいにすることができるのだから。しかし、しかしながら後ろを振り向いて全てを理解してしまった。トリスが作業をしていただろう場所には大量の石が積み上げられており、選別作業をしていたといえども自分との違いをむざむざと見せつけられたのだ。左手のみで、ここまで頑張ってきた。しかしながら、効率という意味ではトリスに及ばない。女性蔑視をするつもりは毛頭ないが、それでもなんとなく女性に負けたとあっては悔しい。それがたとえ原因のはっきりとした仕方のない理由であったとしても、だ。
トリスに声を掛ける。手を止め、此方を振り向く彼女に話しかける。トリス、君だけで掘っていてくれないか、と。自分は選別だけを行う、選別だけなら速度はそこまで変わらない、ただただ無心に掘っていてくれ、と。そうしたならば、作業速度はもっと早くなるだろう。時間を食う選別作業を自分が行うことで、トリスが採掘している時間を少しでも長くすることができるのだ。どうせ自分の作業量は彼女に比べたら遥かに少ないだろう、そうならば彼女が延々と金槌を振るっていたほうが良いに決まっている。時間は無限ではないのだから。ただその分、彼女に負担をかけてしまうことだろう。申し訳ないが、我慢してほしい。
もう1つの事実は、このままでは1日では到底集まらないだろうということ。時間がわからないが、いまおおよそ始めてから2時間というところだろうか。もう少ししたら食事をとって、夕方には帰らなければならない。ただ、そうだとしたらこの速度では怪しいところだ。如何せん袋が大きすぎるということと、希少な鉱石が全然採掘できていない。たとえば、赤色銀鉱石は自分が1時間掘った結果でも親指より少し大きい欠片が10つほどしかないのだ。それに、鈍色鉄鋼石のほうもあまり数は取れていない。塊が小さすぎて、ほとんど使い物にならないものがおおいのだ。もっと大きく、塊で掘り出したほうがいいのかもしれない。トリスには一応伝えてあるが、他の鉱石も混ざっていたり、土の中に転がっている状態ではやはり小さくはなるだろう。できれば、こぶし大程度の大きさの鉱石で袋をいっぱいにしたいものだ。粉末状の土では、爪より小さな石では工房の人がダメだと言っていたのを覚えている。そう考えると、今のペースでは間に合わない。トリスにもそれは伝えてある。だからと言って、一気に採掘速度があがるわけでもないし、選別作業の速度があだるわけでもない。ただ、ここで一晩を明かす可能性が高くなるだけだ。そうならない為に、今は無心に作業を続けよう。シェムにも手伝いは頼んであるし、トリスの足元付近からこちらまで石を運んでくるのはテンとガルムの仕事なのだから。
それからどれだけの時間がたっただろうか。時間間隔は狂い、今は外がそろそろ夕暮れになっただろうかなんてわかりもしない疑問を壁に投げかけているだけだ。自分の近くに転がる大きな袋、そこにはいっぱいに鈍色鉄鉱石が詰まっている。しかしながら、まだあと1袋弱は集めなければならない。むしろ、よくもここまで掘れたといったところだろう。トリスが良く頑張ってくれた。
そのトリスも今は自分の膝枕に寝転がって寝ている。疲れたのだろうか、アンデッドは疲れないというのが地球でのファンタジーの常識だった。はたしてこれはトリスがイミテーションだからなのだろうか、それともこの世界のアンデッドは疲れるのだろうか。確かに、そう考えてみるとシェムも良く自分の肩に座っている。それは彼女が疲れたからだと思ってきいてみたが、しかしながらそうではないと首を振られた。これは、彼女が嘘をついているのか、本当に疲れるのか。自分には判別できないが、ただひとつ言えることはトリスは疲労を感じるということだ。
ひんやりとした右腕をゆっくりと揉み解す。それこそ死んだように膝の上で眠る彼女、その金槌を振ることで張った右腕は、たしかに疲れを主張している。眠っている姿からも疲れを感じる。彼女には結構負担をかけてしまった。どうせ、このままだと明日までかかることだろう。少しばかり仮眠をとって、朝から採掘をして出ればいい。昼頃にはでれるだろう、そこまでは彼女にゆっくりと休んでいてほしいのだ。
ガルムの腹に頭を預け、自分も寝転がる。先ほどまで膝枕をしていたトリスも自分に抱き着くようにしてガルムの腹に頭を載せている。毛布のお陰で硬い地面は幾分かマシになっている、身体にかけるのは毛布1枚。ひんやりとしたこの場所では少しばかり涼しいかもしれないが、その分ガルムがいるのだ。とりあえず、寝よう。視界のはてを飛ぶシェムと、地面を跳ねるテンが見える。そして、瞼はゆっくりと閉じていって、自分の視界は消えた。




