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想定していたものを遥かに超える難題を抱え、憂鬱とした気分で武具野に向かう。先ほどまでは、もっと少なく住むと考えていた。どうせモンスターを数体倒して、その素材を全て持って帰ってきたら終わりだろうと考えていたからだ。所詮防具と言っても、大きなモンスターから取れる毛皮や骨などは大きく、それを組み合わせれば軽装鎧やローブなんて一瞬で出来上がると高を括っていたのだ。しかしながら、現実は全く持って予想と同じではなかった。自分は大事なことを忘れていた、至極当たり前の事柄が頭から抜け落ちていた。確かに1体のモンスターから取れる素材の量は多い。全身をくまなく覆う毛皮に、しっかりとした強度を持つ爪や歯、太さと硬度を併せ持つ骨、そういった防具の材料としておおよそ使えそうなものを全て使えるわけがないというのに。当然ながら大きさゆえに適さないものもあるだろうし、毛皮なんかがいい例だがまるまる使えるわけではない。どうしても切り抜きや細断の結果無駄な部分が結構な量でてしまうのだ。それに、モンスターの素材にしてもそれぞれに特徴がある、それらをしっかりと纏めたり、わけたり、そういった作業を行ってこそいいものができるということは考えなくても簡単にわかる事だっただろうに。また、鉱石なくしてどうやって金属部を作るというのか。骨や木を使った時点でそれは金属製の鎧ではなく、耐久性等も劣る点が見受けられるであろうことは簡単に予想できただろうに。そういったことに気が付かず、ただただ目の前の物を享受しようと、自分の欲望に忠実になろうとした結果がこれだ。罰としては相当上等な、被害の少ないものだろう。
それでも、大変なものは大変なのだ。どう考えても、1日2日では済まず、下手をしなくても3日以上かかってしまう可能性が非常に高い。数が少ないプロールスケルトンなんてその原因の筆頭だろうし、鉱石を採掘なんて真似を今までやったことがあるかと言えば否だ。そも、どうやって鉱石など採掘するのだろうか。全く気にも留めていなかったが、この砦のすぐ近くに鉱山でもあるのだろうか。まぁ十分にあり得る話だ、そうでなくてはここらで使う金属はどこから仕入れているのか。わざわざかけ離れた地から輸送してきては輸送費が嵩張って財布が軽くなることは確実だ。だとしたら、どこにあったのだろうか。少なくとも自分はこの砦で過ごした数日間、そういった場所をみたこともなかったし、そういった案内もなかったのだ。
吸い寄せられそうになる視線を、思考を振り払いつつ遠くを見ることで振り払う。トリスに似合いそうな服が売られている、プレゼントをしたいのだが、着る機会がないだろう。美しいドレス、冬をこえたばかりの新緑のような色をしている。裾は長く、しかしながら地面に着くほどではないだろう。所詮マネキンに着せているだけなので何とも言えないが、背中が大きく開いたそのドレスは美しい。余計な装飾は付けず、しかしながら肩の先と胸元に少しばかり存在を主張している飾りが可愛らしい。大人っぽく、それでいて高飛車な印象を植え付けないような、価格は想像もできない額なのだろう。あんなにも店頭に飾っているのだから、自信作だろう。自分はそこから目を逸らす、そしてそれを愛おしそうに見つめるトリスからも目を逸らす。わかっている、年頃の少女なのだ、そういったものが欲しいだろうに。そういった点では地球も、ここもかわらないだろうに、しかしながら自分には彼女にそれを着せてあげられる財力も、地位も、機会も存在しない。哀しいことだ、自分の我儘で彼女をそういった場所とはほぼ無縁であろう世界に誘ってしまったのだから。
そこからしばらく歩き、武具を専門とする工房へとたどり着く。様々な種類の店が立ち並び、そしてそれぞれが主張している中自分が欲する種類の武具を専門とする工房へと入っていく。
店の中には多種多様の剣が並び、魔法の灯りを反射して鈍く輝いている。幅の狭い、そして細い小さな剣を自分は手に入れようと考えている。片手剣、ショートソード、そう称される剣の中でもファルシオンと呼ばれるであろう剣をモチーフに選ぶ。
地球に住む人々の多くが想像するであろう剣のかたち、それによく似た剣だ。柄があり、持ち手を守るようにして鍔がある西洋風の剣によく似ている。違う点としては、弧を描いた片刃の剣であるというところか。形は、そうだ、海賊といった人々が持っている剣をイメージしたときに思い付くであろうそれによく似ている。確か北欧あたりで使われていたような気もしたが、それは定かではない。この剣の使い道は、その厚めの弧を描いた刃で物を断ち切ること。鋭利かどうかといえば、たしかに鋭利でないなんてことはないがだからといって刀のように鋭利というわけでもないだろう。どうせ使い道は鉈によく似たようなものだ。剣術など習ったこともない、完全に素人で運動が得意というわけでもない自分には、敵を切り裂く精妙の剣など期待できないだろう。ただ、だからといって敵の攻撃を避けてザクザクと刺していくなんてこともできるはずがない。故に、刺突に特化したレイピアではなく、鋭く肉を骨を切り裂く刀でもない、ただただ物を断ち切ることに特化したこの剣をモチーフに選んだのだ。それに、刃が厚いということは強度もある程度はあるということ。受け流すくらい、もしかしたらできるかもしれないのだから。
工房を受け持つドワーフの男に話しかけ、素材を聞く。
銀鉱石及び銅鉱石を小袋一杯、そして鉄鉱石を大きな袋一杯、その他いくつかの金属および柄になる程度の強度がある骨を探してこいとのことだった。随分と適当なものだ、少しばかり心配になった自分にドワーフの男は告げた。お前が使う剣だ、お前の感覚で決めろ、それが吉とでるか凶とでるかは運次第、それがお前の人生だ。考えることが面倒だったのか、全員にそういっているのかわからない。もしかしたら何か意図があるのかもしれないし、それが本心かもしれない。ただ、とりあえず言われた通りに持って来よう。それから考えればいいのだ、先ずは動くことから始めよう。
時刻は夕方、今日はもう外に出ないほうがいいだろう。だから、明日は朝から砦を出て外に行こう。狙うは鉱石、場所は聞いた。シンシア砦より南西に少しばかり、コルミネ=シンシア鉱丘が目的地。ピッケルも買った、必要なものも買った。鉱石掘りなんて今の今までやったことがないが、楽しいものだといい。




