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工房、そう呼ばれるものはシンシアの南側に位置している。正確に言うならば、工房の受付で合ったり、受け渡しで合ったり、見積もりであったり、そういった事務作業であったりするものはギルドや門があるのと同じ側、南西のほうにある。しかしながら、本格的な作業場、溶鉱炉だったり、研磨機であったり、裁断機であったり、そういったしっかりとしたモノづくりのための設備は全て南東の二等辺三角形に位置しているのだ。
だから、自分は当然ながら南西のほうの二等辺三角形の頂角から降りる垂線とほぼ同じ形の道を進んでいる。隣のトリスは周りを確認している、それは自分とて同じことだ。左右にいくつか工房が並んでいる。作業場が、しっかりとした設備がないとはいえある程度のものはできる作業場が並んでいる。しかしながら、それでいて客を食い合うなんてことはない。何故ならば、それぞれがそれぞれ得意分野を持っているのだから。たとえば、武具というもの1つを上げてもそれはわかる。もしも槌が、鎚が欲しいのならばそれを専門とした工房にいって見積もりを立てればいい。もしも槍のような形状で合ったり、棒のような形状で合ったり、おおよそ長物と呼ばれるような武具が欲しいのであれば、それを専門とした工房にいって見積もりを立てればいい。もしも短剣が、片手剣が、両手剣の類が欲しいのであればそれ専門の工房にいって見積もりを立てればいい。それは飛び道具であろうと、防具であろうと、細かなオーダーメイドの雑貨であろうと話は同じ。それ故に数多くの店がひしめき合っているのだ。
雑貨専門の工房がまず最初に目に入ってきた。店頭には何か様々な素材を加工したのであろう籠のミニチュアだったり、解体用ナイフであったり、ピッケルであったり、武具には使わないが冒険者には必要であろうものが所狭しと並べられている。こういった、見本となるべき品々が店頭にならんでいることが基本的に受付しかないはずの各工房のスペースを広げている原因だ。しかしながら、こういった見本はじぶんが欲しい物がどういったものなのか、どんな技術を有しているか、そういった事柄の指標になる。
次に目に入ったのは防具屋だった。しかもその中でも戦士が良く使うような、フルプレートメイル専門店。その横にはローブなどを売っている工房が、その反対側にはその中間を専門としている工房がたっている。トリスに合図をして、その中間を商う工房へと入っていく。
受付にはべったりと椅子に座って頬杖をつく男がいた。背格好は座っている姿を見るだけでわかるほどに小さく、トリスよりも小さいだろう、まるで子供、しかも中学生くらいの子供のようだ。その周りには木人形に着せ付けられた鎧が飾られている。魔術師と言われてすぐ思いつくような布のローブに急所を守るようにして鉄板が縫い付けられたもの、ローブのように見えるがまるで丈の長いパーカーのようになっていてかつその下に軽装鎧を着こむもの、軽装鎧をそのままローブに縫い付けたようなちぐはぐとしたもの、全てで7つほど種類があるだろうか。全てに共通しているのは、軽い鎧としっかりとしたローブ。さてさて、何故ローブが必要なのだろうか。答えは、保温のためだ。魔術師と言えども、汗はかく。そのために保温をする必要はあるし、当然体をある程度は守る必要がある。しかしながら、動きを阻害されないようなもので、かつ保温効果が高いものとしてローブ姿なのだ。それこそマント姿のフルプレートメイルに身を包んだ戦士とは真逆の発想だ。
「何のようだね?」
頬杖をつく男がこちらに話しかけてくる。思春期のような若々しくまだ高さを覗かせる声、しかしながらそこに含まれる言葉は重く、その男の姿さえもがちぐはぐとして見えてしまうような。これがドワーフと呼ばれる種族、手先が器用で物を作ることを好む種族か。
年齢不詳の店番に、防具を買う旨を伝える。当然、素材を採集してくること、まだAランクであること、そこまで金はかけられないことを伝える。客ながら随分と注文の多いことだとは思うが、大体のデザインも指定しておく。見た目は、先ほど目に留まった前が空いたローブに下を軽装鎧で守るもの。
トリスを交えてゆっくりと交渉をする。たとえば、このモンスターの素材は採取できないだとか。特級上位モンスターの素材だなんて、ランクの自分では力不足過ぎるお話だ。あとは、中に着込む軽装鎧の厚さだったり、重点的に守りたいところだったり。
じっくりと話しているだけで時間が過ぎていく。昼を過ぎたころまで相談は、交渉は続き、やっとこさ話がついた。
「よし、お前が欲しいという鎧に案するデザインはこれでいいな?最終確認だ、お前さんのいうとおり作るならば、銀貨は100枚。これはまけられない、全て込みでこの価格ならむしろ安いかもしれないさ。いいか、俺が作るのは、前開きのローブ、骨製のヘルム、金属製の胸当て、金属製の手甲、脛当て。それに加えて、骨製のブーツに骨と金属で形作った腰当、胴鎧だ。グローブは毛皮製、他の守りきれない部分に関してもほぼ同じ。つなぎとしては毛皮を使う予定だ。構わないな?」
「よし、では素材の話に入ろうか。必要な素材としてはまずヘルムに使う素材からだ。プロールスケルトンの頭骨と背骨、ガイアライノの頭骨だ。次に胴鎧と胸当てとして、 プロールスケルトンの肋骨が必要だ。それに加えてガイアライノの角が2本、ハイ・フォレストオーガリーダーの手を2つ、大腿骨を4本。ブーツにはガイアライノの頭骨を1つ使用するし、ガイアリザードの頭骨及び肋骨も2つずつ必要だ。腰当にはガイアリザードの尾とレッサーデビルの尻尾5本、レッサーエンジェルの翼は胴当ように4対は欲しいところだ。」
「それに加えて鈍色鉄鋼石をそうだな、全身に使うとみてこの大袋3袋分は掘ってこい。ついでに赤色銀をこの小袋1袋、黄色鉄鋼を2袋、銅鉱石を1袋もってこい。毛皮に関しては、ガイアライノの皮を丸1頭分、フォレストエイプの両腕を2対に毛皮をこの袋いっぱいだ、できるだけバラバラにせずに一まとめに剥ぎ取れ。フォレストトータスではないぞ、エルダー・フォレストトータスだ、背中の殻が赤褐色を帯びて苔を繁茂させているほうだ。それの甲羅を1つもってこい。最後に、センチピードロードの甲殻をこの袋いっぱいにもってこい。」
「いいか、これ以上に余分に持ってくる分には構わないが、これ以下だと少々厄介なことになってしまう。覚えておけよ。お前さんの実力で辛いのはなんだ、プロールスケルトンとレッサーエンジェル、レッサーデビルくらいだろう。死んだら元も子もないからな、死ぬなよ。」
「素材と金は一緒にもってこい。ほら、さっさと行けよ」
嗚呼、随分と面倒なことになってしまった。これでは普通に狩ったほうが安かっただろうか……




