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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
10 封を開けるトキ
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今日も2話更新です

 もしかして、僕は大変な過ちを犯してしまったのかもしれない。もしかして、僕はふざけた真似をしでかしてしまったのかもしれない。しかし、後悔はしていない。あれが正解だったんだと胸を張って言える。今日も歩き続けた、この街を、この壁の中を。食料を探して、獲物を探して。仕掛けておいた罠を使って仕留めた兎を捌いて、獲物を狙う狐を追い払い、娘と妻のために食事を手に入れようと死力をつくした。所詮僕なんてこの街からしてみればちっぽけな存在だ。必死に生き抜いてはいるけれども、余力があるなんてことはない。だから、この壁を取り壊してもらうように働きかけるなんて真似はまだ少しばかり早かったのかもしれない。いや、丁度よかったのだろうか。僕たちの生活にも、少しばかり壁が見えてきたのだから。いくらなんでも増えすぎた小型肉食動物、段々と減っていく小型草食動物、生態系のバランスが崩れてきているのだから。


 街を見れば、人間が十人程度、狐、狸、兎、蛇、蝙蝠、犬、猫、鳥、様々な動物が伸び伸びと生きている。それぞれが出し抜きあい、殺し、殺され、逃げ続けている。大きな大きな三角形、生態系のピラミッドができていると言えども僕たちだって最上位の存在とは言い切れない。確かに、僕たちの知恵を使用すれば、原始的な罠、大柄な体、それらを駆使すれば様々な獲物を狩れるだろう。けれど、僕たちだって無敵な存在なんかじゃない。

 例えば、群れを率いた、先祖がえりしたような犬に襲われてしまえば僕たちなんかあっけなく死んでしまうだろう。いくらかの代償を払わせることはできるだろうし、数が少なければ追い払うこともできるけれど、数が多ければ待っているのは餌という未来だ。猫に引っ掛かれた傷が化膿して死んでしまうかもしれない、死を覚悟して攻撃的になった兎に咬まれた傷から病に陥るかもしれない。所詮そんな弱弱しい存在だ。今日も、僕は一人の人間の死体を見かけた。交差点の、折れた電柱にもたれかかるようにして死ぬ男。あれはたしかつい先日ここに入ってきた男だったか。死因はわからないが、傷などを見るに犬や猫の大群に襲われたなんてことはなく、蛇にでもやられたのだろうか。蜂だろうか、思い当たる節は様々だ。その死体の頭の上に立つ烏がその太い嘴で眼球を穿っている。よくよく見れば、腕なんかは犬か何かに噛み千切られている。しかし、僕はそれを見てかわいそうだとか、冒涜だとか、そんなことは考えたりはしない。確かに、昔はそう考えた。けれど今は違う、残念ながらそれがこの街のルールだ。彼の死体が啄まれることで、生態系を回すためのエネルギーとなるのだから。僕はそれが滞ってしまうことが一番怖い。

 最近は、この街も随分と老朽化してきた。人が住んでいない、しっかりと補修していないことによって家屋が荒れ果ててしまっている。それは自然なことだ、そこには蔦が蔓延り、崩れた屋根の隙間からは小動物が覗いている。彼らにとっては素晴らしい環境だろう、生活を阻害されるなんてことがないのだから。そういえば、庭にある柿の木も随分と大きくなった。やはり、前に住んでいた人が剪定したりした結果弱っていたのだろうか、庭を弄繰り回したあげく地力が衰えていたのだろうか、根が傷んでいたのだろうか。そういった事象から解放されて、すくすくと伸びた。


 ただ、全てが万事うまくいっているなんてことはない。兎や鼠、狸であったり、そういった小型の草食動物の数が減ってきている。それに対応して随分と小型肉食動物が増えてきている。別段そういった事象は自然界ではおかしくないのだろう。しかしながら、このビオトープでは行き過ぎた問題だ。小型肉食動物たちが、共食いを始めている。草食動物が減り過ぎた結果飢えた肉食動物たちの決死の策だろう。僕たちを狙う奴らも増えてきた。そして、それが収まる気配はない。本来ならば、飢えで肉食動物の数が減り、結果として草食動物が増えまた元に戻るのだが、この街では少しばかり勝手が違う。根本的に草の数が少ないのだ。いくら道路の割れ目から生える、庭から建造物を侵食したといっても、大自然に比べては全体量が少なすぎる。最悪なことに、肉食動物が飢えのあまりに草を食み始めたという事実もある。このままでは、この街は死滅してしまうだろう。

 だから、僕は外に手紙を書いた。所詮僕も人だ、この壁の外の人たちとやっていることは変わらない。この街を管理したつもりになって好き勝手横暴しているに過ぎない。それは僕の中で今も燃え盛る葛藤の一つだ。


 いや、正直になろう。僕はそんな大それたことを考えてなどいないだろう。本当は、本当はほかの人々も自分と同じ存在にしてみたいのではないだろうか。人々は、根っから自然に飢えている。疎開区域なんてそのいい例だ。自然を感じに森林に向かおう、良い空気を吸おう、そんなことを言っていても、結局は都市部に戻る。そして都市部ではせっせと公園や街路樹を整備して、自然と同化した気になっている。それが本当に正しいのか?僕にはわからない。ただ、僕は壁を壊してもらうことで、他の人々に選択をしてもらいたいだけなんだろう。

 今までのように見て見ぬフリをして都会で生き続けるか、都会から逃げて自然に回帰するか。どちらも正解で、どちらも間違っている。僕にそれをどうこういう資格はないだろうし、それは各人の自由だ。ただ、その選択をさせまいとするこの国に苛立っているのかもしれない。だから、あんな嫌がらせをしたんだ。

 今も壁の向こうでは壁を破壊するか否かのせめぎあいが続いている。日本語というものを聞き取ることが苦手になってきた僕でも、それくらいはわかる。できれば、壊してほしい。そして、選択の自由を与えてほしい。この世界はこんなにも素晴らしい、でも向こうの世界も素晴らしいのかもしれない。それは僕には合わなかっただけだ。僕は気が狂っているのか?そうかもしれない、こうやって自問自答してみても、自分の本心を正確に表せていないのだから。僕が言いたいのは、なんていったらいいのだろうか。言語なんてものは難しい、嗚呼、そうだ。これだ、これが良い。


 僕も、もう一度選択してもいいかもしれない。


 さぁ、娘が待ってる、妻が待ってる。巣に帰ろうか、そろそろこのブランコも錆びきって千切れそうになっている。

甲のケースを中心とした地球の物語はこれでおしまいです


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