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宿を抜け、松明の灯しが照らす場所を抜ける。薄く見える目で足元を注視しながら、昨夕の戦場へ進んでいく。宿屋から門まではすぐ近く、トリスを横に連れて歩きつつ、ガルム達を呼び出す。アイテムボックスから肉を与え、頭を撫でる。水を啜るテン、肩に腰かけるシェム。そろそろ彼らも進化する頃合いだろうか。あと40ほどレベルが上がれば上位種になるだろう。どんな姿に、どんな性質に、どんな力を持つモンスターになるのだろうか。皆が皆素晴らしい能力を持っているのだから、そこまで心配はしていないが。それよりかは、自分に関することのほうが重大な問題だろう。昨日だけで、そうとうレベルが上昇した。それだけ危険であったことの裏返し、それだけの数を討伐したということの裏返し。今思うだけで胃が縮んでしまう、現に右腕がどうなっているのか。とりあえず、上昇した分のステータスポイントの内の50は力に振り分け、後の10を体力に振っておく。あまりに力が貧弱すぎるように感じたのだ。トリスは知恵と知能に振り分けているようだ。それにしても、現時点では自分よりもトリスのほうが力の値が大きい。そうならば自分よりもトリスのほうが力強いのが道理だろうが、力比べをしてみても互角が自分のほうが強い。これはどういうことなのだろうか。男性と女性という差だろうか、それとも自分が地球人ということで優遇されていたりするのだろうか。少なくとも、レベルが上がりやすいという意味では自分は優遇されているのだから。そして、考えてこないようにしていた最後の可能性。この世界に覚える違和感について。たとえば力に関する点、不思議な話だ、たしかに説明はつくがどうにも無理矢理に感じてしまう。根本的な事柄として、ステータスと呼ばれるもの。随分と簡単に納得してしまい、今も使っている制度、これは随分とおかしい。アイテムボックスにしてもそう、この世界は現実だというのにあまりにもゲームのようだ。ドロップアイテムという仕様、あれが消え去ったという事実もそれの不自然さを助長している。だから、この世界自体が歪な何かだという可能性。だとしたならば、ここからどうなっていくのだろうか。自分にはわからないし、想像もできはしない。
門にはすでに数組の冒険者であろう影があって、門が開くのを待っている。皆が皆五体満足で怪我もないなんてことはない。自分と同じように包帯を体のどこかに巻いている人も多ければ、顔面や肌に多量の傷跡を残す人も多い。皆が皆朝早くから戦場のあとに行くのはどういった理由からだろうか。素材の奪い合いか、死した冒険者を漁るのか、それともただただ哀愁と達成感に浸るだけか。少なくとも、自分とトリスは最後のグループに属している。素材だとか、冒険者の武具防具だとかはどうでもいい。確かにそれらは魅力的な品だろうし、それを入手すれば金を含めた様々なものが潤うだろう。しかしながら、自分は防具を修理し、武具を回収し修理し、体を治療するだけの金が手に入れば今は良い、そんな気分になってしまっている。何故だかはわからないが、それはトリスも同じらしい。自分たちがどれだけ力を尽くしたのか、どれだけ馬鹿だったのか、どれだけの戦闘が行われたのかを知りたいのだから。
ただ、そんな考えはどうやら無意味だったようだ。門の前に立つ兵士が言う、素材の奪いあいは禁止だと。素材の回収は自由、しかし争いは許さない。争いが起きた場合、当事者は褒賞無しになるそうだ。褒賞だけでも十分な額が手に入るらしいのでそんな馬鹿なことをする人はいないか、少ないだろう。そして彼は加える、しかしながら操り師を含む相当な高級モンスターの素材は既に回収されている、と。確かにここまですれば奪い合いは起きないだろう。
そしてしばらくして門は開く。意外にも冒険者たちはゆっくりと歩いていく。希少な素材であったり、覇級超級モンスターの素材がないのではこうもなろうか。それとも、ここまでレベルを上げてきた冒険者たち故に馬鹿な行いは自制できるのだろうか。自分たちも彼らに続いて歩いていく。向かうは丘をしばらく下った先、多くの命が散りし場所。
余りにも惨たらしい場所だった。夜を一度経た戦場、空は段々と明るくなってくる。遥か地平の彼方からゆっくりと昇る太陽、黒く広がる空はゆっくりと蒼く、紅く染まっていく。
地上には焦げた臭い、血の臭いが蔓延している。本当に鼻がもげてしまいそうなほどの臭いだ。たんぱく質が焼ける臭いが鼻を刺す。草が燃えた臭いが鼻を刺す。血と汗と土の臭いが口に広がっていく。
空が明るくなるにつれて、地上の惨状が明らかになっていく。そこかしこに転がる死体、肢体、落ちている武具に防具。獣が死んでいる、人が死んでいる。武具と防具は砕け、曲がり、千切れているものが多い。拾ってそのまま使える様なものは少ない、使えなくなったから捨てたのだろうから当然か。こうやって落ちている武具や防具は自分たちがシンシアに戻った後、ここらの村の住人達が回収するそうだ。そうしてそれをリサイクルして使ったり売ったりすることが彼らの収入源にもなるという。獣の死体に関してもそうだ。人の死体はあとあと供養するらしいが、多くは仲間達が引き取って供養するらしい。これも先ほどの兵士が言っていたことだ。
死体の山の中をかき分けて進んでいく。昨日自分が戦闘していた場所はどこだろうか。できれば短剣と杖を回収したいものだ。ただでさえ防具を新調しなければならないというのに、また新たに武具を買い換えるのは少々面倒くさいし財布にも優しくないのだから。
そうして歩いていると、1人の冒険者の死体が転がっていた。見覚えがある、自分が戦線に辿り着いたときに熊に吹き飛ばされてきた男だ。顔は既に蒼白に染まり、ぴくりとすら動かない。脳天から血を流し、首が不思議な方向に曲がっている。わき腹に大きな裂傷、いやこれは抉り取られたような跡、これが吹き飛ばされた時の傷で頸部は接地した際に受傷したのではないだろうか。彼には仲間はいるだろうか、茶髪は血で固まり、防具にも血が大量に付着している。少しばかり祈りを捧げた後、奥へと進んでいく。
狼と猿の死体が転がっている。焦げた跡が目立つもの、脳天を割られたものなど様々だ。人よりも小さい狼が転がっている様と、人と同じ多きさの猿が転がっている様はまるで何かの美術作品のよう。少しばかり気分が悪くなってくる。あまり見ていて気持ちの良いものではない。
その中に目立つ2つの塊。1つは大きな熊、ガルムが止めを刺したのだろう首筋から血を流したままで死んでいる。もう1つは巨大な猿。そこかしこに裂傷を負い、潰されている。しかしながら、見ただけで猿とわかるし、それが自分の右腕を折ったやつだということもわかる。右腕が疼くのだ。麻痺していて感覚が無いはずだというのに、右腕が酷く痒い、酷く痛い、酷く寒いような気がするのだ。
肩に感じるトリスの気配。そのまま死体から素材を剥ぎ取り門のほうに歩いていく。短剣は回収できたが刃こぼれが酷い。杖のほうは見つけることができなかった。残念な話だ。




