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夜の世界に、月が照らす世界の明るさに皆の目が順応してきたころ。立ち上がり、右手を差し出すトリスを見る。その右手に左手を合わせ、彼女の助けを借りて立ち上がる。右腕はぷらりぷらりと力なく、添え木ごと鎧の腹部の金具に括り付けられている。全く感覚がない、痛みも、それどころか触覚さえも全て感じない。肩口から下が、まるで自分のものでないような感覚を覚える。腕を少し撫でてみるけれどもゴム質の何かを撫でているような。一方で右腕から感じるのは、何かが何かしているような、そんな抽象的なそれ。上手く言葉にできない、触られている感覚ではない、まるで思い切り硬い場所に打ち付けた拳で石を触っているかのような感覚。
歩こうとするも、少しばかり足元がおぼつかない。萎えている、これは麻痺しているからだろうか。腕1本まるまる感覚がないというのに、その範囲が腕だけというのは随分とおかしなことだ。それこそ何か注射したかのように、もしかしたら、液をそのまま患部に垂らしたのかもしれない。そうならば、そこまで広がるようなことがないものであるならば、このようになることもあり得るだろうか。そして、その効果が薄まりつつも全身に広がり、今のように足が萎えてしまったというところだろうか。気が付いていないだけで、他の場所にもそういった作用が働いているのかもしれない。しかしながら、今はそんなことよりも、痛みを感じていないという利点に目を向けるべきだろう。それがなければ、このように立つこともできないどころか、まともな精神状態を維持できていないことだろうから。
トリスの肩を抱き、そして杖代わりになってもらいながら歩く。ガルムが心配そうにすり寄ってくる。テンはその背中の上、シェムは自分の肩口にとまる。
「また、やっちまったよ……」
頬を歪ませ、けらけらと乾いた声を喉から出す。少しばかり喉が痛い、枯れてしまったのだろうか。自嘲しようにも、そんな気力さえもわかない。できることは、ひゅうひゅうと息をしつつも足を前に運ぶことだけ。
向かうは門の方向。トリスが聞いた話では、日が暮れた今日の移動は行わないらしい。故に、門の裏にある宿舎で夜明けまで待機、休憩するそうだ。その後、朝馬車に乗ってシンシアに移動するそうだ。門までは結構な距離があるが、そこを進まないことにはどうしようもない。宿舎、宿舎と言ってもどれだけ広い場所なのだろうか。山小屋のように大部屋で雑魚寝するような感じの場所か、それともかつての海賊のように大部屋でハンモック生活か、それともカプセルホテルのような場所なのだろうか。どちらにしても、しっかりとしたシンシアのそれとは完全に別のものであろうことは想像がつく。時折こういったことでしか使われないような宿舎が清潔で、整備されているという希望的観測は少々虫の良すぎる話だろう。
周りには、同じようにして宿舎に歩いていく冒険者の姿が見える。結構な人数、減ってはいるだろうが、目に見えて少ないというわけではない。ただ然し、トリスのように無事な人は非常に少ない。皆が皆どこからか血を流していたり、足を引き摺っていたり、武器を力なく下げていたり。決して意気揚々と、元気を持て余しているような人は見受けられない。それでも、どう見ても重傷な人はいない、それこそ自分が一番の怪我人かと錯覚してしまうほどに。本来ならば、もっと重い怪我を負った人はいるだろう。しかしながら、そのくらい重度の怪我を負ってしまっては、歩くこともほぼ不可能だろう。下手をしなくても、死んでいる可能性も高い。結果、誰かに運ばれているか、死体ごと捨て置かれていることか。それ故に歩けるギリギリの範疇に収まっている自分のような人々が一番重い怪我のように錯覚してしまうのだ。
腕が欠損している人、目元を大きく切り裂かれた人、そういった人も歩いている。必ず仲間がその介護に立っていて、たとえ赤の他人であろうとも手助けをしようとする軽傷の冒険者も多い。かくいう自分も、トリスに代わってしっかりとした体形の冒険者の肩を借りて歩いている。どこの誰だか、どの馬車だったのか、どこで戦っていたのかも知る由はないが、それでも助けてくれる。奮闘を互いに労い、門までの距離を介護されながら歩いていく。
大きな大きな門をくぐり、人族の居住可能区域に舞い戻る。まあ、先ほどまで居た区域も巨夕可能区域ではあるが、こういったことがある故にあまり人が住まないそうだ。そこから宿舎までは一瞬で、門をくぐって数十メートルもせずに入口が見える。門と半ば同化している宿舎、そこの入り口で冒険者と別れる。感謝を告げ、トリスを支えに進んでいく。受付にギルドカードを見せ、支持された部屋に向かって歩いていく。2人用の、小さな小さな部屋だそうで、これでは宿舎の前でしまったガルム達を召喚することはできないだろう。食事は明日の朝まで我慢してもらうことにしよう。
部屋は本当に小さく、クイーンサイズのベッドと通路、水が汲んである布のかけられた盥でできていた。トリスに手伝ってもらい、鎧を脱ぐ。まるで小さい頃に回帰したような気分に陥る。左手を上にあげてー、脱ぎますよー、まるで保育園の先生のようなトリス、それはもしかして意図してやっていることなのだろうか。汗に塗れた体を拭ってもらい、お返しにと左手で布を扱いトリスのそれを拭いていく。
彼女に傷はない、もしかしたらスキルの効果で修復されているだけなのかもわからないが。それでも、その肌に大きな傷しか残らないことは心強い。その一方で、頬に残る傷跡を見る度に少しの罪悪感が心の中で蜷局を巻いていく。それを敏感に察知したトリスに慰められるのが毎度のこととなっているが。
寝る前にステータスを確認する。今回のこれだけでかなりのレベルがあがった。なんだかんだいって、それだけ強かったのだろう。もしくは、もしかしたら何か補正のようなものが働いているのかもしれない。ほとんどゲームに近いこの世界ならばあり得る話だろう。
そしてトリスを抱いて眠りに落ちる。右腕を巻き込まないように天井からつるした布に括り付け、左手で彼女の肩を抱いて目を閉じていく。
Name: アスカ
Title:
Unique Skill: <魔力増大>
Skill: <召喚魔法レベル2><闇魔法レベル4><火魔法レベル4><水魔法レベル2><MP回復速度上昇><共通語><全能力強化><鑑定魔法><鑑定魔法妨害>
Level: 265
HP: 672/7500
MP: 0/45500
Constitution: 75
Wisdom: 455
Strength: 20
Intelligence: 440
Quickness: 40
Bonus Status Point: 60
Bonus Skill Point: 9
Name: トリス(イミテーション・ハイ・ヴァンパイア)
Title: <半死半生>
Unique Skill: <自己再生>
Skill: <光魔法レベル2><吸血衝動><HP回復微><MP回復微><全能力強化><鑑定魔法妨害>
Level: 232
HP: 4890/6500
MP: 1000/7500
Constitution: 65
Wisdom: 75
Strength: 30
Intelligence: 65
Quickness: 30
Bonus Status Point: 55
Bonus Skill Point: 8
テン(ヘルフレイムスライム) Level:246
シェム(アンデッド・フェアリー) Level:252
ガルム(ブラックウルフ) Level:262
トリス(イミテーション・ハイ・ヴァンパイア) Level:232




