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馬車に揺られていく。乗合いの馬車、馬が4頭首を揃えてやっと引くことができるほど大きな馬車。そこに冒険者が30人以上、もう2台あるので全部で100人程度だろうか。それが北に向かってどんどん進んでいく。目指すは小高い丘、シンシアの北にある防衛地点のうちの1つ。道は舗装されてはいるが、それでも所々に石や凹凸が見受けられ、それにより馬車はガタガタと揺れる。
100人、これだけの数の冒険者がシンシアにいたことも驚きだが、何よりもこれで全てではないということがより驚きだ。シンシアの西北西、東北東に位置する小さな村にも冒険者がまだ常駐していて、丘から漏れたモンスターへの対処として準備をしている。ほかにも、山脈を越えてくる好き者への対処の為に村は点々と山脈沿いにあるということも聞いて驚いた。
自分は馬車の出口に一番遠い場所に座っている。新入りということで集合時刻にできるだけ早く到着したところ、出るのが遅いが座りやすい一番奥をあてがってもらえたのだ。最奥にトリスを座らせ、右腕の傷跡を眺めながら指をゆっくりと左手でほぐしていたところ、隣に座った男が声を掛けてきた。彼は今年33になるという男で、年齢の通り冒険者としてはベテランの域に入るような実力を持っているといった。
彼が最初に冒険者稼業を始めたのは16の時だそうで、かなり遅い始まりだったそうだ。両親が流行病で亡くなり、金がなくにっちもさっちもいかなくなってしまったため簡単に金が手に入るそれに手を染めたそうだ。別段、死んでしまっても構わない、少しばかり早くに両親のもとにいけるのだから、という諦めの感情もあったそうだ。ただ、実際戦ってみると全然違ったと言っていた。生死を賭けた戦いは、戦々恐々としながらも戦々兢々としたものだったそうで、それ以来、狩りをしては休み狩りをしては休みということを繰り返しているそうだ。彼の目からすれば、右手が動かなくなっているのはもうそうそう治ることはないだろう、とのことだった。何故ならば、彼は似たような境遇で左手を負傷したそうで、今もほとんど動いていなかったから。今彼のレベルは780、シンシアでも上位のほうに属するレベルらしい。しかしながら、成長としては微々たるもので、人によって個人差がある、と言っていた。トオル、あの男が話していたことが頭をよぎり、それがこれか、と納得した。
彼は、ただただ自分の境遇を語っているだけではなかった。彼はこの場所でのルールというものを教えてくれた。寄る年波には勝てないが、知識だけならほかの人にも勝るだろうと語っていた彼。そんな彼が告げるのは、この襲撃の際の細かな暗黙の了解。迎撃戦、人々は全力を尽くしてそれを撃退せしめるために戦う、そこに縛りが存在するのは少々おかしな話だが、制限を課すためのルールではなく、生きるための縛りだと彼は言っていた。大規模な戦闘なのだから、味方を巻き込むなとも言えまい、少々それは難しいだろう。故にそれは努力義務でしかない。それに、どんな武具でも、どんな魔法でも使用して良い。殲滅しなければならないのだからそこに縛りがあるということもない。ではどこにルールがあるのだろうか、生き延びるための縛りが存在する余地があるのだろうか。それは簡単な話だと彼は言った。操り師に、近づくな。これが唯一のルール、実力的な問題というのが大きいだろう。確かに操り師自体覇級指定されている化け物であるし、その周りには超級指定のモンスターも結構な数いることが予測される。ただ、それが原因でこの縛りができたわけではない。生き延びるためにそこに近づくな、というのは、圧倒的に格上の敵に殺されるなということではなく、化け物である味方に殺されるな、という意味だそうだ。
化け物、その話を聞いた瞬間に頭に浮かんだ顔が2種類あった。そして、その予想は間違っていなかった。覇級指定モンスターを灰塵に還すために出でる人族最高戦力達、それらの戦闘は味方のことを考えていない、どれだけ戦闘を楽しむことしか考えていない、と彼は言った。数回彼は彼らの戦闘を見ているそうだが、毎回功を焦った冒険者がそれに巻き込まれ命を散らしているらしい。そこまでに彼らに手加減はなく、手加減できるようなモンスターではないということだろうか。そう告げる彼の顔は鬼気迫っていて、自分はそれを必ず守ろうと心に誓った。
その後もいくらか彼と話を交わした後、彼は起きだした彼自身のパーティーの面子と会話を始めていった。随分と口達者なおじさんだった、そう考えながら自分たちは寝ようとする。丘までは馬車で数時間、今から寝ても1,2時間は寝れるだろう。これから戦闘になるのだから、少しは寝たほうがいい。それに、何よりもモンスターとの戦闘が何時まで続くかわからないのだ。もしかすると数分で終わるかもしれない、もしかすると数時間かもしれない、もしかすると明け方までかもしれない。そうしたならば、寝れるうちに睡眠をとっていたほうがいいだろう。そう思い、肩にのるトリスの頭の重みを感じながら目を閉じる。
トリスに肩を揺らされ、目を開ける。目を擦り擦り起きだしてみると、周りは着々と準備を始め始めていた。結構な時間眠ってしまったようで、そろそろ目標も近いのだろう。馬車から見える景色は相も変わらずに森林だというのに、それでも後ろを見ればある程度の傾斜ができているのがわかる。言われなくてもわかるさ、もうそろそろ戦が近いということは。太陽はそろそろ西日になり始めるころだろうか。
右手に少し細めの丸太を持ち、ゆっくりと握るということを繰り返す。簡単なリハビリだが、こういった繰り返しが不都合の緩和に多種は役に立つだろう。
そこから30分ほど馬車に揺られていると、周りの景色が開けてくる。木々が切り倒され、切り株が残っていたり、掘り起こされたような跡が残っていたり。馬車がとまり、皆が皆降りていく。その一番最後のほうで降りた自分たちは、そのまま人の波の最後尾から歩いていく。目の前には大きな壁、これが防衛ラインということだろう。巨大な門があり、その左右に向かって伸びていく壁、どこまであるのだろうか。
巨大な門をくぐり、どんどん北に進んでいく。数百メートル先には兵器がいくつか置かれているのが見える。カタパルト、バリスタ、そういったものや、剣棚などが遠目からでも確認できる。あそこから先が主戦なのだろうか。まずはカタパルトなりバリスタなりである程度攻撃をして、そのあとそのまま戦闘に入る、ということだろう。門をくぐりぬけたところで後ろを見れば、門にもバリスタがいくつも設置されていて、門の上には巨大な角笛が。撤退の合図はあそこから聞こえてくるのだろうか。
カタパルトやバリスタの近くまでたどり着く。様々な防具、様々な武具に身を包んだ冒険者たちが100人近く並ぶ図は流石に壮観だった。各々が武器を取り出し、しっかりと準備運動をし始めようという頃、空に鳥の鳴き声が響き渡る。
鳴き声というよりも絶叫と言ったほうが正しいような、トンビによく似た空を震わせる咆哮が3つ、多くの冒険者が空を見上げる。それにつられて見上げて見れば、空には3羽の巨大な白い鳥が羽ばたいていて。3羽が3羽地面に降り立つ。その背から降りてくるのは3人の兵。1人は他の2人と少し違う形状の兜を被り、ハルバードを背負い、腰には曲刀を腰に差している。その曲刀は鞘に入っていて、細く、そして緩やかな弧を描いている、見覚えのある形状、刀によく似ている。1人は非常に小柄な少女。兜を被っているべきだろうに、それを外し金髪の髪を流れるがままにしている美しき西洋人形のような少女。いつか自分たちを助けてくれたあの少女。最後は中肉中背の男、兜を被っていても体つきからなんとなくわかる。それぞれが少しずつ違う彼らに共通しているのは白銀の鎧、胸に羽の生えた盾の紋章が刻まれた栄光の鎧。
「“8翼”を代表して自己紹介させてもらおう。僕はクヴァール、今代の“英雄”を襲名させてもらっている。今回の戦闘指揮は僕がとろう、と言っても特に指示する予定はない、2つだけだ。敵を粉砕し殲滅せよ、というものと、僕らに構わないでくれ、というものだ。よろしく頼むよ。」
兜を外し、中肉中背の男が喋る。それと同時に刀を持つ男も兜を外す。赤髪の男、彫りは深く男前然としている清々しい顔立ち、刀が似合うような。しかし、多くの少女が見惚れ、男が羨む顔に目線を取られるわけでもなく、隣に立つ見た目麗しいうら若き少女に取られるわけでもない。自分の目線は唯1人、先ほど挨拶をした男の顔から離れることはなかった。




