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翁は言葉を紡ぎ続ける、そのしわがれ、乾いた色にまで褪せた唇から。
「冒険者よ、力と英知に満ち溢れた人々よ。金に飢え、戦いに飢え、血に飢えし渇きし者どもよ。各々の活躍にこの砦の結末は左右されるのだよ。“8翼”、彼らの援護もあるだろうが、そこまで期待しないほうがいい。彼らにも彼らの仕事があるのだから。特級だけでこの谷を越えてくることがないことを見な知っているだろう。」
「前回から1年、これは長い長い平和だった。しかし、平和という意味では幸運でも、いくつかの不幸を我らに遺していってくれた。新入りたちよ、右も左もわからなくては活躍も期待できまいよそれ以外は皆戦仕度に入るがいい。」
老人の指示に従い、多くの人々が立ち去っていく。彼らの姿はまるで映画の中の戦を命じられた古の侍たちが武功を立てようと我先に各々の屋敷に帰っていく様によく似ている。兵共が駆けていく音、どすどすと砦全体を震わすような音を立てて走り去っていく。さながら嵐のように逞しく、さながら夜逃げのように慌ただしく、それこそ走り去った後には埃が宙に舞ている姿を幻視できるような気がする。そして、ギルド前に残ったのは4組ほど。皆が皆若く、そして英気に満ち溢れている。
自分たちよりも若く見える少年少女4人組、男女比は1対3、ハーレムと言えば聞こえがいいが性欲に振り回されていそうなのが1つ。自分たちと同じくらいの年ごろだろう、男3人のパーティーが1つ、それぞれが赤黄青をベースカラーとした鎧に身を包み、さながら信号機のような。そして巨大な槌を担いだフルフェイスの鎧を付けた背の低い人物と背中に剣と弓を担いだ長身のローブ姿2人の3人組に自分たち。一目見ただけでわかる、彼らの顔が、傷が、持つ覇気が教えてくれる、彼らは確実にしっかりとした実力に裏付けられた自信を持っていると。
少年少女は騒ぐ、自分たちがこれからどれだけの敵と戦うのかという希望に胸膨らませ夢膨らませ。その様は微笑ましくもあり、少しばかり浮付いているようにも見える。3人組はそれぞれがそれぞれの武器を撫で、互いに視線を交わしている。会話はなく、視線だけで会話しているような。信号機のような3人組はまるで少年たちのようにそれぞれが一番の武功を立てると話している。顔がほぼ同じ、兄弟だろうか、それとも三つ子だろうか。トリスがさりげなく腕を絡ませてくる。
老人はそんな残った4人組を舐めるように眺め、1つ咳払いをする。その視線はそれぞれを値踏みしているように、少しばかりの同情と、少しばかりの憐憫と、少しばかりの嘲笑を含んでいるような気がした。背中に鳥肌が立つような視線、ただの老人だというのにここまでの圧力を出せるのは、彼が歩んできた人生にどれほどの重みがあるからだろうか。流石はここに居を構える冒険者というべきだろうか、その視線に素早く反応し、口を閉じて動きを止める。そんな彼らを、自分たちを満足げに眺めたあと老人は口を開く。
「さてさて、新入りの諸君よ。先の話ではあまりよくわからなかっただろう。簡潔に話そう、ここが魔の谷に面した砦であることは周知の事実だ、ではなぜ魔の谷と呼ばれている?そういうことだ。未踏破区域から来たのだよ、覇級指定モンスター操り師が。知らない人もいるだろうし説明しておこうか、操り師は大柄の巨大な猿型モンスターだ。モスグリーンの体表に覆われ、人間の胴ほどもある発達した両腕を持っている全高2,3メートルほどもある。当然ながら覇級指定モンスターだけあって単体の戦闘能力も優れているし、SSランクの冒険者でも数十人でかかったとして五分五分というところだろうか。ただ、単純な戦闘能力、継戦能力という点では肉弾戦を好み、他の覇級モンスターに比べ著しく劣る。では何故それでも覇級モンスターなのか、それは簡単だよ、操り師という名前通りの習性を持っているからだ。彼の猿のドラミング、鳴き声、体臭、それらには自分より格下のモンスターを興奮させ、煽動する効果を有している。大体の超級モンスター以下のモンスターはそれに煽られ、騙されてしまう。操り師がシンシア目指して南下する理由はわからないが、こちらに南下してくるモンスターは大体生存競争に負けた敗者でしかない。」
「しかし、だ。そんな敗者だとしても我らへの被害は甚大、故にここで食い止める。操り師と直に争う必要はない、我ら、いや君らの仕事はその周りで跳ね回る雑兵を駆逐することだ。」
「何の手加減もいらない、存分に殺し給え。ただ、死なないようにな。言った通り超級モンスター以下の軍勢、当然特級モンスターが大部分を占めているがな。まあ、新入りにはそこまで期待していないさ。」
老人は全てを告げると、他の幹部たちと共に砦中央に向かって去っていく。背中は何か疲れのようなものが見えていて、それが何を意味するのかは分からないが。戦の開始は予定では午後過ぎ。そこから合戦場たる場所まで皆で向かう。開け、此方が上になった小高い丘、そこで迎え撃つらしい。もう何度も何度もあったためか、そこには簡単な壁が用意していあり、そこで戦うそうだ。ただ多くの人々は経験値目当てに直接戦うそうだが。
当初は簡単な肩慣らしの予定だったのに、今回のせいで全ての依頼はキャンセル。この状況でしっかりと戦うことができるものだろうか。甚だ疑問でしかない。
仕方がない、それまで適当に外で体をほぐしていることにしよう。簡単ながら、ガルムと追いかけっこでもいいし、ガルムととっくみあいでもいい。最悪怪我をしても軽いものならばトリスがいるさ。我が麗しの姫君は戦に出るが戦うことはない。あくまで旗印、我が背の裏で隠れているといいさ。悉く排斥してやろう、レベルを上げるためのいい機会じゃないか。




