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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
8 幕間 地球
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 ギリギリという歯ぎしりの音が口内に、脳内に響く。予想をしていたもの以上の強さ、迫力、圧力、大きさ、そしてそれを予見できなかった俺の思慮の甘さに。

 門からソレの手が這い出てくる。半分ほど開いた扉に手を掛け、段々と姿を現し始める。漏れ出る咆哮、そこから少し離れたところに立つ俺の横、むき出しの地面に突き立てられたいくつもの刀剣が震える。ハルバード、エストック、ショーテル、バスタードソード、トマホーク、バルディッシュ、グレイブ、スピア、フランベルジェ、レイピア、ツーハンデッドソード、ククリ、ジャマダハル、そして刀。幾本も、何十本も、何箇所かに分けられて突き立てられたそれらは俺が持つ全ての武器。当然それだけではない、全身にいくつもの投擲武器を用意してある。それら全ての刃が震える、ソレが発す咆哮に、ソレが放つ力の奔流に、ソレを切る行為への喜びに。


 「始めようか、俺とお前、どちらが生き残るかの生存競争を。」




 機関から連絡が来たのはいつのことか。丁度ヘルト、リヒト、モエアの3人と昼食を摂っていた頃か。人族最高峰の実力をもう化け物たちとの昼食は馬鹿げたスケールの会話で占められていた。新たに見込みのある冒険者の話をすることもあれば、最近の任務の内容に関して談笑することもある。“8翼”に関するふざけた冗談で笑うこともあれば、人々を救えなかった怒りを愚痴ることもある。

 そろそろ昼食も終わり、任務もないので皆でゆっくりとしていようかと相談するころ。ヘルトがアデル近くに澄んだ湖があるといえば、モエアがそこで釣りをするという。リヒトはそこに住むであろう水竜と遊ぶといい、俺が笑う。そんな気楽な午後を過ごそうかと思い相談していたころ、空より4羽の鳥が舞い降りた。

 1羽1羽の大きさは非常に大きく、俺の上半身より1回り大きいくらいだろうか。機関の擁する超級モンスターである神鳥の羽の化身。戦闘力がない代わりに空を何よりも早く飛ぶそれが運んでくるは任務の指令。それぞれがそれぞれを担当する神鳥から指令を受け取り開いた。

 9時間後、戦闘の準備を終わらせた上で所定の位置にいること。戦闘に関しては最高レベルの警戒及び自身の最高戦力で挑むこと。失敗は許されないこと、埋められる人員もいないこと。

 以上が4人全員にきた指令で、珍しいことに皆同じ内容であった。唯一違うのは待機すべき場所。ヘルトはウラネズ王国南部神殿跡深部、リヒトはエボニー王国東部漆黒の丘頂上、モエアはヴァーミリオン大帝国最北砦シンシア近くの遺跡最深部、俺はヴァーミリオン大帝国最西端フルス川水源にある洞窟だった。

 俺とヘルトとモエアでこの任務の不可解さに悩んでいると、我らが生き字引様がなんとなく教えてくれたのが心に残っている。


 「約束された終焉の時だよ。みんな生き残ってね、今までにあった中で一番強いモンスターだよ?まあ、戦うことが大好きな君たちなら心配いらないよねぇ?」


 早くも戦いを楽しむ狂気の一片を覗かせはじめた彼女、彼女がそこまで言うほど強力なモンスターというわけか。面白い、やってやろうじゃないか、そう決心して周りを見ると、皆戦いを望む狂人の顔を覗かせていた。やはり“8翼”、それでこそ最高戦力集団だ、と感じたのを覚えている。


 「多分、これは私達だけに来てるわけじゃないわ。盟約の通りなら天啓同盟、あとは8翼全員に来ている筈だわ。さてどうするのかしらね、勝てるかしら?」

 「リヒトがそんなこと言うなんて珍しいじゃねえか。それほどか?ヤる気がでてきたよ。」


 モエアが笑いながら言ったのを覚えている。そのあとすぐに皆準備をしにいった。持てる限りの武器を持ち、神鳥の背に乗り移動をはじめた。翼開長は10メートル近くはあるのではないかという巨鳥。世界に20匹もいないと言われる意思を持つ鳥、それが空を掛け目的地まで。

 そして戦の準備をはじめ、来るべき時を待ち続けること数時間。



 一通り回想に浸り終えるころ、門から出てくるソレはもうほとんど全身を洞窟を照らす明かりの中に晒していた。這って出てきたそれが立ち上がる、かなり広いはずの洞窟さえも狭く感じる様な巨体。鬼、“刀”の証である刀とともに遥か昔から伝えられてきた絵姿を思い出すような姿。その巨体は4メートル、5メートルほどもあり、全身は見ただけでわかる逞しい筋肉に覆われている。腕は6本、顔は3つ。ごく普通の人の体、筋肉質でありながらしなやかな体、それの肩口から2本ずつ腕が生えている。顔は耳のあたりから1つずつ左右に小さな顔が生えている。顔は怒り狂い、鋭い牙が幾本も開いた口の隙間から見えている。6本の腕には6種の武器、槌、鉈、棍棒、手斧、幅の厚い片手剣(ブロードソード)細く長い片手剣(レイピア)が握られている。衣服はズボンのようなものを身に纏っているが、体に纏わりつくことの少ないようにか、様々なところが破かれている。

 ソレが吠える、轟音を上げ、こちらに気にすることもないように手に持つ武器を振り回す。刃風がこちらまで飛んできそうなほどの音をならし、無駄もなく互いに干渉せずに振り回す。そして体を少し動かせながら、ゆったりと歩き出す。全くこちらを気にせずに出口のほうへ、まるで無視されているような、気づかれていないような。


 「おい、どこを見ている?俺が見えないのか?」


 声を掛けつつ、投げナイフを投擲する。さくり、そういう音がしてきそうなほどに背中に綺麗に刺さったナイフ。しかしあれだけの巨体では深くまで刺さっていないだろう、それに刺さった刃のあまりから見るに2,3センチ程度しか埋もれていない。

 左の顔の目線がこちらに。そして此方に体を向ける。今気が付いたというような、此方を舐め腐ったような姿勢。全く武器を構えることもなく、腕はだらんと下がり、首はなんとなく横に倒れている。何か用か?そんな言葉が脳内に響くような。


 「舐め腐りやがってさぁ。」


 腰にさした投げナイフを投擲する。威力なんてない、そんなことは知っている。威嚇程度のものなのだから。避ける気もなくさくさくと刺されていく鬼の姿に、舐め腐るどころか、それ以上の侮蔑を感じて逆上する。俺は“8翼”だぞ?その中でも最高の近接戦闘能力を持つ“刀”だぞ?右肩に嵌めていたチャクラムも、左肩に隠していた棒手裏剣も、持ち得る限りの全身の投擲武器を投げつける。


 所々切り裂かれ、投擲武器が何本も刺さったソレ。体を振るわせ、何か叫び声をあげる。たったそれだけの動作だというのにばらばらと落ちていく武器。何ともないということだろうか、その動作が癇に障る、地面に突き刺さっていたトマホークを全身の力で投げる。今までに投げた何よりも危険なそれは、十分危ない物だと判断されたようで、ブロードソード一閃叩き落される。

 やっとこちらを危険性のあるものだと認識したのだろうか、6本の武器を構えはじめるソレ。それを目に入れながら、ツーハンデッドソードを引き抜く。


 「ああ、やっと見えたか?さあやろうじゃないか、全てを駆使した戦いをさあ!」




 洞窟は血に塗れていた。1メートル近くある腕が2本ほど地面に落ち、小さな腕も1つ落ちている。周りには折れた剣が散らばり、柄の砕けた槍や樽の用な大きさの割れた槌も落ちている。壁には刃が多く刺さり、そこらに血が付着している。そんな血の海に立つ巨大な影。

 胴体と足は血に塗れ、大きく裂かれていたり、剣が刺さっていたり。4本の腕の内1本には付け根に大きな剣が刺さり地面に向かって垂れていて、1本は手首から先が存在しなく血が垂れている。レイピアを持つ片腕で何かを握る片腕を突き刺している。そして貫かれた拳が掴むは1人の人間、もう既に息はなく、真っ赤に染まりくたりと力なくなすがままにされている。ただ、それを掴む巨大な鬼の息もない。腹を貫くエストック、右目に突き刺さる1本のレイピア。


 血に濡れて地面に落ちたジャマダハル、そして周辺に羽をまき散らし臓物を散らす巨大な白い鳥の亡骸が割れた洞窟の天井から射す光を浴びていた。

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