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宿を出てギルドまで歩いていく。夕食と朝食がついて1泊大銅貨80枚。今まで止まってきた中ではトップクラスに高額な宿泊費だが、砦のスペース的な問題もあるだろうし、危険な場所であるからというものもあるだろう。体を洗う水やしっかりとしたベッド、食事もまともで別段ほかの宿と変わらない。ただ、他の都市と違う点として宿自体が公営のものであるということがあげられる。他の都市においては宿にしても武具屋にしても、何にしても基本的に都市が運営しているものは少ない。
この砦の宿が公営なのは、ひとえに砦であるおいうことが大きいだろう。何もない平地に人が集まってできていく他の都市とは違い、この砦はモンスター対策の為しっかりと設計されている。故に勝手気ままに立ち並ぶのではなく、設計段階から場所など決められたため公営のものとなったのだろう。鍛冶屋などの他の店舗にしてもそうだ。例外は2つ、ギルドと露店街だけが公営のものではない。しかしながら、ギルドは設計段階から存在することがきまっていたそうだ、つまりこの砦はここ60年の間に作成されたということだろう。トリスに確認すると30年ほど前にこの砦は立てられたらしい。
ギルドで依頼を選ぶ。昨日まではシンシアの東にある森林での依頼のみを受注していた。4日間連続であったので、そろそろ飽きがきているということに加え、今日は依頼が少ないようだ。故にシンシアの西での依頼を受注することに。西には東と同じように森林が広がっており、ただ違う点としては遺跡が存在するということ。前時代の技術が今も生きている巨大な墳墓、それは地下に地下にと広がっており、未だ踏破されたことはない。中の通路は日々刻々と変化し、難易度自体も高く、故に最深部までは誰も到達していない遺跡。ただ前に相談したときにトリスにはっきりと拒否されてしまったためにそこでの依頼は選びづらい。故にその墳墓付近に存在するある泉での依頼を受注する。
昼食にするための食料を購入し、トリスを連れ立って砦を出る。衛兵に外に出る理由を説明し、小さな板を貰って外にでる。砦から外に出る際は、衛兵に理由を話して板を貰わなければならない。理由によって色分けがされている板をもって外に出ることで、後々帰ってきた際にそれを渡せばチェックを省略することができる。
砦を出て左手に伸びる道を歩いていく。テン達も呼び出し、てくてくと前方の森に向かってすすむ。恐らく、この砦ができる前は巨大な森だったのだろう。南部よりも高く太い木々が多く、自分の数倍の高さの木々が繁茂している森林、比較的冷涼なその地域には獣系モンスターが多く住んでいる。太く硬い幹はそれが過ごしてきた時を感じさせ、頭上に茂る枝葉は太陽の光の多くを遮る。森林は暗く故に涼しく、太い幹が邪魔をして視野も狭い。しっとりとした地面には雑草やキノコが多く生えていて、折れた枝と落ちた葉は非情に質の良い腐葉土になっている。
そこの一角、魔の谷の正面を切り開きそこに砦を作成した。その西に前時代の遺跡があるということは、前時代においてもこの北部は重要な地だったのだろう。はたして前時代がどのような時代であったのか資料も何も残っていないらしいが、失われた技術を存分に使った素晴らしいものであったのだろう。その時代において魔の谷から北は人が住んでいたのか、モンスターが住んでいたのか、後者であるならばここに遺跡があるということは今と同じくモンスターに対する防衛線であったのだろう。前者ならば北部と南部を繋ぐ貿易都市として栄えていただろう。
その近くに存在する泉、今回自分が受注した依頼はそこに生息するモンスターを討伐するもの。具体的には3つ、
・レッサーデビルの翼10対の収集
・レッサーエンジェルの翼10対の収集
・スレイブド・フェアリーの翼液1瓶の収集
やがて泉の近くに辿りつく。時刻は昼前、食事をとり戦闘準備をする。レッサーデビル、レッサーエンジェル、そのどちらも泉の周りに巣をつくり住む肉食生物。そしてスレイブド・フェアリーはそれらに使役されている哀れな妖精だそうだ。
すぐに泉は見えてくる。森が1ヶ所拓け、光が差し込む場所。その中心部分から水が流れ出て西に西に小川が続いている。そしてその周りの地面には枝で作ったであろう、まるで烏の巣のようなものが地面に、木の上に相当な数並んでいる。こちらに気が付いたのか、白と黒の小さな生物が巣からこちらを凝視する。
ばさばさという音と共に、木々の間から飛び出てくる生物、一瞬で囲まれてしまう。地面に立っているもの、宙に浮いているもの、数はおおよそ10匹ほどか。
レッサーデビルは地球で想像していた悪魔と対して姿かたちとは少しばかり違う。小さな、乳幼児ほどの体躯、肌の色は黒く、羽と尾が生えている。ここまで聞いたところでは特に違いはないように思えるが、実際はもっと醜悪なものだ。漆黒の風船のような、額から角が生えた頭。上からみて3分の1ほどから包丁を落としたように平面にならされた顔には羊の目と狒々の口がついている。鼻はなく、耳はその風船の側面に開いた直径3センチほどの穴。体は乳幼児のそれそのままだが、手は人間のそれと違い、4本しかない指が細く長く伸びている。肩の付け根、丁度鎖骨のはじまりあたりから蝙蝠の翼が生えている。それを上下にはためかせ飛んでいるものと、弱弱しく細長い4本の指のついた足で立っているものがいる。尻尾は細長い猿のような。
レッサーエンジェルはレッサーデビルと対照的な色合いの生物。姿かたちはほぼ同じだが、体色が白いことが違う。神話の天使が可愛らしい姿なのに対して、天使の名を冠するこの生物は酷く気持ちが悪い。生理的に嫌悪したくなるような姿かたち、蝙蝠の羽と額に生えた角からは優しさを感じ取ることはできない。
そしてそれらの前に陣取っている、陣取らされているのは妖精。シェムと同じ大きさの妖精たちは、皆同じ特徴がある。あのダンジョンにいたようなフェアリーとは根本的に違う点、全ての妖精の右腕が切り取られている。いや、もともとないのだろうか、全て同じ場所から腕がなくなっている。また、純白のはずの羽は紅く染まっている。レッサーエンジェルとレッサーデビルに使役される哀れな妖精、どう見ても盾だろう。
どこから出てきたのだろうか、そんなことを考えつつ戦う算段を決める。
数では負けている、では個々ではどうだろうか。そんなことを考えながら上級最上位モンスターに杖を向ける。




