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馬車が進むことそれから何百キロ、予定に狂いはなく、当初の予定通りに出発してから30日目に目的地に到着する。流石に30日もそこに泊まっていたためか、半ば愛着もわいてきている馬車を引き払う。トリスを引き連れて降り立つは人族居住区域最北の街シンシア、世界で一番危険な土地。
シンシアは巨大な街である、いや、砦であるといったほうが正しいだろう。上空から見下ろしたならば確実に五芒星のかたちをしているであろう巨大な砦。下向きの五芒星、その底部の端っこ、そこに門がある。その門を通り抜け、シンシアという砦の内部に入り、そこで馬車を下ろされる。
馬車団に別れを告げ、衛兵の待つ受付へとトリスと共に歩いていく。この砦の警備体制は2重の方式になっているらしい。まず入り口で1回、そしてそこから少し奥に入ったところにある受付でもう1回。厳重な警備が敷かれている、つまりそれだけここが危険な地であるのだろう。受付の前にもいくつかの兵器、そして屈強な衛兵の姿が見える。ただ、他の街と違う点はもう既に見受けられる。衛兵2人、その両方が人族ではない。頭から4本の角を生やした筋肉質な異形、姿かたちは人間のそれであるが、赤い皮膚やその角、顔つきがモンスターだと告げている。これがシンシアに居住する数少ない人族と共存しているモンスターだろう。見ただけでわかる、自分より圧倒的に強いということに。顔つきからしてオーガだろうか、しかしこれほどの強さを持つオーガ、一体どれだけ上位の存在なのか。
受付に辿り着き、そこに立つ男にギルドカードを見せる。
「AランクとCランク、一体何用だ?」
「ここを拠点にし鍛錬に励みたい。」
「ふむ、わかっていて言っているとは思うが、ここらはAランクなど星の数ほどいるといっても過言ではないし、毎日誰かしら死んでいく。」
「あぁ、構わない。」
「ふん。」
男は鼻で笑いつつも内部に入ることを許可する。意外と簡単に入れた、男は一体何見て自分たちを中に入れて安全だと判断したのか、所詮Aランクだからだろうか。
長い長い道を歩いていく。左右には工房であったり、兵士の詰所らしきものであったり、ギルドであったりといった建物が並んでいる。男は道を直進した先に案内板があると言っていた、その指示通りに真っ直ぐ進んでいく。
300メートルほど進んだところに案内板は存在した。それが言うには、今自分たちが歩いてきた通路が南部通用門から最外周通路までの連絡路。そして今自分たちが立っているところは最外周通路の最南端。円状に走る最外周通路、そこから内部に向かって3本の道があり、その途中途中に外周通路、内周通路及び階段が存在する。そして砦の中心には役所と宿屋が存在しているらしい。とりあえずそこに向かっていく。
砦内部を歩く種族は様々。たしかにプルミエや他の街にも人間だけではなくエルフなども見受けられたが、圧倒的に少なかった。ここは人間よりも他の人族のほうが多いだろう。個々の種族で見れば人間が一番多いことに変わりはないだろうが。
宿屋は大きく、そして安価であった。2人部屋を半月分借用する。安価と言っても半月、しかも2人分、有り金がほとんど消え去る。やはり明日からはギルドで金を稼ぐしかないようだ。ただ、今日はそんな時間もない。そう思っていると、宿の女将が気を利かせて良い暇つぶしを教えてくれる。この砦の仕組みでも役所の共有スペースにあるので見てきたらどうだ、と。
女将の言葉に素直に従い役所に歩いていく。当然これから過ごしていく砦、たしかに概形などを知っておいて損はない。
役所の共有スペース、まぁほとんど酒場と図書館の中間のようなものだ。机と椅子がいくつかあり、そのうちの半分は酒飲みが座っている。一番奥まった場所にトリスと座り、酒を頼みつつ棚にある書籍に手を伸ばす。
シンシアは五芒星の形をした砦、材質は石と木が混ざっている。どういうことかというと、五芒星は2種類の図形が組み合わさってできている。二等辺三角形5つと正五角形1つだ。先ほど上空から、と言ったのには理由がある。この砦は4層にわたってできていて、最下層は地下に数部屋分、1層は星形の石製の巨大で平らな城で構成されている。その上にコンクリートのような作りの正五角形が1層、そしてその上に木造の正五角形が1層でできている。結果上空から見ると綺麗な五芒星に見えるというわけだ。
1階層が星形にできていることは大きな意味を持つ。円状にしても四角形にしても、敵が攻めてきた際に面が少ないので城からの攻撃が1方向のみとなる。それを星形にすることで左右2方向から攻撃をすることができるのだ。そしてモンスターが攻めてくるのは北側、よって南側には面を多量に用意する必要性が少なく、故に下向きの五芒星のかたちをしている。そして北側にある二等辺三角柱の側面には穴が開いており、そこから弓なり魔法なりを放つことができるそうだ。そして付け根には全部で3つ、つまり最北及び北東北西の付け根それぞれに門が存在する。モンスターがそこに向かって攻めてくるようにわざと作成してある門、そこには巨大なバリスタが数台ずつ設置してあるそうだ。それだけではない、北側の側面の前には堀も用意してあり、モンスターがそのまま登ってこないようにしてあるらしい。
よって北側の二等辺三角柱の大部分は兵が詰めることのできるスペースとなっていて、それが結果として南側の二等辺三角形にギルドなり工房なりが集まっていることに繋がる。
2階層には砦の幹部が居住するスペース及び会議のスペースが存在する。今いる中央部の役所は受付に過ぎず、重要施設は2階層にあるそうだ。
そして最上層は物見やぐら、つまり監視のための層。最下層は倉庫。食料であったり、矢であったり、様々な備蓄をするための場所。確実に来るモンスターの襲撃に備えてあるそうだ。
ふと顔を上げると、仮面を外して本を読むトリスの姿が目に入る。ここならば、彼女もまともに過ごすことができる。きてよかったと思えるだろうこれからの日々を思って、少し顔が和らいだ。




