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邂逅
街道を歩く、随分と人気が多い。自分たちを抜かす馬、前からくる人たち、1時間に5、6組以上はすれ違っている。冒険者も結構いるのだが、それよりも商人が多い。
物が溢れたことにより物流が促進されたのだろうか。交易をおこなう行商人団が増えているのは、金が回るという点では良いことなのだろう。ずっと街に近寄っていないがやっとこさ落ち着いたということだろう。落ち着いていなければ行商人がこうも出歩くはずがない。価格の制定もある程度はできたというこだろう。
街道を歩く、トリスを隣に連れて。ふと後ろを見るとかなり遠くにいたはずの2人組が結構近づいている。全身を黒いマントで覆った男と、漆黒のドレスを身に纏った女。珍しい、2人とも黒髪だ。
それから1時間もせずに彼らは自分たちに追いつく。抜かし際に男がこちらを見る、青い目、吸い込まれるように澄んだ綺麗な青。年齢は20代後半くらいだろうか、顔だちが随分と整っている。女のほうはかなり若い、トリスよりも。黒い髪に白い肌、まるで西洋人形のように整った顔。
「ん?黒髪なんて珍しいね。」
男が話しかけてくる。ここらには黒髪の人は少ないのだろうか、それでも前の街にしても数人は見かけたのだが。
「そんなに珍しいか?あなたも黒髪みたいだが。」
「あぁ、ごめんね、その顔だち、どこ出身かなって思って声を掛けたんだ。」
「マルーンよ。」
トリスが答える。出身地は日本ですなんて言っても信じてもらえないだろう。
「ふむ、もしかしてヴァレヌに向かってる最中だったらご一緒してもいいかな?」
「構わない。アスカだ。隣は妻のトリス。」
「お若いのに素晴らしい。俺はルートっていうんだ。こいつはお嬢。」
「よろ、しく。」
人形のような少女はあまり喋ることが得意ではないのだろう、それにしてもフレンドリーな男だと思う。
「冒険者、だよね。失礼なんだけど、今レベルはどのくらい?」
「170くらいだ。一応Aランク。」
「私はCランク、レベルは100を超えているわ。」
特に不都合がない範囲で互いの情報を交換する。ルート、レベルは650、SSランクの冒険者らしい。かなり格上の存在、驚いた。だいたいそこら辺の冒険者はもっと北にいるかと思っていたのに。
「ちょっと野暮用でね、その帰り道ってわけ。」
男は笑う。自分たちは今北に向かっている最中、目的地を告げるとヴァレヌに関する情報を結構教えてくれた。どうやら彼はそこ出身らしく、お勧めの宿、お勧めの酒など様々教えてくれた。それと、街は大体元に戻っているとも言う。価格表も制定され、様々なものが売れるようになったと。ただ単価は減り、冒険者は儲からなくなったり、儲かるようになったり様々だという。
ふと気が付く。目の色が緑に染まっている。先ほどは青だった筈……トリスはまだ気が付いていないのか。
「目、色変わっていないか?」
目の色が変わるなど聞いたことはないし、見たこともない。つい口から滑り落ちてしまう言葉。男は目を丸くしたあと、ニヤリと笑う。目の色は赤く、真紅に染まっていく。危険を感じる、今までの男とは比べ物にならない危険な香りに体が警告を発する。
「よく見てるじゃないか。なかなかどうして、身構えなくてもいい。」
「トオル?どうしたの?」
最初以外無言を貫き通していた少女が男に問う。トオル、と言ったか。男の名前はルートだった筈……
「お嬢、久しぶり。ちょっとアスカ君に用事があってね。」
自分に用事……?
「さてさてアスカ君、あれは災難だったね。しかしこんなところで会えるとは。」
「何の話だ……?」
自分はこの男を見たこともない。今まで会ったことはないし、こんな知り合いを作るようなことはこの世界ではしていない。この世界で友人と言えるのは2人だけ、彼らとは全く似ても似つかないのだ。
「あぁ、こう言えばわかるかな?俺もあの時第3特区に居たんだよ。」
「なっ……」
第3特区、自分がかつて地球に居た時に住んでいた場所。そして学校のあった場所、何よりも最後に意識を失った場所。何故この男がこんな言葉を?いや、この世界にそんな地名があるとは聞いていない、つまりこの男は自分と同じように……あり得る話だ、現に1人見ているのだから。
「戸惑っているみたいだね、同郷の者を見るのは初めてかい?」
「いや、そんなことはない。1度見た、死体だったが。ただ、証拠はあるのか?」
「東京都第3特区、第2次極東代理戦争後の廃県再置にて区分けされた旧東京都多摩地区及び旧横浜県多摩地区。新都東京において3番目の人口と面積を誇ることから第3特区と改められた。さぁ、ここに間違いはあるかい?」
寸分足りとて違わない、自分の習った日本史のそれと。この世界に住んでいた人間がそれを知っている可能性は全く持ってあり得ない、つまりこの男は本当に日本人。
「それにねアスカ君、あの時あの場所で俺は君を見たんだよ。ちょっとかくれんぼをしていてね、そこで3人で歩く君を見たんだ。最後に見た光景だからね、くっきりと覚えているよ。」
「生きた日本人に会えるとは思ってもみなかった。俺はこの世界に来て半年、先輩は?」
「数えたことがないな。もう数年は経っているさ。」
空を見て笑うトオルと名乗る男。先ほどのルートと名乗った男とは口調も違う、どういうことなのだろうか。疑問をそのまま口に出す。
「あぁ、俺はこの世界に来る前の人格。この世界にきて少し記憶喪失をしていたらしくてね、それがルートだよ。さてお嬢、そろそろ行こうか。アスカ君、申し訳ないがちょっと急がなければならないようなんだ、またいつか会える日を楽しみにしているよ。」
「わかった、じゃぁ、ね。」
少女は手を振る。行動に整合性がない、別人格だからなのだろうか。本当に別人格なのか。
男の目の色がもう1度色を変える。真紅から全てを飲み込むような漆黒に、暗く暗く底も全く見えないような。
「そこの御嬢さん、模造品なんて珍しいよ、初めて見た。お元気で。」
「いいことを教えてあげるよ、アスカ君。鑑定魔法妨害ってスキル、取ったほうがいい。それにね、地球人はある程度からレベルが上がりやすくなるんだ。すぐに素晴らしいレベルまで行けるさ。高みで待っているよ。」
男は手を大きく広げ、深くお辞儀をする。まるで道化師のように、全てを騙しつくす詐欺師のように。
「俺は人族最高戦力集団“8翼”第7翼、“四色”のヴェルト。また会い見える日を待っているぞ、少年。」
唖然とする自分たちを置いて男は去っていく、少女を抱きかかえて。悠然と背を向け歩いている、ただそれだけのはずなのに自分たちとの距離は見る見るうちに離れていく。
それから3日、堅牢な門と壁に囲まれた街並みが姿を現す。都市国家ヴァレヌ、この大陸唯一の都市国家にしてこの大陸でも最高峰の技術を誇る国。約2年前に独立したその国の門に向かって歩みを進める。




