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耳を強く摘ままれる。完全に夢の中、全く意識も存在しない状態から一気に覚醒させられ飛び起きる。体にかけていた毛布はずり落ち、振り下ろした手は強かと地面にぶつかりその痛みで完全に覚醒する。自分の目の前にはにこやかに笑う妖精の姿。
「その起こし方はやめろって言ったはずだろ?」
笑い、おどけた様子を全身で表現するシェム。今はあれから2回夜を迎えた次の朝。
鍋に小川から水を汲み、昨夜集めておいた薪代わりの木を焚火跡にくべ火を着ける。鍋をその上に、おおよそ数分で沸くことだろう。トリス達を起こすことにする。まずはトリスの頭を腹に乗せ、目を閉じ気持ちよさそうに寝ているガルムを起こす。ガルムが動くのと同時にトリスも目を覚まし、半ば閉じたおめめを擦り擦り、顔を洗うために立ち上がる。テンはトリスの抱き枕、そのまま近くの小川に持ってかれていく。
その間に煮立った鍋を火から外す。中に塩を少し、葉を少しに大根少々。干し肉を加えれば上等なスープに早変わりする。器によそい、パンを用意する。戻ってきたトリスにそれを手渡し、自分も朝食を。固いパン、ぱさぱさしていて食べにくいが、スープに浸すことで随分と柔らかくなる。
ただ、おいしいのは良いことなのだがかなり飽きてきた。毎日毎日同じ飯、違いは汁物になっているか否か。しかも味付けも塩のみ、ミルクなんてあるはずもない。1回兎のモツを夜寝ている間に煮込んでみたこともあったが、出来上がったのは血なまぐさい汁。使用したのは良く洗った腸と胃、心臓肺以外の臓器。残念ながら他は見分けがつかなかった。鼻を近づけただけで臭く、口を着けて飲む気にもならずそのまま捨てた。それからずっと同じようなスープ。香辛料だったりハーブだったりを足したりすることでこのマンネリを打破することはできそうだが、トリスも自分も知識がない。トリスがわかるハーブも数種類、それを現地調達で足してみたりしたものの、如何せん方向性は同じ。どこかで調味料のレパートリーを増やしたいと思う。
それか、ヴィヴィッドラビット以外の情報を得るのでもいい。今自分たちの周りには食用として安全であると言い切れるのはヴィヴィッドラビットのみ、ただ街にいけば新たな情報があるだろう。確実に誰かはオーガの肉を挑戦しているはずだし、考えたくもないが蟷螂を齧っている輩もいるはずである。もしもそれらがまた別の風味を醸し出すのならば、鍋に入れてもいいかもしれない。食材となり得るものが豊富になるということは、料理の可能性を大きく広げてくれる。どんな料理の歴史にしても、扱える食材が増えることにより爆発的に種類が増している。一番有名なのは日本料理だろうか、どれだけのものを混ぜ込み、自分たちの料理にしていったことだろうか。まぁ、それもヴァレヌまで行けばわかること、あと数十日の辛抱だ。
森を歩き続けてそれから2日。目の前には大きな街道。今までに見てきた街道が大体幅6メートルほどのものであるとするならば、それは10メートルを超えている。今までに見てきた街道の通行人が1時間待って2組程度であるならば、ここはおおよそ10組以上は通るだろう。この大陸に走る大街道と呼ばれる巨大なそれの内の1つ、リヴォニア大街道。
自分たちがいる場所から左、つまり南側に進めばクロッカス騎士団領中心都市リヴォニアに達する街道。右に進んだならば最終的にはエボニー王国王都までたどり着く非常に長い街道。元は騎士団領より進軍する軍隊が、エボニー王国を抜け地龍のトンネル、そして魔の谷の手前に存在する最北の砦シンシャに向かう為に建設された街道であり、それの半分がこのリヴォニア大街道。
そんな大街道を横切る。ここがグラスグリン聖女領とクロッカス騎士団領の国境、そしてそこから150キロほどでトープ連邦に到着する予定。目指す都市国家ヴァレヌはトープ連邦の西端、故に国境から300キロほど。あと17日かそこらで辿り着くだろう。今まで経過した日数は37日、今日は38日目。予定通りに行けば全行程で55日程度。想定よりも早く着くのは森林に慣れた為か、余裕をもって予定を立てすぎたか。どちらにしても、長引いてしまうよりかはずっと良い。
大街道、ここを横切ることでクロッカス騎士団領に入ることは前述の限りだが、そこからトープ連邦にかけて森林はほぼない。まだ騎士団領には森林と呼べるものは結構あり、今歩いている場所もその1つ。トープ連邦に入ってしまうと、あるのは林程度、あとはすべて平原がメインになってくる。かなり昔、トープ連邦がまだ存在しないころ、そこで大規模な戦があった名残らしい。焼野原になった場所は何故か木々が成長しなかった。そして夜になるとアンデッド系モンスターが地より這い出てくる、多くの人族が死に、モンスターが殺され、木々が死んだ恨みがそれを引き起こしているのだ、という伝説がまことしやかに語られているそうだ。
故に、ハイ・オーガ達が出現する区域は狭い。大柄な体を隠すことのできる森林ならばともかく、平原にはほぼ出てこないのだ。逆に、人の居住地から遠い平原にはそこを住処とするハイ・ゴブリンが数多く生息しているらしい。昼間はゴブリンや獣系モンスターが跋扈し、夜はアンデッド系モンスターの天下、それがトープ連邦の大部分の地域だそう。故に行商人は街道を護衛付きで進み、冒険者も道を外れずに街道を使用するそうだ。ただ、街の近くになってしまえばゴブリンなどの低級、最低級モンスターがうろつく至って平穏な場所になるそう。視界も開けていて駆け出しには良い練場所らしい。下手に奥地にいったり調子に乗ると死が待っているらしいが。
恐らくこの森林がもしかしたらヴァレヌに至るまでの最後の森林になるかもしれない。故に、取れる食材、つまり植物を取れるだけ取っておこう。例えばキノコ、例えばハーブ、例えば果物。こういったものは平原には生えていない、プルミエ平原には無かったのだから。




