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ネリカを出てから6日。オーガを殺し牙を集め、兎を殺しその肉を食む。キノコがあればその日の食事にし、ハーブがあれば儲けもの。虫系モンスターを蹴散らし、空からくる鳥系モンスターを地に落とす。そんな日々を過ごしながら、少しずつ、だが着実にヴァレヌに向かい歩みを進める。方角は合っている、北西に向かい森を歩くだけ。恐らく細かな調節はできないだろうが、それでも街に寄った際に方向修正をしていけばいい。通り過ぎることはないとは思うが、一応街道を横切るたびに通行人がいれば聞こうと思う。しかし、まだ街道は1回しか通っていない。
そんな日の昼下がり、森の中をかき分けながら歩く。かき分けるといっても、教科書にあったかつてのアマゾンのジャングルのようなものではなく、太い木々がまばらに生えている中を歩く程度のものだが。一応足元に草が生えていたり、小さな苗があったり、それをかき分けている。
そろそろいったん休憩を取ろうか、そうトリスと話していたときだった。
地面が大きく揺れる。立っていることさえも辛くなる状況、今までこの世界で感じることのなかった懐かしい振動。トリスは慌てふためき、自分に抱き着いてくる。半ば押し倒されながら地面に倒れ、地震が収まるまで待つ。一番怖いのは、これで木が倒れてきたりすること。ぱらぱらと上空からは枝が降ってきたり、葉っぱが降ってきたり、木のみが降ってきたり。振動は横に横に、ぐら、ぐらと大きく揺れる。細かな物ではなく、長い振幅でゆっくりと、そして長く。
トリスは叫び、まるで世界の終焉のように怯える。おおよそ震度5強か6、初めて経験する者であったとしたならば、これはあまりにも怖い体験だろう。自分は今までにこのクラスは1回だけ経験していた、もっと弱い物は幾千とだが。故にトリスよりかは確実に冷静で、彼女を抱きかかえながら地震が収まるのをじっと待っていた。
たっぷり1分か2分、揺れは収まる。トリスを勇気付けて立ち上がらせ、自身も立ち上がる。ガルムは尾を丸めて怯え、シェムは自分のそばを決して離れることはなかった。テンは随分と肝が据わっているのか、いつも通り揺れている最中も跳ねていた。
「一体、地震がここにもあるとは思わなかった。」
そう呟くと、半ば涙目になったトリスがヒステリックに叫ぶ。
「はじめてよ!地面が揺れるなんて、そんな、世界が終わるのッ?」
「落ち着け、俺の居た世界では日常茶飯事だった。理由はわかっていたが、この背下でもそれが通用するのかはわからない。今まで本当になかったのか?」
「なかったわよッ!生まれてから初めて、大地が揺れるなんておかしいじゃないッ!」
肩を抱き、背中を優しく叩く。水を渡し、ゆっくり飲むように。軽いパニックに陥っているようで、これでは意思の疎通も正確さを欠く。本当に初めてならば、冷静に対処すべきなのだから。
水を飲ませている間に周りの安全を確認する。木々は揺れ、枝葉を落としはしたが倒れてはいないらしい。怯えるガルムの背を撫で、シェムを片手に抱く。モンスターでさえも怯えるなんて、一体どういうことだろうか。天変地異、そんなことばが思い浮かぶ。自身が起きたということは、火山が活発化するかもしれない。もしくはその逆か。できれば情報を知りたいものの、森の中にいるのでどうしようもない。こいつは困った。
そんなことを考えていると、落ち着いたのかトリスが話しかけてきた。
「多少は落ち着いたわ。ありがとう。」
「ならよかった。本当にこんなことなかったのか?」
「えぇ、覚えている限りでは。私が生きていた中で、こんな地が揺れるなんてことはなかった。」
「だとするならば・・・「ぁ!」
トリスが思い出したように大きな声を上げる。何か手がかりでもあったのだろうか。
「思い出したわ!お母さんが言っていた、私が生まれるずっと前にあったって!」
「お母さんが私くらいの頃、地面が揺れたって言ってたわ。そして、そう、そうよ、夜が長くなったわ!それ以来、昼が短くなって皆が困ったっていってたわ!」
重要な情報、地震のあとの天変地異。夜が長くなった、ただそれが地震で起こるとは考えられない。いや、1つだけあり得る可能性がある。
「解放されたんだ、古の盟約が。」
「どういうこと?」
「あの門だよ、ミシェル達が言っていたやつさ、それの封印が解かれたんだ、どこかで。」
「あぁ、そういうことね。つまり、また何かが変化するってことね。昼が長くなるのかしら。」
それは全くわからない、ただ、何か変化が起きる可能性はかなり高い。はたして自分の仮説が正しければ、だが。だがもしもそうだとしたならば、どこの封印が解かれたのか。自分にそれを知る術はないが、ミシェル達のものなのか?
とりあえず今は、できるだけ早く街道に行き、そして情報を収集する必要がある。物によっては、これからの行軍の日程が変わる可能性がある。例えば、地形が変わってしまったとか、モンスターの強さが段違いになってしまったとか、最悪の想像だが。ただこんな場合において最悪の想像をしながら行動することは生存確率を上げる可能性がある。どうもコンパスは狂っていないようで、この調子ならばあと1日で次の街道に辿り着くはず。そこまでは、できるだけモンスターとの戦闘を避ける必要がある。先の地震でほかのモンスターも怯え、出てこないことを願いたいものだが、逆に興奮しているほうがあり得る話だろう。
「トリス、すまない。情報を収集したいからできるだけ急いで街道にでたい。急ぐことになるがいいか?」
「構わないわ、仕方ない物。それにしても、何かあったら守ってね?ご主人様?」
言われなくてもわかっている。何があっても、お前は守ると決めたさ、そう思いながら、自分は歩みを進めることに。
次回「変革」




