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ネリカに辿り着いたのは空が赤く染まる数刻前。未だに目元は腫れ、顔色もそこまでよくないらしい。それでも、どこかすっきりとした表情だとトリスが言うのは世辞だろうか。
衛兵にギルドカードを見せて中に入る。やることはそんなに多くない。先ずは依頼の達成報告。そして購入していたものを受け取りに向かい、最後に情報収集を。
放射状に広がるネリカの街の道を、中心部に向かって歩く。やはりギルドが中心部もしくは近い位置にあるのはどこの街も同じなようで。そういえば、夜酒を飲もうと考えていたのだった。その事実をふと思い出す。
ギルドに向かい歩く足を止め、買ったものを先に受け取っておこうと考え直す。そうすれば、ギルドからその足ですぐに酒場に行くことができるのだから。基本的にどの街にしろどの村にしろ、ギルドは街の中心的な役割を果たしている。また、ギルドの近くには酒場がある、若しくは酒場がギルドに併設されている。恐らく、ギルドにいるのは冒険者がほとんど。それ故に一番金を落とす冒険者に焦点をあて、それを財源と見込んでわざと客が入りやすいようにギルドの横に立てているのだろう。1日狩りをして、汗に塗れ疲れた体、それをごまかすには酒はもってこい。共に戦い物事を共有したパーティーのメンバーと親睦を深めるのにも酒はもってこい。依頼を失敗し、涙に打ちのめされた時を忘れるのにも酒はもってこい。生死の境を切り抜け、精神的に追い詰められたときにも酒はもってこい。何よりも大きいのは、依頼を達成して財布にゆとりができた時に酒場があれば、誰であろうと飲もうと考えてしまう心理を利用しているのだろう。
酒場というのは街において重要なファクターであろうと思う。当然、大きな街であれば酒場はいくつかある。人々の居住区に近い酒場、これはその街に住む人々に対するもの。酒を飲み、日々の口を言う街を回しているものたちの憩いの場。そしてギルド近くにある冒険者を対象とした酒場。行ったことがないので比較しようがないが、前者と後者では雰囲気が全然違うのだろう。冒険者は金を落とす。確実に街に住み働く人々よりも大量の金をだ。それ故に娼婦も集まる。酒場で金を落としてもらい、娼婦に金を巻き上げてもらう。そしてだいたいそういう場所にはギャンブルも併設されている。そういう事柄は街にとって非常に重要な財源だろう。それがなければ運営が成り立たないのだろうから。ギルドは至る所にあるが、その財源は恐らくその街々のそれと同じであろう。それならば金は出ていく一方、しかも結構な額がだ。故に公営のカジノや娼婦に回収してもらう。阿漕な商売かもしれないが、それで街は運営されていくのだろうと思う。
そんなことをトリスと適当に会話する。どうやら予想はほぼ間違っていないらしい、少なくともプルミエではそうやって運営していたらしいのだから。具体的な額は知らないらしいが。ただ大変らしいですよ、そうも言っていた。冒険者という荒くれと接するだけあって、危険もあるそうだ。まぁ大それたことをしでかせば街から追い出されるが。それでも、あまりに露骨にやりすぎると街から冒険者がいなくなり、それは街のゆるやかな死に直結するらしいのだから。
そうこうしているうちに防具屋につく。まずは昨日頼んだローブと鎧を回収する。防具屋に向かい、それらを回収した足で武具屋に。セットで頼んでいた杖を装備し、今まで持っていた杖はアイテムボックスの中に入れておく。何に使えるかわからない、持っておくに越したことはないだろう。まだ枠に余りはあるのだから。刃先が丸まり、研ごうにも大変になってしまった前のミセリコルデは店に処分してもらうことにする。新しいミセリコルデは長く鋭利な、満足して左腰に差す。
次に市場に向かう。昨日の男は…昨日の位置と寸分たがわない場所に店を広げていた。男に声を掛け、残りの金と引き換えに面を貰う。早速トリスにつけてもらう。
面は口元、顎の1部を除いた楕円の形。ほうれい線のあたりまでしっかりと隠した面。青白い肌が見えるが、そこらへんはフードの暗がりに隠せばそこまで問題ないだろうし、見える部分も広くはない。非常に肌の白い人族もいるのだから。隠したいのは青白い肌もそうだが、右目横から頬に走る長い傷跡、これならば問題はないだろう。デザインは、白く塗られた下地に綺麗に描かれた兎の顔。ヴィヴィッドラビットをよりかわいくしたような面。デフォルメだろうか、随分とセンスがある。感謝を告げ、そこからギルドに向かう。
ギルドで依頼の達成を報告し、報酬金を貰う。今回は依頼にかかれた数程度しか討伐していないため、その通りの金額程度しか手に入ってないが、半ば気分転換だったのだから文句はない。
酒場に入る。昨日ぶりに入った酒場は相も変わらず雑多な空気を醸し出していて。トリスと酒を交わす、ワインを。そういえば、ワインの原料となるブドウはどこで栽培しているのだろうか、プルミエでは街の一角にブドウ畑が存在し、ウルムスにも大麦畑とブドウ畑は存在した。ここではどうなっているのか、近隣の小さな村から買っているのか、それともどこかに畑をもっているのか。地図を見てもそんなスペースは見当たらないことから、どこかに生産用の村を確保してあるのだろう。ラツィア村ほどまでは小規模でないにしても、それに準じた大きさのものだろうと勝手に想像する。その大きさならば、維持にそこまでは金がかからないだろうから。
ワインを開け、干し肉を突きつつチーズなども食べる。トリスと杯を交わしている最中にそれは来た。
「おい、戦争だってよぉ!」
駆け込んでくる親父、額には玉のような汗が噴き出て、息も荒れ荒れ、どれだけ急いできたのかが一目でわかるような。
酒場の喧騒がピタリと止み、全員が話を聞く。
親父が持ってきた情報はこれだ。11月終わり、騎士団は新大陸が西に存在すると聞き、冒険者を募り、傭兵を募り派兵したそうだ。そして今は1月、件の軍隊の生き残りがこちらに逃げのびてきて反撃に来ると述べたらしい。
何のことはない、教団は新たな指示のもととなる土台が欲しかった。貴族は税を取り立てるための植民地が欲しかった。そこまで遠くない位置に大陸があることを発見した彼らは群を送り支配しようとした。よくある話だ。馬鹿げている、それでいて向こうに返り討ちにされたと。間抜けなことだ。全く戦力のわからない状態で兵を送り叩こうとする、その強襲しようという試みは評価できるのかもしれないが。そして向こうは日にちを指定してきているらしい。4月、今より3月後。その時に攻め入る、準備をしておけと。これは聖戦、理由もなく地を焼かれ、散らされた命の為の戦であると。
聞いていてすぐわかる、向こうもこちらに攻め入ろうとしていたのではないか。しかし理由はこちらが丁寧に風呂敷に包んで持っていった、向こうは錦の御旗掲げつつ揚々と突っ込んでくるわけだ。月まで指定するという皮肉なことをしながら。
そのため教団は3月までに兵力を集める必要があり、冒険者に結集を頼んでいるそう。報酬もでる、その言葉に酒場は活気づく。今までこちらに攻めてくる大陸はなかったらしい、故にわかっていないのだろうか。
「くだらない、トリス、行こうか。」
「参加しなくていいの?いや、してほしいわけではないのだけれど。」
恐らく、参加したならば報酬と称号、騎士団より渡される名誉の証でもついてくるのだろう。おおかたそれらが目当ての冒険者を募るつもりだろうが、防衛線で報酬もくそもあるか。
「馬鹿げてるね。こんな話聞きたくもない。」
そう言って酒場から出る。
すっかり漆黒に染まった空には数多の星が瞬いていた。




