別れ 第二話
ジリリリリリリ・・・
無機質な音があたりの空気をかき乱し始めた。一日の始まりを告げる不協和音である
「うっうん…」
俊哉はぼやける意識の中、静けさを求めるべく慣れた手つきでその音源の元へ手を伸ばした
その中で昨日のことを無意識ながらに回想していた。
まるで映画のワンシーンを繰り返すように俊哉の脳内に再生される
「はぁ・・ちくしょう・・」
朝といえど夏である。一枚のタオルケットを勢いよく跳ね除け滴る汗をぬぐった
そしていつもと違って目元が腫れぼったいのを感じた
夢の中でずっと泣いていたんだろうか・・
今は学生にとっては至福の時である夏休み
俊哉も例にならい長期の休みに身を預けていた
とはいえ一日中遊びまわるわけにはいかないのが現状であった。いかんせん俊哉は高校3年生、受験シーズンだった
しかし今日は勉強とは違う予定が入っていた
俊哉はのっそりと独り言を呟いた
「学祭の練習・・・か」
彼の通う高校には毎年9月の中旬に学園祭が執り行われるのが恒例であった
特に3年生は受験勉強もある中、各クラスで各々取り決めた演劇を行うのがこの学校の伝統でもあった。
そして俊哉もまたその流れに沿い、練習に励んでいた
「今日は・・・はぁダメだ・・きつすぎる・・・」
自ら出した答えであれど、人間の記憶回路なんてハードディスクのように簡単に消したり上書きできるものではない
重くのしかかる現実に身を潰されそうな感覚にみまわれて当然なのだ
「1日で忘れられるかよ…」
俊哉は全身を襲う気だるさからでる吐息のように言葉を放った
ふといつのも癖からかおもむろに携帯を手に取った
「あ・・」
携帯の壁紙には自分とかつての恋人『雪』が満面の笑顔でこちらを見ていた
今の彼にとってこれほど強力な精神不安定要素があるだろうか
俊哉は無言で『雪』と築いてきたその思い出の調べをことごとく消し去る作業に没頭した
まるで座禅をくんでるかのような静寂の中、携帯をいじる音だけが鳴った
もはや彼には考える力も残ってはいなかった
ただ作業が終わると同時に、まるで力尽きるかの如く再び深い眠りについた
この記憶がいつか思い出話にならないかとそう心が叫んでいるかのように
今は忘れることが一番の薬であることを本能が知っていたかのように・・・