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1 嵐の夜に



 リオは、誰かに呼ばれた気がして、振り返った。

「………」

 目を凝らしてみても、薄暗い闇の中に見慣れた帰宅路が広がるだけ。

 耳を澄ましてみても、傘を打つ雨の音が五月蠅いだけ。

「……気のせい、かな」

 大通りの方では自動車のエンジン音が途切れないし。

 台風も近付いて来てるみたいで、雨も強くなってるし。

 うん、気のせいだ。

 リオはそう結論付けて、肩からずり落ちかけたスクールバックを引き上げた。

 夕食時の住宅街だし、大方どっかの子供の声が漏れ聞こえたんだろう。

「………」

 リオは、もう一度振り返ってみた。

 あの家だろうか、それともあっちか。

 薄暗闇の中、暖かそうなオレンジ色の灯りが家々から溢れている。

 お母さんが料理を運んでくる。幼い子供たちも一生懸命に手伝う。

 準備が整ったところに、仕事で疲れたお父さんが帰ってきて。

 一つの食卓を囲い、楽しそうに談笑する暖かい家庭の光景が目に浮かんだ。

「……寒いなぁ」

 冷たい雨の降る外で、リオは一人呟いた。

 その瞳は少しだけ、本当に少しだけ、寂しそうだった。

 しかし、その感傷も一瞬で消え去った。

 ぼうっとしているリオを、暴雨が襲ったのだ。

「うひゃあ」

 傘を斜め前に構え、矢のように降る雨を防ぐが、やはりズボンはべしゃべしゃだ。

 早く帰ろう。それから制服を乾かして、ご飯作って。

 リオは帰ってからやることに優先順位をつけながら、足を速めた。

 そんな時、リオの足元にボールが風に飛ばされ転がってきた。

 ころころ近づいてくるボールの進行方向を変えようと、足を伸ばすリオ。

 ところが、

「ひぃ!!」

 思わず悲鳴が口をついて出た。

 なぜなら、

 ボールが、伸ばされたリオの足にしがみついたのだ。がしっと。

(なにこれなにこれなにこれぇぇええっっ!!)

 リオは混乱している。

 ボールを振り落とそうと足を振り回すが、ボールは離れない。

 それどころか、よじよじと登ってくるではないか。

(ぎぃぃやぁぁああああっっ!!!)

 リオは混乱以下略。

 ボールはよじよじ登ってくる。

 よじよじよじよじ

 よじよじよじよじ

 よじよじ……

 泥だらけの動くボールは、リオの肩に到着すると、一言

「まなー」

 と鳴いた。小動物が甘えるような鳴き声だった。

 その瞬間、


 リオの頭は完璧に、真っ白になった。





 気づいたら、マンションの自室前にいた。当たり前だが、部屋に電気は点いていない。

 傘はどこかで落としたのか持っていなく、制服は水を吸って重く体にのしかかる。

 下着まで全てがぐしょぐしょで、とても気分のいいものじゃない。

 ふと肩に視線をやるが、なにもなかった。泥だらけのボールとか、なにもなかった。

 リオはホッと息を吐いた。

 なんだ、夢か。

 この大雨の中、道端で、どうしたら夢なんか見れるのかという話は別にして。

 なんとなく頭が重いし、きっと風邪でも引いて、幻覚を見たのだろうと無理やり納得。

 ……早く寝よう。風邪引いた時は寝るのが一番。

 リオは鍵を開け、玄関の電気を点けた。

 一人で住むには広すぎるマンションの一室、やはり人気はない。

 リオは黙って風呂場に直行すると、ぐしょぐしょになって色が変っている制服を脱いだ。

「あー、明日制服どうしよう……」

「まー?」

「普通に乾燥器にかけていいのかなぁ……」

「まなー」

「それか明日はジャージで行くとか……」

「まーなー」

「つーか、頭おも……」

 風呂場に併設された洗面所の鏡に目をやり、リオは再び固まった。

 まさに瞬間冷凍されたように、固まった。

 どうも頭が重いと思ったら、それは風邪や疲労の為の頭痛ではなく、



 本物の――泥だらけの動くボールの、重さだったのだ。






*** 

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