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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

喜んで欲しいのは、君のほう。

掲載日:2026/08/01

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第35弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「次へ進ませるのは、君のほう。」の後の話です。


 新居に持っていく荷物は少ない。

 元々物が多くないこともあったけれど。


「…………」


 結局荷物は木箱二つと、服の入った袋。日用品袋と、新居用のカーテンの入った布包み……たったこれだけの前で、オルガは表情を強張らせた。


「えぇ……?」


 小さく洩らすと、ノインが不思議そうにした。


「どうしました?」

「ど、どうしましたって……」


 ちら、とそちらを見る。


 ふすん、と息を吐く……馬。


(……でっか)


 手綱を持っているノインが小さく笑う。


「荷物を運びましょう」

「……」


 馬とノインを交互に見る。


(騎士団から借りてきたのかな……こわい)


 村にも馬はいたけど、村のものだったわけで、少し触ったことがあるだけだ。

 それにこんなに大きくなかった。


 深い茶の毛色に、たてがみと尾は黒。……やっぱりちょっとこわい。


 ノインは箱を二つ馬の鞍の両側に括りつけ、その上に袋を固定した。


「あっ、これは私が持つから!」


 布包みを抱えると、少しだけ思案されたけど、なにも言わなかった。


**


 石畳の道を、歩く。

 通りの両側には似たような石造りの家が並ぶ。


 二階建てが多く、窓には木の雨戸。

 洗濯物を干す縄が渡されている家もあれば、鉢植えが並ぶ家もある。


 裏通りに入り、目当ての家はすぐに目に入った。


 低い石塀に囲まれた、小さな庭。

 通りに面した、背丈ほどの高さの木の門。


(…………)


 一度だけ来た、ノインの買った……家。


 門を押して中に踏み入れる。


 土の上には細い石の小道があり、玄関まで伸びている。

 両脇には背の低い草木がある。


 視線をゆっくり上げる。


 二階建ての家は灰色の石壁で、赤茶の屋根瓦だ。

 正面の窓は二つ。二階にも二つ。どちらにも木の雨戸がついている。


 この家の位置は6区の外縁で7区寄り。倉庫区とされる場所から、平民区への入り口のようなところだ。


 わりと静かだなと思ってしまうが……とんでもないことに今更気づいた。


(……もしかして)


 もしかしなくても。


 オルガは少しだけ顔を引きつらせる。


(この家、通りの中で一番敷地が広くない……?)


 まさかあ。気のせいだよね……?


「はは、は……」


 乾いた笑いが小さく出てしまった……。


「馬を繋ぐので裏庭へ行きましょう」


 裏庭……。


 家の脇にある細い通路へと、ノインが進む。そんなところに……と、オルガは続いた。


 家の裏手に来ると、丸い石で囲まれた井戸が目に入った。


(フフフ……)


 自家井戸があるというのは本気で嬉しい。


 木の桶が縁にかけられているし、水汲みのための縄は新しい。

 裏口の横には、薪を積んだ雨除けの屋根のついた棚がある。


(!? んんっ!? 薪が準備されてる!)


 慌ててノインの背中と薪を交互に見てしまった。一体いつの間に……!


 自分が家で呑気に生活している間にも、ここに来ていたとは……。


(言ってよ……!)


 ぷるぷる震えてしまうが、ハッとした。


(あれ……?)


 放置されていたはずの厩舎が……直されてる!?


 屋根は家と同じ瓦だけど、壁は簡素な木板だ。


 あれえ!?


 横開きの木の扉を開けると、馬が慣れた様子で中に入っていった。


「???」


 ノインは縄を解くと、箱を一つ下ろした。


「その包みはあとにしましょう。箱と、こっちの袋を先に運びましょうか」

「うん」


 汚れないようにと置いてから、布袋を持つ。二つ持てそう。


 二人で二往復して居間へとすべて運び終えた。

 完全に修繕が終わっているそこに。


(家具……が)


 選んだ家具がある。ちゃんと、ここに。


 食器棚と、あの小さな机が搬入されていてきちんと備え付けられている。


(わ、ぁ……)


 落ち着かない気分になった。


「カーテンからつけますか?」

「う、うん」


 外から丸見えは困るし、先にカーテンのほうがいい。


 そう思ったものの……。


「ぐ、ぬ……」


 ノインがテキパキとカーテンをつけてしまった。


(く、くっそ……背が、私だって背が高ければ……!)


 少し背伸びしたらカーテンレールに届くとか……どうなってるの……。


(私なんて背伸びしたって届かないのに……)


 下でカーテンを支えるだけになってしまった。


「なぜ睨むんですか……」

「うぅ……」


 柔らかいクリーム色のカーテンは、嬉しいけど……。


「ノインって身長いくつなの?」

「突然どうしたんです……? 182ですけど」


 私より30センチ高い……!


「寝室のもつけよっか……。私、あんまり役に立ってないね、ごめん……」

「? なにを落ち込んでるんですか?」

「二階行こう」


 階段を上がり、廊下を進んで寝室の扉を開ける。


「あ」


 背後でノインの声が聞こえたので「ん?」と思った、けど。


 室内に視線を遣って、その場で硬直した。


 寝室の中央にある……ベッド。


「………………………………でっか」


 え? 一番でかいんだけど、この家の中で。


 恐る恐る振り向くと、ノインが視線を逸らした。


 もう一度、寝室へと視線を戻す。


 窓際には小さな書き物机があるが、やはり目がいくのはベッドだ。めちゃくちゃ大きいわけではないが……。


(幅が私の身長よりあるんじゃない……?)


 ノインほどはないとは思うけど。


 こんなベッドは見たこともない。

 村のベッドは木枠に薄い敷布で、ノインの借家のも簡素なもので。


 そっと近づき、触れる。


「…………」


 表面は柔らかい。


「???」


 ごろん、と転がってみる。


 沈み過ぎない。それに。


(?? なん……?)


 うまく表現できないけど、妙なこだわりは感じる。


 羊毛の敷き布団の上に、綿を詰めたマット……?

 やや硬めの上に……柔らかいものを……? なぜ???


 隅に畳んで置いてあるけど、あれは。


(……羽毛入りの薄い寝具??)


 はあ???


 厚い扉のところにいるノインは寝室の厚手のカーテンを抱えたまま、視線を合わせない。


「ノイン……」

「……はい」


 お話に出て来るみたいな、天涯のついたお姫様の使うベッドじゃないけど。


「いくら使ったの」


 絶対にこれは特注だと思うんだけど!?


 ノインは渋っていたけど、やがて小さく溜息をついた。


「金貨二枚ほどです」


 ベッドから滑り落ちてお尻を床で打ってしまう。


「オルガ!?」

「だ、だいっ、大丈夫……」


 びっくりした……。


(ノインの月収とほぼ同じくらい……)


 前のベッドは棄てた……新しいものは頼んだ……なるほど。


(ノインが寝室にこだわりがあるのはわかったよ……)


 借家では睡眠時間を疎かにするところがあったけど……。


(やっと大事だって気づいたのかな……)


 それなら、いいけどな。


 寝室のカーテンをつけるとやたらと室内を静かに感じた。


「ゆっくり寝られそうだね」


 微笑むと、ノインがうっすら笑う。


「はい。これなら音もかなり遮断されそうです」

「?? 遮断?」


 そういえば音漏れがどうとか言ってたな……。



 居間にはまだ荷物が置かれたままだけど。


(いざ、お隣さんへご挨拶!)


 家々の壁には午後の日差しが斜めに落ちている。

 遠くで荷馬車の車輪の軋む音が聞こえた。


 右隣の家の木の扉の横には、荷車の車輪が立てかけられている。


 ノインが軽く扉を叩くと、少ししてから内側で足音がした。


(うわああああああ!)


 慌ててスカートの裾を指先で整える。


 出てきたのは、日に焼けた腕の男性だった。


「お?」


 腕まくりをしたシャツに革の腰帯の男性は、オルガとノインを見て眉を上げる。


「今日、隣に越してきました。ノインです」


 一歩前に出て軽やかに微笑んで挨拶をするノインに続き、慌てて頭を下げた。


「お、オルガです。よろしくお願いします」

「ああ、隣の馬の家か!」


 声おっきい。


(馬の家……?)


 その声に釣られたのか、家の中から小さな足音が走ってくるのが聞こえた。


「父ちゃん、誰?」


 現れたのはまだ幼い男の子だ。

 ノインを見て驚いている。


「でっかぁ……!」


 すらっとしてて姿勢もいいうえ、長身。確かに、子どもからすればそういう感想になるだろう。


 オルガは屈んで視線を合わせた。


「こんにちは」

「…………」


 目を丸くされ、不思議そうに瞬きを繰り返される。


(あ、あれぇ……。で、でも初対面でいつものノリで話すわけにも……)


「こんにちわ!」


 よ、良かった。


 元気よく返されて安堵する。


「まあ、隣同士だ。よろしく頼むよ」


 豪快に笑う男性に軽く頭を下げ、家から離れる。


 そのまま通りを少し歩き、左隣の家の前まで来た。

 少し雰囲気が先ほどの家と違っている。


 窓の外に革の切れ端が干されているのが見えた。扉の横には、小さな看板。


(靴の絵……?)


 ノインが扉を叩く。


 しばらくして、静かに扉が開いた。

 出てきたのは、落ち着いた顔の女性だった。


 後ろのほうからなにかを打つ軽い音。


「はい?」

「隣に越してきました。ノインです」

「オルガです。よろしくお願いします」


 あら、と女性が柔らかく微笑んだ。家の奥を振り返った。


「あなた、隣の方よ」


 奥から無口そうな男性が顔を出す。手には道具が握られていた。


「……よろしく」


 短い。


 女性が微笑んだ。


「靴の修理なら、いつでも持ってきてくださいね」


 あ、もしかして革を打っていたということかな。


(奥は工房?)


 修理屋さんかぁ……これはとても助かる。


 家から離れて、オルガはその場に少ししゃがみ込んだ。


「お、終わった……緊張した……」


 はぁー、と息を吐く。


「ふふ。お疲れ様です」


 通りはとても静かだ。


「右隣の人って……なにしてるんだろう?」

「運送だと思います」

「ああ! だから庭先に手綱とか縄が干されてたんだね」


 そっかぁ。と思いつつ立ち上がり、ふいに左側に視線を向けた。


 靴の修理の家を挟んだ、自分たちの家とは反対側にある、古い家。

 その軒先には洗濯物が揺れていた。


「……あそこも挨拶に行ったほうがいいかな?」


 隣の隣、ではあるけど。


「どちらでもいいですよ」

「うーん」


 まあ目につくのは、このくらいだし。


「行こう、ノイン」

「……わかりました」


 家の前まで来て、ノインが扉を叩く。


 出てきたのは、まだ若い女性だった。腕には洗濯かごを抱えている。


「はい?」

「靴修理の方の隣に越してきました。ノインです」

「オルガです。よろしくお願いします」


 女性は少し驚いた顔をしてから、すぐに笑顔になった。


「まあ、そうなの。よろしくね」


 家の中から、小さな子どもが顔を覗かせる。


「母さん、誰?」

「引っ越してきた人たちよ」

「?」


 子どもは不思議そうにオルガとノインを見比べている。


「私は洗濯の仕事をしてるの。なにかあったら言ってね」

「ありがとうございます」


 挨拶を終えて、通りを戻る。

 夕方の光が、屋根の上を赤く染めていた。


「みんないい人そうだった!」


 良かった!


 玄関の扉を開けながら、ノインが「そうですね」と小さく言う。


 荷物がそのままの居間に戻ってから「あ」とオルガは気づいた。


「つ、妻ですって言うの忘れてた……!」


 ガーンとショックを受けていると、ノインが吹き出している。


「なんで笑うの!?」

「か、かわいくてつい……。すみません」

「うぅ」


 姓がないから、名乗らないとわからないのに……。

 機会が巡ってくるのを待つしかない。かなしい。



 疲れているので今日はもう寝ようという話になり、夕食を軽くとってお風呂から上がるとそのまま寝室に向かった。


 うーん。


 ドアを開けると見慣れないでっかいベッドに戸惑ってしまう。


 やっぱりでか過ぎる。


 そういえばいつもシャツとズボン姿なのに、ノインは下穿きに長シャツ姿だ。


(あれえ? もしかしてこれがノインの寝る時の本来の格好なのかな……?)


 ベッドに腰掛けてから「あれ?」とそちらに目が行く。


 ベッドから斜めに見える位置の壁に、胸から上が映る控え目な装飾の鏡が飾ってある。

 借家の鏡はかなり小さくて使いづらいものだった、けど……。


「身支度に必要だと思ったので」

「…………」


 鏡だって、安くはないのに。


 嬉しいと言うべきか、ありがとうと言うべきか迷っていると、ノインが近づいてきて目の前に屈んだ。


 差し出されたものに、オルガは困惑する。


「?? なにこれ」

「毛布です」


 はい?


 細い羊毛の、乳白色寄りの生成り色。

 触るとほんの少し光沢が見える。

 ほんのり甘い、乾いた草の香りがする手触りのいい……ふわっとした毛布だ。


「昼寝に使ってください」


 昼寝!?


 驚きで硬直していると、さらに渡される。


「?????」


 えっ!?


 灰みがかった桃色の落ち着いた色合いのショールだ。


(ノインの目の色より少し淡い……)


 きれい……。


 細い織り糸で、軽いけど温かい。

 端に小さな刺繍がある。


「十分な長さがあるので、肩に掛けても前で結べると思います。

 日除けや、冷え防止に使ってください」

「………………」


 どうしよう。


(嬉しい……)


 両手がいっぱいなんだけど。


「あ、ありが」

「それと、これも」


 まだあるの!?


「も、もう持てないんだけど」

「ふふっ。これで最後です」


 ノインの掌の上には、小ぶりだけど厚みのあるガラス瓶がある。

 透き通った深い琥珀色のなにかが、入ってる。


「?」

「野花の蜂蜜です」

「はちっ!?」


 蜂蜜は高価なものだ。


「料理にも使えるものですけど」


 料理と聞いて一瞬「あ」と肩から力が抜けたのに。


「お風呂上がりのお茶の代わりに、蜂蜜湯を飲んではどうですか?」

「……………………」


 そんな、贅沢。


 両腕で抱える毛布と、ショール。こんなもの、誰もくれたことない。


「喉にも良いと聞きましたから」

「……ありがとう」


 こんなにたくさん……。


 ありがとうなんて言葉じゃ、全然足らない。


(私、なんにも用意してない……)


 どうしよう。すぐにでもお返ししたい。


「あのね!」

「? はい」

「私にできることあったら言ってね!?」

「…………」


 驚いているノインに勢い込んで、続ける。


「ノインのお願い、なんでも叶えてあげる!」

「………………あの」

「うん?」

「じゃあ、お願いがあるんですが……いいですか?」


 真剣な表情に、オルガは頷く。


「いいよ。なんでも言って」

「君と色々試してみたいので、許可をください」

「…………」


 なんて?


「いろいろ? なに?」

「君にとってもっといい位置があるかもしれませんし、当たるところを模索したいので……」

「…………」

「君が深いところが苦手なのはわかってます。浅いところがいいのもわかってますけど、その、深いところもいいと思って欲しくて……」


 顔が真っ赤なんだけど……。


 ――――ん?


(んんん!?)


 で、でも、ま、まあ。


「わかった! なんでも来い!」


 ちゃんとしたお返しは、また今度きちんとあげよう。


 ちょっとだけ肩を落として、抱えたものの感触を確かめる。


「明日からでいい? 今日はノインにぎゅっとしてもらって寝た、い……」

「…………」


 心の中が嬉しさでいっぱい過ぎて。


 ノインは驚いたように目を丸くしたあと、「はい」と微笑んだ。


(たくさんたくさん、ありがとうノイン……!)


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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