喜んで欲しいのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第35弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「次へ進ませるのは、君のほう。」の後の話です。
新居に持っていく荷物は少ない。
元々物が多くないこともあったけれど。
「…………」
結局荷物は木箱二つと、服の入った袋。日用品袋と、新居用のカーテンの入った布包み……たったこれだけの前で、オルガは表情を強張らせた。
「えぇ……?」
小さく洩らすと、ノインが不思議そうにした。
「どうしました?」
「ど、どうしましたって……」
ちら、とそちらを見る。
ふすん、と息を吐く……馬。
(……でっか)
手綱を持っているノインが小さく笑う。
「荷物を運びましょう」
「……」
馬とノインを交互に見る。
(騎士団から借りてきたのかな……こわい)
村にも馬はいたけど、村のものだったわけで、少し触ったことがあるだけだ。
それにこんなに大きくなかった。
深い茶の毛色に、たてがみと尾は黒。……やっぱりちょっとこわい。
ノインは箱を二つ馬の鞍の両側に括りつけ、その上に袋を固定した。
「あっ、これは私が持つから!」
布包みを抱えると、少しだけ思案されたけど、なにも言わなかった。
**
石畳の道を、歩く。
通りの両側には似たような石造りの家が並ぶ。
二階建てが多く、窓には木の雨戸。
洗濯物を干す縄が渡されている家もあれば、鉢植えが並ぶ家もある。
裏通りに入り、目当ての家はすぐに目に入った。
低い石塀に囲まれた、小さな庭。
通りに面した、背丈ほどの高さの木の門。
(…………)
一度だけ来た、ノインの買った……家。
門を押して中に踏み入れる。
土の上には細い石の小道があり、玄関まで伸びている。
両脇には背の低い草木がある。
視線をゆっくり上げる。
二階建ての家は灰色の石壁で、赤茶の屋根瓦だ。
正面の窓は二つ。二階にも二つ。どちらにも木の雨戸がついている。
この家の位置は6区の外縁で7区寄り。倉庫区とされる場所から、平民区への入り口のようなところだ。
わりと静かだなと思ってしまうが……とんでもないことに今更気づいた。
(……もしかして)
もしかしなくても。
オルガは少しだけ顔を引きつらせる。
(この家、通りの中で一番敷地が広くない……?)
まさかあ。気のせいだよね……?
「はは、は……」
乾いた笑いが小さく出てしまった……。
「馬を繋ぐので裏庭へ行きましょう」
裏庭……。
家の脇にある細い通路へと、ノインが進む。そんなところに……と、オルガは続いた。
家の裏手に来ると、丸い石で囲まれた井戸が目に入った。
(フフフ……)
自家井戸があるというのは本気で嬉しい。
木の桶が縁にかけられているし、水汲みのための縄は新しい。
裏口の横には、薪を積んだ雨除けの屋根のついた棚がある。
(!? んんっ!? 薪が準備されてる!)
慌ててノインの背中と薪を交互に見てしまった。一体いつの間に……!
自分が家で呑気に生活している間にも、ここに来ていたとは……。
(言ってよ……!)
ぷるぷる震えてしまうが、ハッとした。
(あれ……?)
放置されていたはずの厩舎が……直されてる!?
屋根は家と同じ瓦だけど、壁は簡素な木板だ。
あれえ!?
横開きの木の扉を開けると、馬が慣れた様子で中に入っていった。
「???」
ノインは縄を解くと、箱を一つ下ろした。
「その包みはあとにしましょう。箱と、こっちの袋を先に運びましょうか」
「うん」
汚れないようにと置いてから、布袋を持つ。二つ持てそう。
二人で二往復して居間へとすべて運び終えた。
完全に修繕が終わっているそこに。
(家具……が)
選んだ家具がある。ちゃんと、ここに。
食器棚と、あの小さな机が搬入されていてきちんと備え付けられている。
(わ、ぁ……)
落ち着かない気分になった。
「カーテンからつけますか?」
「う、うん」
外から丸見えは困るし、先にカーテンのほうがいい。
そう思ったものの……。
「ぐ、ぬ……」
ノインがテキパキとカーテンをつけてしまった。
(く、くっそ……背が、私だって背が高ければ……!)
少し背伸びしたらカーテンレールに届くとか……どうなってるの……。
(私なんて背伸びしたって届かないのに……)
下でカーテンを支えるだけになってしまった。
「なぜ睨むんですか……」
「うぅ……」
柔らかいクリーム色のカーテンは、嬉しいけど……。
「ノインって身長いくつなの?」
「突然どうしたんです……? 182ですけど」
私より30センチ高い……!
「寝室のもつけよっか……。私、あんまり役に立ってないね、ごめん……」
「? なにを落ち込んでるんですか?」
「二階行こう」
階段を上がり、廊下を進んで寝室の扉を開ける。
「あ」
背後でノインの声が聞こえたので「ん?」と思った、けど。
室内に視線を遣って、その場で硬直した。
寝室の中央にある……ベッド。
「………………………………でっか」
え? 一番でかいんだけど、この家の中で。
恐る恐る振り向くと、ノインが視線を逸らした。
もう一度、寝室へと視線を戻す。
窓際には小さな書き物机があるが、やはり目がいくのはベッドだ。めちゃくちゃ大きいわけではないが……。
(幅が私の身長よりあるんじゃない……?)
ノインほどはないとは思うけど。
こんなベッドは見たこともない。
村のベッドは木枠に薄い敷布で、ノインの借家のも簡素なもので。
そっと近づき、触れる。
「…………」
表面は柔らかい。
「???」
ごろん、と転がってみる。
沈み過ぎない。それに。
(?? なん……?)
うまく表現できないけど、妙なこだわりは感じる。
羊毛の敷き布団の上に、綿を詰めたマット……?
やや硬めの上に……柔らかいものを……? なぜ???
隅に畳んで置いてあるけど、あれは。
(……羽毛入りの薄い寝具??)
はあ???
厚い扉のところにいるノインは寝室の厚手のカーテンを抱えたまま、視線を合わせない。
「ノイン……」
「……はい」
お話に出て来るみたいな、天涯のついたお姫様の使うベッドじゃないけど。
「いくら使ったの」
絶対にこれは特注だと思うんだけど!?
ノインは渋っていたけど、やがて小さく溜息をついた。
「金貨二枚ほどです」
ベッドから滑り落ちてお尻を床で打ってしまう。
「オルガ!?」
「だ、だいっ、大丈夫……」
びっくりした……。
(ノインの月収とほぼ同じくらい……)
前のベッドは棄てた……新しいものは頼んだ……なるほど。
(ノインが寝室にこだわりがあるのはわかったよ……)
借家では睡眠時間を疎かにするところがあったけど……。
(やっと大事だって気づいたのかな……)
それなら、いいけどな。
寝室のカーテンをつけるとやたらと室内を静かに感じた。
「ゆっくり寝られそうだね」
微笑むと、ノインがうっすら笑う。
「はい。これなら音もかなり遮断されそうです」
「?? 遮断?」
そういえば音漏れがどうとか言ってたな……。
*
居間にはまだ荷物が置かれたままだけど。
(いざ、お隣さんへご挨拶!)
家々の壁には午後の日差しが斜めに落ちている。
遠くで荷馬車の車輪の軋む音が聞こえた。
右隣の家の木の扉の横には、荷車の車輪が立てかけられている。
ノインが軽く扉を叩くと、少ししてから内側で足音がした。
(うわああああああ!)
慌ててスカートの裾を指先で整える。
出てきたのは、日に焼けた腕の男性だった。
「お?」
腕まくりをしたシャツに革の腰帯の男性は、オルガとノインを見て眉を上げる。
「今日、隣に越してきました。ノインです」
一歩前に出て軽やかに微笑んで挨拶をするノインに続き、慌てて頭を下げた。
「お、オルガです。よろしくお願いします」
「ああ、隣の馬の家か!」
声おっきい。
(馬の家……?)
その声に釣られたのか、家の中から小さな足音が走ってくるのが聞こえた。
「父ちゃん、誰?」
現れたのはまだ幼い男の子だ。
ノインを見て驚いている。
「でっかぁ……!」
すらっとしてて姿勢もいいうえ、長身。確かに、子どもからすればそういう感想になるだろう。
オルガは屈んで視線を合わせた。
「こんにちは」
「…………」
目を丸くされ、不思議そうに瞬きを繰り返される。
(あ、あれぇ……。で、でも初対面でいつものノリで話すわけにも……)
「こんにちわ!」
よ、良かった。
元気よく返されて安堵する。
「まあ、隣同士だ。よろしく頼むよ」
豪快に笑う男性に軽く頭を下げ、家から離れる。
そのまま通りを少し歩き、左隣の家の前まで来た。
少し雰囲気が先ほどの家と違っている。
窓の外に革の切れ端が干されているのが見えた。扉の横には、小さな看板。
(靴の絵……?)
ノインが扉を叩く。
しばらくして、静かに扉が開いた。
出てきたのは、落ち着いた顔の女性だった。
後ろのほうからなにかを打つ軽い音。
「はい?」
「隣に越してきました。ノインです」
「オルガです。よろしくお願いします」
あら、と女性が柔らかく微笑んだ。家の奥を振り返った。
「あなた、隣の方よ」
奥から無口そうな男性が顔を出す。手には道具が握られていた。
「……よろしく」
短い。
女性が微笑んだ。
「靴の修理なら、いつでも持ってきてくださいね」
あ、もしかして革を打っていたということかな。
(奥は工房?)
修理屋さんかぁ……これはとても助かる。
家から離れて、オルガはその場に少ししゃがみ込んだ。
「お、終わった……緊張した……」
はぁー、と息を吐く。
「ふふ。お疲れ様です」
通りはとても静かだ。
「右隣の人って……なにしてるんだろう?」
「運送だと思います」
「ああ! だから庭先に手綱とか縄が干されてたんだね」
そっかぁ。と思いつつ立ち上がり、ふいに左側に視線を向けた。
靴の修理の家を挟んだ、自分たちの家とは反対側にある、古い家。
その軒先には洗濯物が揺れていた。
「……あそこも挨拶に行ったほうがいいかな?」
隣の隣、ではあるけど。
「どちらでもいいですよ」
「うーん」
まあ目につくのは、このくらいだし。
「行こう、ノイン」
「……わかりました」
家の前まで来て、ノインが扉を叩く。
出てきたのは、まだ若い女性だった。腕には洗濯かごを抱えている。
「はい?」
「靴修理の方の隣に越してきました。ノインです」
「オルガです。よろしくお願いします」
女性は少し驚いた顔をしてから、すぐに笑顔になった。
「まあ、そうなの。よろしくね」
家の中から、小さな子どもが顔を覗かせる。
「母さん、誰?」
「引っ越してきた人たちよ」
「?」
子どもは不思議そうにオルガとノインを見比べている。
「私は洗濯の仕事をしてるの。なにかあったら言ってね」
「ありがとうございます」
挨拶を終えて、通りを戻る。
夕方の光が、屋根の上を赤く染めていた。
「みんないい人そうだった!」
良かった!
玄関の扉を開けながら、ノインが「そうですね」と小さく言う。
荷物がそのままの居間に戻ってから「あ」とオルガは気づいた。
「つ、妻ですって言うの忘れてた……!」
ガーンとショックを受けていると、ノインが吹き出している。
「なんで笑うの!?」
「か、かわいくてつい……。すみません」
「うぅ」
姓がないから、名乗らないとわからないのに……。
機会が巡ってくるのを待つしかない。かなしい。
*
疲れているので今日はもう寝ようという話になり、夕食を軽くとってお風呂から上がるとそのまま寝室に向かった。
うーん。
ドアを開けると見慣れないでっかいベッドに戸惑ってしまう。
やっぱりでか過ぎる。
そういえばいつもシャツとズボン姿なのに、ノインは下穿きに長シャツ姿だ。
(あれえ? もしかしてこれがノインの寝る時の本来の格好なのかな……?)
ベッドに腰掛けてから「あれ?」とそちらに目が行く。
ベッドから斜めに見える位置の壁に、胸から上が映る控え目な装飾の鏡が飾ってある。
借家の鏡はかなり小さくて使いづらいものだった、けど……。
「身支度に必要だと思ったので」
「…………」
鏡だって、安くはないのに。
嬉しいと言うべきか、ありがとうと言うべきか迷っていると、ノインが近づいてきて目の前に屈んだ。
差し出されたものに、オルガは困惑する。
「?? なにこれ」
「毛布です」
はい?
細い羊毛の、乳白色寄りの生成り色。
触るとほんの少し光沢が見える。
ほんのり甘い、乾いた草の香りがする手触りのいい……ふわっとした毛布だ。
「昼寝に使ってください」
昼寝!?
驚きで硬直していると、さらに渡される。
「?????」
えっ!?
灰みがかった桃色の落ち着いた色合いのショールだ。
(ノインの目の色より少し淡い……)
きれい……。
細い織り糸で、軽いけど温かい。
端に小さな刺繍がある。
「十分な長さがあるので、肩に掛けても前で結べると思います。
日除けや、冷え防止に使ってください」
「………………」
どうしよう。
(嬉しい……)
両手がいっぱいなんだけど。
「あ、ありが」
「それと、これも」
まだあるの!?
「も、もう持てないんだけど」
「ふふっ。これで最後です」
ノインの掌の上には、小ぶりだけど厚みのあるガラス瓶がある。
透き通った深い琥珀色のなにかが、入ってる。
「?」
「野花の蜂蜜です」
「はちっ!?」
蜂蜜は高価なものだ。
「料理にも使えるものですけど」
料理と聞いて一瞬「あ」と肩から力が抜けたのに。
「お風呂上がりのお茶の代わりに、蜂蜜湯を飲んではどうですか?」
「……………………」
そんな、贅沢。
両腕で抱える毛布と、ショール。こんなもの、誰もくれたことない。
「喉にも良いと聞きましたから」
「……ありがとう」
こんなにたくさん……。
ありがとうなんて言葉じゃ、全然足らない。
(私、なんにも用意してない……)
どうしよう。すぐにでもお返ししたい。
「あのね!」
「? はい」
「私にできることあったら言ってね!?」
「…………」
驚いているノインに勢い込んで、続ける。
「ノインのお願い、なんでも叶えてあげる!」
「………………あの」
「うん?」
「じゃあ、お願いがあるんですが……いいですか?」
真剣な表情に、オルガは頷く。
「いいよ。なんでも言って」
「君と色々試してみたいので、許可をください」
「…………」
なんて?
「いろいろ? なに?」
「君にとってもっといい位置があるかもしれませんし、当たるところを模索したいので……」
「…………」
「君が深いところが苦手なのはわかってます。浅いところがいいのもわかってますけど、その、深いところもいいと思って欲しくて……」
顔が真っ赤なんだけど……。
――――ん?
(んんん!?)
で、でも、ま、まあ。
「わかった! なんでも来い!」
ちゃんとしたお返しは、また今度きちんとあげよう。
ちょっとだけ肩を落として、抱えたものの感触を確かめる。
「明日からでいい? 今日はノインにぎゅっとしてもらって寝た、い……」
「…………」
心の中が嬉しさでいっぱい過ぎて。
ノインは驚いたように目を丸くしたあと、「はい」と微笑んだ。
(たくさんたくさん、ありがとうノイン……!)
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




