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ドライヤーの熱に浸る

作者: 荻野 ここ

翠は家に着き、すぐに風呂に入った。

ドライヤーを手に取ると思い出す。一点に集中して当たる熱風は痛くて、髪は一向に乾かない。彼は乾かすのがとても下手で、思い出し笑いをしてしまう。


今までちゃんと恋愛をしたことがない。相手が好きだと言うから、なんとなく自分も好きな気がして付き合っては別れてを繰り返してきた。

恋愛で一喜一憂している友達が羨ましい。なぜそんなに本気になれるのだろう。

追う恋をしてみたいとも思ったし、大恋愛の末に振られてみたい、なんて考えたりもした。追う恋も、振られる気持ちも何も知らないくせに。


昨日会った彼とは付き合っていない。付き合う気も無い。

狭い軽自動車で肩が触れ合う。彼は「好きな子には最初から手を出すなんて絶対しない」と言っていた。

そんな予防線張らなくても分かってるのに。遠回しに言う彼に腹が立った。

ホテルの帰りに寄ったコンビニで、翠の手を引く彼の意図が全く分からなかった。


彼が好きなのではなく、何か求められる実感が欲しいだけ。今までもその気持ちを好きだと勘違いしていたのかもしれない。

求められるという感覚が、彼にとって自分は特別な存在であると感じてしまう。

他の人と違う特別感が、彼の行動をどうでもいいと思えなくなってしまう。言葉一つに期待して、がっかりさせられて、何をしているんだろう。

どうせ暗い場所でしか会わないし、上下違う下着で、剃り残しだってある。彼にとって翠はいつも完璧だったかもしれないけど、そうじゃ無い。

「なんか、大丈夫?」と彼が尋ねる。

「大丈夫」と翠は答える。大丈夫と言うしか無いだろう。

「まあ人生色々だけど頑張ろうよ」と彼が言う。

「そうだね」と答えるが、薄っぺらい後押しの言葉に笑いが出そうだ。翠のことは本当にどうでも良いのだろう。

背を向ける彼に舌を突き出して、なんとか心を落ち着けた。


別に彼のことを好きでは無いが、彼の横着な性格や、翠の都合を無視する所に嫌気がさした。

会う約束は必ず直前だったし、全て彼の都合に合わせた日時だった。何故か自分が惨めだった。

「私が大切にしていることは大切にして欲しい」と彼に伝えたが、直ることはなかった。

ということは、翠も彼の大切にしていることを大切にできていなかったということなのだろうか。


ひとりドライヤーで髪を乾かしながら、ぼーっと考えていた。

少しの違和感と記憶をドライヤーの音でかき消し、知らないふりをした。


ドライヤーの音が止むと、急に静かになった。

彼からは必要な時しか連絡が来ない。

別にそれでいい。好きにならない。気にもならない。


通知を確認して、携帯を伏せる。その繰り返しだ。

期待していない。そう言い聞かせる。

いつか、変われる日が来るのだろうか。





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