友よ…ありがとう
数日後…
彩音は雅春を連れて友人達とのランチ会に出ていた。とは言え、家計状況を考えれば最低限の注文で済ますしかない。反対を押し切って結婚した身として赤貧であることは口が裂けても言えなかった。
「私、オムライスにしよっかな」
そう告げてきたのは友人にして彩音の前職の上司でもあるユリカだ。自営業のやり手で、彩音が憧れている女性である。結婚を本心では反対していたようだが、婚姻届の保証人になってくれた面倒見の良い姉御肌な性格をしている。
「あー、それも良いな。うーん、私はグラタンかな」
続くのは友人にして彩音の現職の後輩でもある奈美だった。元は彩音とユリカが勤めていたバーの客であり、彩音の紹介で今のアパレルショップに入社しているという関係性だ。穏やかそうな見た目に反してサバサバしており、とても付き合いやすい。彩音が心から信頼する揺るぎ無い立ち位置の心強い味方である。
「雅春はオレンジジュースで…私は…パスタにします」
彩音の隣でお子様椅子に座らされた雅春は何か楽しかったのかパチパチと手を打っている。
「雅春、パチパチできるのっ?可愛いね〜っ、お利口じゃんっ」
「ホントっ。すごーいっ」
褒められて嬉しいのか雅春も輝かしい笑顔だ。
話題はコスメや時事、雅春の成長など二転三転し、彩音の心はこの時でしか得られない安心感を得ていた。三信とではとてもこうはいかない。言ってはなんだが、三信は知識というものがとにかく乏しい。常識が無いのは十分に知っているが、それに追加して蘊蓄や例え話の類がまるで通じないのだ。話していて楽しさは微塵も感じない。付き合っている頃はそれが可愛らしさにも感じていたが今となっては鬱陶しい以外の何物でもなかった。
「そう言えばさ、自治体から子育て世帯にコロナの給付金10万円出るって話あったよね。あれ、かなり助かったんじゃない?」
「あー、確かに。でもあれ、なんか2回に分けて現金と商品券とになるって話でしたよ?」
「あれ?なんかネットで結局現金だけになったってあったけど」
「!」
給付金の類は世帯主の口座に振り込まれる。それは児童手当も同じだ。児童手当は1度たりとて全額が彩音の手元に来たことがない。勿論、三信が「貸しといて」と持っていくからだ。返ってきたことも1度もない。彩音は即座にスマホのチャットアプリを開いた。
「自治体からの給付金、もう出てるよね?どこやったの?」
それを送ってしばらくして既読が付いた。無視されるかと構えていたが、予想していたよりも早く返事が来た。
「ああ、あれ給付金だったの?知らなくて使っちゃったよ」
見え透いた嘘だが予測通りの返事に彩音はこめかみを押さえた。
「まだ金額もいつ給付されたかも何も言ってないんだけど?」
「今、アプリで見たから」
「で?どうするつもり?」
「どうって?もう使っちゃったし」
「返す気はあるわけ?あれは雅春のお金なんだけど」
「ちょっと貸しといてよ」
「児童手当も返してないくせに」
返事はそこで途絶えた。ため息混じりにスマホを仕舞うと2人が怪訝そうに見てくる。
「給付金とかって旦那の名義の口座に振り込まれるんで、確認しとこうと思ってっ」
からからと笑いながら誤魔化す彩音にまだ2人は心配そうだったが話題はそれで切り上げられた。
本当は思い切り不満をぶち撒けて泣き出してしまいたかった…きっとこの2人なら黙って話を聞いてくれ るはず。そんな思いがもやもやと胸に渦巻く。しかし、なけなしのプライドと意地がそれを阻んでしまう。どこかで考えてしまうのだ。自分が選んだ道なのだから2人に甘えるのは違う、と…
だが、1つだけ2人に聞きたいことがあった。
「あの…お2人に聞きたいんですけど…」
「なになに?」
「例えば…お2人の彼氏とか旦那とかがお店の中で人の荷物を床にぶち撒け始めたらどうします?」
「は?何それ。そんなんぶん殴る1択だわ」
「殴らなくても別れる、そんなの。その場で」
「やっぱりそうですよね?」
「何?三信くんそんなことすんの?」
彩音はホームセンターのレジで受けた事を話した。ふんふんと頷きながら聞いていた2人だったが、途中から口元を覆ったり驚いた表情で固まったり明らかな動揺が見られる。
「ありえねーっ」
「信じられないっ。人のすることじゃないよっ」
2人のリアクションは彩音に絶大な安堵を与えた。やはり自分の感覚は間違っていないのだと再認識した。
「そんなのと一緒にいて大丈夫?」
「そうね。雅春に何かあったら怖いし…」
三信のいやらしいところは人に対しては手を出さないところだ。物や家に当たることは多々あれど、彩音は1度も暴力を受けたことがない。だからこそ錯覚してしまうのだ…まだ更生の道があるのではないかと。
「逃げたくなったらいつでも言ってよ?手伝うから」
ユリカの言葉に奈美もうんうんと頷いている。
「ありがとうございます…」
逃げる先がある…そう思う彩音は鼻先がつんと痛くなるほどの目頭の熱に気付くのだった。
(帰ったらまた言おう。やっぱり別れたいって)




