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プチ爆発

「は?何それ。笑えねぇんだけど」

 引きつった笑いで誤魔化そうとする三信だったが、彩音は冷たい目のまま無表情を崩さない。

「ちょ、ちょっと待ってよ。本気?本気じゃないよね?ね?」

「冗談で言ってるように見えるわけ?」

「何で急に!?俺、何かした!?」

「何もしてないから言ってんだよ」

「病院ついて行かなかったこと言ってんの?」

「そんなん一部だわ。家のこともしない、子供もろくろく見ない、ゴミは片付けない…」

 彩音の目が机の弁当ガラに向いていることに気付き、三信は慌ててゴミ箱に突っ込んだ。

「他にも言おうか?給与明細は出さない、電子タバコのフィルターをそこら辺に捨てる、無駄遣いが多い」

「直す!全部直すから!頼むから離婚だけはしないで!」

 三信がみっともなく跪き彩音の腰にしがみついた。身長180越えの大男が縋り付く様はなんとも滑稽だ。涙と鼻水まで垂らしている。

「そうやって泣きつかれてももう私は…」

 彩音の言葉を遮るように雅春が寝室で泣き始めた。

「!」

 三信を引っ剥がし、雅春の元へと向かう彩音。振り返ることは無かった。話は途中切れになってしまったが、離婚の意思があることは伝わっただろう。

 閉めたドアの向こうで三信が放置したゴミを拾っているらしき音が聞こえてきた。

(これで変わるならこっちも考え直すけど…)

雅春に哺乳瓶でミルクを飲ませ、オムツを換える。

長年裏切られ続けた期待は最早微塵も持てなかった。

「彩音っ。今日の晩飯は俺が作るからっ」

 寝室に飛び込むなり宣言してまた出ていく三信。うとうとと眠りかけていた雅春はその声に身体を強張らせて泣き始めた。

「あーもう…」


 夕食は宣言通り三信が作って自信満々にテーブルに置いてきた。真っ茶色になった原形を留めない何かを…

「雅春のも作ったからな〜?」

 不愉快な甘ったるい声で雅春のお子様テーブルに乗せたのは彩音に出したものと変わらない茶色の物体だった。食材に罪はない…と意を決してひと口食べると醤油の濃い味が舌を痺れさせてきた。

(不味くはないけど味が濃すぎ…)

 麦茶の減りの早さを感じながら彩音は黙って食事を完食した。雅春を見ると三信から差し出される食事を大人しく食べている。

(大丈夫かな…)

「ちゃっ」

「うん?何?」

「お茶欲しいんだってさ」

 マグを手渡すと物凄い勢いで吸い込んでいく雅春。やはり喉の渇きや口内の不快感を感じているようだ。

(これが続いたら身体に影響が出そう…)

 とは思ったものの「どうせすぐにやらなくなるだろう」と深くは考えなかった彩音であった。

 しかし、翌日もその翌日も三信は同じ形状の物を生成して出してきた。

「今日は味噌で野菜炒め作ってみたっ」

(味噌が焦げて見た目変わらん…)

 明らかに「俺、頑張ってるよね?褒めてくれていいんだよ?」と褒められ待ちな表情で鬱陶しいことこの上なかった。たかが3日夕飯を作っただけでそれ以外のことは変わりがないのに家事をやった気になっている勘違いが腹立たしい。

「あ、そうだ。明日はホームセンターにカーペット買いに行くから」

「マジで?行こう行こう」

(あんたも行くんかい…やな予感)

「雅春も行こうな〜?」

「なっ」

 彩音が不安を覚えたまま、翌日の昼間に一家は彩音の運転で近くのホームセンターまで行った。お値段以上自慢の商品を見ながら目的のカーペットコーナーへ移動する。雅春は彩音の胸に抱っこ紐で固定されて少し眠そうにしていた。

「どんくらいのカーペットにすんの?」

「4畳ぐらいのかな」

マザーズバッグの重さを背中に感じながら彩音はカーペットを選んでいく。

(こっちの方が良さそうだけど高いな…でも雅春のこと考えたらある程度の厚みはいるし…つうか今月もヤバいのにカーペットとか買ってる場合じゃない気がしてきた…)

「なー、もうこれで良くね?」

 品定めに飽きたのか三信が適当なのを持ってきた。

「いくらのやつ?」

「見てねぇわ。はい、これで決定な。隣のラーメン屋行こうよ」

 どうやらそれが目的でついてきたらしい。呆れながらも彩音は仕方なくカーペットをレジまで運んだ。

「お会計8800円でございます」

(やっぱり高かった…まぁ1万円超えなかっただけ良しとしなきゃ…)

リュックから財布を取り出そうと荷を下ろした瞬間、三信にリュックごと奪われた。

「早く出せよっ」

「ちょっ…」

財布が見つからないのか、三信は中の荷物を次々と床に放り出し始めた。彩音の財布を取り出し、放り出した荷物はそのままに支払いを続ける。彩音は床に散らばった三信の着替えやオムツを拾い、放置されたリュックに戻した。周りからの目が痛く感じ、顔を上げられない。

手早く袋を店員から受け取り、さっさと車に戻ろうとする彩音の沈黙から怒りを察したらしい三信が後を追いかけてくる。

「何のラーメン食べるっ?炒飯も食べるでしょっ?」

 自分の愚行を誤魔化したいのか、喋り倒す三信。彩音は「ああ」「うん」と短く返し続ける。ホームセンター向かいのラーメン屋に入り、座敷席に案内されると三信は迷いなくビールを注文した。スマホを見ながら餃子を口にし、次いでビールを飲む。まるで向かいに座る妻子のことなど存在自体気付いていないかのようだ。

「あっちっちだから触っちゃダメだよ?」

「あいっ」

 彩音の抱っこ紐から解放されてお子様椅子に座る雅春は興味深いのかあちこち見回している。

 湯気立つ商品が届くと三信は景気よく麺を啜り、スマホを触りながら器用に食べ進めていった。彩音は小皿に移した麺を冷まして雅春の前に置く。

「ましゅっ」

「うん、いただきますだね」

フォークを握り、麺を口元まで運ぶ雅春が食べる様子を見守る彩音の向かいで三信は食べ終わったのかビールの残りを飲み干していた。そうこうしている間に彩音の分は刻々と冷めていく。まるで自分の気持ちのようだと心の中で呟いてから「誰が上手いこと言えと…」とセルフツッコミまでセットで完結させた。

「俺ちょっと一服してくるわ」

電子タバコを手に、三信が席を立つ。一瞥もくれず、返事もしなかった。

(代わろうという発想にもならないとはね…)

「くーしゃいっ」

「!」

 雅春が皿を振っていた。おかわりの要求なようだ。

「よく食べるねぇ。美味しい?」

「おいちーっ」

 頬を指で突くベビーサインを出しながら雅春は満面の笑顔を見せた。最近ではあまり見なかった食欲だ。ホッとしながら、彩音は自分の分から雅春の分を移すのだった。

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