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子は鎹(かすがい)

 元々、彩音は男運というものが皆無だった。付き合う男はバツイチ子持ちやパチンカス、ヒモ男などろくでもないのばかり。昔から人からの頼まれごとは断れず貧乏くじ引いてきたタイプだったが、男運の悪さは群を抜いている。転職したてで金がないと言われれば消費者金融で借金をし、実家の家業が傾いたからと言われればデート代は全額出した。旅人で定住地がない男をひと月以上養ったこともある。そのどれもがやはり「彼には私がいないと…」という歪んだ認知のもとに起こった黒歴史だ。その歪みに気付いたのは皮肉にも子供が生まれてから。さらにそういった類の男達が実際は自分がいなくても問題なく生きていけると気づいたのはごく最近だ。引き下がれない状況になって初めて気付く己の過ちに彩音は後悔も確かにしている。だが、その過ちがあったからこそ雅春と出会えたのだとも思うと否定は出来なかった。過去の否定はつまりは雅春の存在の否定になってしまう…そう思えてならなかった。

「雅春。休みになっちゃったし、耳鼻科行っとこうか」

 鼻炎持ちの雅春の鼻掃除に行くべく、彩音は準備を始めた。

「んーゃっ!」

 察しているのか、嫌がる雅春。床に転がって動かない。

「はーいはい、行こうね」

床から抱き上げ、うにうにと身を捻って抵抗する雅春を家から連れ出した。

 後部座席のチャイルドシートに座らせてシートベルトを締める。運転席に座るだけでもホッと力が抜けた気がした。

(仕事休むってことは私が晩御飯作らないといけないよね…何しよ…)

 車を走らせて10分ほど…彩音は助手席に置いたリュックの中から聞こえてくるバイブレーション音に気付いた。運転中だからと無視していたが、止んでは震え、また止んではすぐ震える音がしている。それが止んだかと思えば、細切れのバイブレーションが次々と止まることなく始まった。彩音はうんざりした顔で近くのコンビニに車を停めた。スマホを見ればチャットアプリのポップアップが出ている。言わずもがな三信だ。

「どこいるの?」

「何してるの?」

「いつ出たの?」

「返事は?」

 短い短文がいくつか続き、それに反応が無かったからか着信が何件もあった。さらにそれにも無反応だったゆえか同じスタンプが連投されている。その数はこの短時間で50は超えているだろう。

「もしもし?」

「オメェ、どこ居んだよっ」

 苛ついた声が電話口の向こうから聞こえてきた。

「雅春の耳鼻科だけど?」

「聞いてねーよっ。言ってけよなっ」

「あんた寝てたくせに。変な疑いかけてしつこく電話してこないでよ」

 辟易としながら彩音は三信の電話に受け答えする。

「男が一緒じゃねぇだろうなっ?」

「子連れで浮気するバカがいるか」

 電話を切り、ほとほと疲れた溜息を漏らして座席に凭れ掛かった。これも疲れるが悲しいかな慣れたものだ。

「はぁ…別れたいよ、もう…」

 きっと目が覚めたからとパチンコ屋にでも行くだろう。そして行ったことを咎めれば「俺を置いて出たお前が悪い」と無理矢理な責任転嫁をしてくるはずだ。

(パチスロに回すお金があるなら生活費に回してほしいのに…)

 三信は深夜のホテル清掃のアルバイトをしている。給料は深夜手当もあってそれなりに貰っているはずなのだが、明細も持って帰らず月に14、5万を家賃込みで手渡ししてくるのみ。週6で出ているのだから単純計算でも20万は超えているはずなのに、だ。どれだけ明細を持ち帰れと言っても右から左。言うのもバカバカしくなってくる。彩音の育休中でも変わらずだったため、福祉センターの職員さんからは「経済DVに当たる」と言われたこともある。今思えばあの時に然るべき場所に訴えるべきだったと思えてならない。

 自分でも嫌になるのだが、とにかく三信を前にすると彩音は考えることが出来なくなってしまう。口答えこそするが、最終的には三信の思うがままになるのだ。後々から「こうすれば良かった」「ああ言えば良かった」と思い至ってしまって後の祭りである。

(答えは出てるのにどうしたらいいかわからない…)

 三信から離れたい気持ちはあるが、もし離婚を切り出して暴力沙汰にされたら…雅春に危害が及んだら…実家に帰っても押し掛けられたら…不安な予想は尽きなかった。


案の定、三信はパチンコ屋に行っていたらしく、夕方に帰ってきた。

「晩飯まで寝るわぁ」

「………」

 夕食を作るべく、雅春をベビーサークルに入れると離されたショックからか大泣きし始めた。

「はいはーい。待ってねー」

 コンロで湯を沸かしながら包丁で野菜を切っていく。こんな危ない作業、雅春を躱しながらは無理だろう。手早く調理を進めていると不意に寝室のドアが開いた。

「寝れねぇじゃんかよっ。こんな泣かして、可哀想にっ…」

 三信が雅春を抱き上げ、「ひどいママだね〜」と甘やかすように声をかけるのを背後に聞く。

「じゃあ見といて」

「いや、それは…眠いから。仕事あるし」

 雅春をベビーサークルに戻し、三信は寝室に引っ込んだ。

「口だけかよ…」

 悪態をつき、雅春の泣き声をBGMに淡々とキッチンに向かう彩音だった。

 後は盛り付けるだけとなり、ようやく雅春を抱き上げるとすぐに泣き止んだ。涙に濡れた目で柔らかく笑顔を向けてくれる雅春に胸が温かくなる。

(もう少しだけ頑張ってみるか…)

 子は鎹…そんな言葉が頭を過ぎり、強く納得した。

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