表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月待ちの灯(あかり)  作者: しゅう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/31

ひょうず1

主人公 牧野まきの 賢治けんじ

牧野まきの 志津しづ

八戸港の賑わいが一段落した、薄暮どき。賢治は、商談を終えたばかりの疲れた足で、港に面した小さな通りを歩いでいた。


潮の香りに混じって、何かの焦げ付くような、しかしどこか香ばしい匂いが漂ってくる。

その匂いの元は、市場の隅で小さく店を広げた行商人だった。座り込んだ行商人の前には、白い小麦粉の団子を半月状に包み、ゆであげた後に軽く焼いだらしい食べ物が積まれている。

賢治は、八戸生まれだがこの食べ物には見覚えがない。地元で汁物に入れる「南部せんべい」の文化とは違う、全く未知の食べ物だ。


「兄さん、最後の一個だ。よかったら一口どうだべ。冷える前に腹に入れときな。」

宮古から来たという行商人が、自分用に一つだけ残しておいたらしい団子を、火鉢で温め直しながら差し出した。

「これは…?」

「『ひょうず』って言うんだ。小麦粉で、味噌とくるみの餡を包んだものよ。宮古じゃあ、小昼こびりに食うもんだ。」

賢治は礼を言ってそれを受け取り、一口かじった。

外側の生地はもちもちと柔らかく、噛むと中から温かい餡が広がった。くるみの香ばしさ、黒糖の素朴な甘さ、そしてそれを引き締める味噌の塩気が絶妙なバランスだ。それは、故郷八戸の味ではない。しかし、仕事で張り詰めていた賢治の心と体を、静かに、そして力強く温めた。


「……美味い。こんなものがあるんですね。」

賢治は純粋に感動した。

「これを…これの作り方を、ぜひ教えてもらえませんか。」

行商人は目を細めて笑った。

「そうかい。あんた、気に入ったんだな。」

「いいさ。餡の秘訣を教える代わりに、少し話し相手になってくれれば、それでいい。」


二人は、市場の隅に座り、ひょうずを通じて、地域の歴史に思いを馳せた。

「あんたは八戸の人だが、昔はな、この八戸も宮古も、みんな南部藩の領地だったんだよ。大きな南部の土地で、山の恵みも海の恵みも分かち合ってきた。だが、今は県境で遠い。」

行商人は、遠くを見つめるように言った。

「そうですね。明治になり、お上が決めたことだからしかたがない。県境で、分断されてしまった。」

「ああ、だがな、兄さん。」行商人は賢治を振り返った。

「このひょうずに使われている小麦やくるみは、八戸の山でも採れる。線なんて引いても、大地の恵みはどこにも線なんて引いちゃいねぇ。この団子の味は、南部藩を繋いでくれる味なんだ。」


行商人は、団子の餡の作り方の「秘訣」を語った。それは、詳細な分量ではなく、「胡桃と味噌を火にかける時は、焦げる寸前の、香りが立つ直前で火を止めること」という、愛情と手間ひまを教える言葉だった。

賢治は、その言葉を胸に深く刻んだ。

ひょうずって、たまに食べたくなるんですよ。

私だけかもしれませんが、、、

ついつい話にしてしまいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ