大本
主人公 牧野 賢治
妻 牧野 志津
大正八年一月二十八日。
昨日までの束の間の凪が嘘のように、八戸の街には再び鉛色の雲が低く垂れ込めていた。
賢治は、志津に手渡された黒い布マスクを口元に当て、銀行への道を急いでいた。昨年末から再び猛威を振るい始めた「流行性感冒(スペイン風邪)」は、いまや全国で数万の命を奪うという未曾有の事態となっている。
行き交う人々の顔は、そのほとんどが不気味な黒い布で覆われていた。時折、凍てつく路地裏から聞こえてくる乾いた咳の音が、冷たく張り詰めた空気をガラスのように切り裂く。
「うがい、手洗い、励行。人混みを避けるべし」
通りに貼られた警察の啓蒙ポスターは、吹雪に打たれて端が剥がれかけていた。その殺風景な風景を横目で見ながら、賢治は昨日の志津の言葉を反芻していた。
(こうして火を絶やさず、美味しいものを食べて、明日への知恵を繋ぐ……)
昨日、志津がお蘭さんと語っていたという「女たちの覚悟」。目に見えない病魔という巨大な「闇」に対抗できるのは、華々しい医学の進歩や特別な特効薬ではなく、案外、志津が台所で毎日繰り返しているような「当たり前の暮らし」を、死守しようとする執念の積み重ねなのかもしれない。
銀行の執務室に入り、賢治は外套の雪を払うのもそこそこに、習慣となっている数紙の新聞に目を通した。
そこで彼の目に飛び込んできたのは、社会面の大きなスペースを割いて踊る、扇情的な見出しだった。
『京都、綾部の小村に数万の信徒集結。教主・出口王仁三郎、神がかりの託宣か』
記事によれば、「皇道大本(大本教)」という新興の宗教団体が、爆発的な勢いで勢力を広げているという。驚くべきは、その信徒の中に、海軍少将・浅野正恭といったエリート軍人や、地方の資産家、あるいは高等教育を受けたはずの知識層が次々と名を連ね、私財を投げ打ってまで帰依しているという事実だった。
(……理性の時代ではなかったのか。我々が信じてきた文明とは、これほど脆いものだったのか)
賢治は、思わず苦い溜息を漏らし、新聞を机に叩きつけた。
近代的な教育を受け、科学や論理こそが世界を救うと信じてきたはずの人々が、なぜこれほどまでに「神がかり」の言葉や、神秘的な予言に熱狂するのか。
一方で、一面には「国際連盟」という、人類の英知を結集したはずの輝かしい理想が、パリの空の下で語られている。だが、足元を見れば正体不明の病魔が蔓延し、救いを求める人々は出口の見えない闇のなかで、熱狂へと走っている。
理想と、迷信。科学と、病。
その巨大で埋めようのない乖離が、賢治の胸を重く、冷たく締め付けた。
「牧野さん、顔色が優れませんな。まさか感冒でも召されましたか?」
心配そうに声をかけてきた同僚の言葉に、賢治はハッとして顔を上げた。
「いえ、大丈夫です。少し、時代の風に当てられただけですよ」
そう答えながら、賢治は自らの身体の芯に、まだ消えずに残っている「熱」があることを再確認していた。
それは、昨日と一昨日に食べた、あの一升漬の熱だ。
喉を焼くような南蛮の鋭い刺激と、一年半という長い時間をかけて熟成された味噌の、どっしりとした大地の深み。
世界を揺るがすニュースや、人々を惑わすオカルト的な熱狂。あるいは、街を蝕む流行性感冒。それらは確かに巨大で、一人の人間が立ち向かうにはあまりに恐ろしい影だが、彼の胃の腑に落ちた「一対一対一」の調和は、それらよりもずっと具体的で、嘘のない手応えを彼に与えていた。
(出口王仁三郎氏が何を語ろうと、病魔が街を覆おうと、私がここで成すべきことは一つだ)
賢治は、再び電燈事業の収支決算書と、送電線のルート図を広げた。
暗闇に怯え、神秘的な救いに縋ろうとする人々に、怪しげな光ではなく、誰もが等しく享受でき、夜の恐怖を物理的に取り払う「近代の光」を届けること。それが銀行員として、そして八戸というこの土地に生きる者としての、自分の最も誠実な戦いなのだ。
賢治は力を込めてペンを走らせ始めた。
黒いマスクの奥で、彼の唇は志津の味噌のように固く、深く結ばれている。
志津が台所で守り抜いている「食卓の火」を、いつかこの街全体の「電燈の光」へと繋げるために。
不穏な風が吹き荒れる八戸の街で、賢治の戦いはより明確な「祈り」に似た意志を帯び始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
下の★~★★★★★で評価してもらえると勉強になります。
感想などいただけると嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回の物語では、出口王仁三郎氏の動向を織り交ぜました。当時の八戸でも、新聞の隅に踊るその名は、大きな話題となっていたかもしれません。
執筆しながら、大正8年と、いま私たちが生きる令和8年には、どこか共通する不穏さと熱狂があるような気がしてなりません。歴史は繰り返すと言われますが、同じ過ちを繰り返さないためにも、過去から学ぶことの重要性を強く感じています。
ただただ、今年が皆様にとって良い年でありますようお祈りして、後書きとさせていただきます。




