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月待ちの灯(あかり)  作者: しゅう


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しばれる

主人公 牧野 賢治

妻 牧野 志津

枕元が冷たい。濡れている。

目が覚めた瞬間、賢治は自分の呼吸が白く、結晶のように重く空中に滞留しているのに気づいた。

枕元の窓硝子は、内側から厚い氷の花が咲いたように白く覆われている。その隙間から射し込む陽光が、部屋の空気を奇妙なほど鮮やかに照らし出していた。

「……なんだ、これは」

身を起こし、氷の膜を指先で少しだけ溶かして外を覗いた。

そこには、現実のものとは思えない光景が広がっていた。

一点の曇りもない冬晴れの空から、目に見えないほど細かな宝石の粉が降り注いでいる。大気そのものが意思を持って発光しているかのように、無数の光の粒がキラキラと、あるいは鋭く、静止した時間の中で踊っていた。

「しばれるな……」

思わず口を突いて出たのは、この地方で極限の冷え込みの時に出る言葉だった。

ダイヤモンドを砕いたようなその輝きは、あまりに神々しく、家々の屋根や雪道を浄土のように塗り替えている。だが、賢治はその美しさは、背筋が凍るような戦慄を覚えた。これほどの「凍れ光」が舞うということは、外気はもはや生物が呼吸することを拒むほどの温度まで下がっているという証左だ。

傍らでは、志津がすでに起きて立ち働いていた。


「おはようございます。今、お湯を沸かしておりますから」

彼女の声は穏やかだが、白い息がその言葉を追い越して霧となって消える。志津が差し出した茶碗から立ち上る湯気さえも、窓から差し込む光に照らされ、瞬時に小さな氷の粒の一部へと変わっていくようだった。


「……行ってくる」

玄関の戸を開けた瞬間、肺の奥まで凍りつくような冷気が賢治を貫いた。

一歩踏み出すたびに、雪の結晶が砂のように軋み、耳の奥まで届くような高い音を立てる。街は、この世の終わりのように静まり返っていた。

銀行に到着し、重い鉄扉を開けても、そこにあるのはいつもの喧騒ではなかった。

普段なら開店と同時に融資の相談や支払いの手続きで、怒号に近い声が飛び交う窓口が、今日は嘘のように静まり返っている。

「これでは、客も来れんな……」

同僚の行員が、かじかむ手に息を吹きかけながら呟いた。

あまりの猛威的な寒さに、街の経済活動そのものが凍結してしまったのだ。外に出れば肺が凍るようなこの日、無理をしてまで銀行を訪れる者はいない。

賢治は自分のデスクに座り、山積みにされていた書類の束に手を伸ばした。

休日出勤で整理した、あの「生死のリスト」。

今日は誰からの抗議も、誰からの懇願も聞こえてこない。ただ、インクの匂いと、時折パチパチと爆ぜるストーブの炭の音だけが、天井の高い執務室に響いている。

皮肉なものだ、と賢治は思った。

昨日まで、あれほど自分を追い詰めた「数字の呪縛」が、この極限の静寂の中では、驚くほど滑らかに片付いていく。誰にも邪魔されることなく、ペン先は淡々と紙の上を滑り、複雑な計算も、冷え切った頭脳の中でするすると解けていく。

窓の外の『凍れ光』、その美しい舞はいつしか終わっていた。賢治は冷徹なまでの正確さで、ひとつひとつ、書類に判を押していった。


気づけば、時計の針は定時を指していた。

冬の日は短く、窓の外の光り輝く大気は、すでに深い群青色のとばりに包まれようとしている。


「お先に失礼する」

いつもなら残業を余儀なくされる山のような仕事が、今日という「凪」の日にすべて終わってしまった。

銀行を出ると、空気は昼間よりもさらに硬く、研ぎ澄まされていた。

暗い空のいたるところで、昼間の名残である光の粒が、街灯の光を反射して怪しく、美しく明滅している。

賢治はいつもより軽い足取りで、家路を急いだ。

今日という日は、経済的には死んだも同然の一日だったかもしれない。だが、そのおかげで、自分は今日、志津が待つ家に早く帰ることができる。

(今夜は、小正月の前夜だ)


家が近づくと、窓から漏れる橙色の灯が、雪道に刺さるように伸びていた。

その灯の先に、志津が紅白の団子を丸めている姿を想像する。

「凍れ光」の冷たい輝きではなく、血の通った、柔らかな温もりの色。

賢治は外套の襟をさらに立て、凍てつく闇の中を、その確かな灯を目がけて歩き続けた。

読んでいただきありがとうございます。

下の★~★★★★★で評価してもらえると勉強になります。

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