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月待ちの灯(あかり)  作者: しゅう


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二日酔い

主人公 牧野 賢治

妻 牧野 志津

昨夜、あれほど陽気に帰ってきた賢治も、今朝ばかりは布団の中で重い呻き声を漏らしていた。

志津は、いつものように早くに身支度を整え、台所に立っていた。今朝の味噌汁は、二日酔いの胃に優しいよう、いつもより出汁を濃く取り、葱をたっぷり刻み入れた。


「……おはよう………」

ようやく起きてきた賢治が、バツの悪そうな顔で茶の間に現れる。

志津はあえて何も言わず、昨夜彼が持ってきた折詰の空き箱を、彼から見える場所にそっと置いておいた。

「昨夜は……随分と賑やかだったようですね」

「……面目ない。御用納めの解放感で、つい」

小さくなって味噌汁を啜る賢治を見て、志津は口元に微かな笑みを浮かべた。銀行での威厳が嘘のようなその姿は、一年の大仕事を終えた男の、束の間の休息のようにも見えた。


「賢治さん。今日は二十九日ですから、お飾りは明日に致しましょう」

志津の言葉に、賢治は賢明に頷いた。「九」のつく日に正月飾りをするのは「二重苦」に繋がり、縁起が悪いとされる。八戸の冬の厳しさを知る者にとって、こうした験担ぎ(げんかつぎ)は、日々の平穏を守るための大切な作法だった。

「その代わり、と言っては何ですが。煤払いで落としきれなかった高い所の埃、お願いしてもよろしいでしょうか」

「ああ、承知した。今の私にできることなら、何なりと」

普段、数字と格闘している夫が、たすきをかけて家の中を立ち働く。その慣れない手つきを危なっかしく思いつつも、志津は「夫が家にいる」という確かな安堵を感じていた。


銀行の窓口が開いている間は、志津もまた「銀行員の妻」として気を張っていた。

しかし、御用を納めた今、二人の間にあるのは、単なる男と女、夫と妻としての時間だ。


買い出しの手配を済ませ、新しい名刺の準備を確認する。元旦から三が日にかけては、お世話になった方の家を訪ね、「玄関に置かれた受皿(名刺受け)に名刺を置いてくる」という「年始回り」の準備をしなくてはならない。


志津の手元では、新年に向けた準備が、一分の隙もなく進んでいく。

窓の外は、また薄暗い雪雲が広がり始めていたが、家の中には、昨夜の忘年会の残り香と、新しい年を迎えようとする清々しい空気が混じり合っていた。

(この方が、こうして無事に帰ってきてくれた。それだけで、今年は良い年だったと言えるのかもしれないわ。)

賢治の働く物音を聞きながら、志津は深く、静かに息を吐いた。

読んでいただきありがとうございます。

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