天長節
主人公 牧野 賢治
妻 牧野 志津
12月23日(大正天皇誕生日)。
八戸の街は、年の瀬特有の焦燥感が一旦鳴りを潜め、公的な祝日の静寂に包まれていた。銀行や官公庁、有力な商家には、日の丸の旗が掲げられ、国家の秩序と忠誠が視覚的に示されていた。
賢治は、仕立ての良い外套を纏い、自宅から銀行へと向かう道を歩いていた。祝日のため、通常の窓口業務は休止だが、年末最終営業日を控え、賢治は電燈会社への融資に関する最終的な帳簿の確認と、公的な奉祝準備のため、出勤を余儀なくされていた。
彼は、掲げられた旗を見上げながら、心の中で自らの役割を再確認した。
(天長節という、公の秩序が最も強く示される日。私が担う銀行の信用と、八戸に灯そうとする近代の光は、この国の秩序と発展に貢献するものだ。)
賢治は、公的な責任を負うことの厳格な誇りを感じていた。
銀行の重厚な扉を開くと、いつも喧騒に満ちた店内は、人の気配がなく静まり返っていた。この公的な静寂の中で、賢治は自分の業務に集中した。
彼の机の上には、電燈会社の融資に関する分厚い書類の山と、年末の勘定を締めくくるための帳簿が広げられている。
「電燈」は、文明開化の象徴であり、夜間の秩序をもたらすものだ。賢治は、「金」という冷たい近代の力を動かし、八戸の夜に「光」という秩序を打ち立てようとしていた。
業務を遂行する賢治の姿勢は、冷静沈着であり、公の秩序そのものを体現しているかのようだった。
しかし、厳格な業務の最中、賢治の脳裏に、予期せず私的な情の記憶が蘇った。
それは、前日の冬至の夜の記憶。志津が整えた清々しい柚子湯の香りと、湯殿から上がった際に味わった、実家の母から分けてもらったという深く煮込まれたかぼちゃの温かい甘さだ。
あの夜、賢治は、公の責務のために張り詰めていた心身が、志津が守る家庭の安寧によって、ゆっくりと解きほぐされていくのを感じた。
(私がここで築こうとする事は、この国の「公」に通じる。しかし、その秩序を支え、私自身の魂を維持しているのは、志津が守る安寧なのだ。)
賢治は、公と私が、車の両輪のように、互いに不可欠であることを深く悟る。「近代の光」を灯すためには、「家庭という温もり」が消えてはならない。
午後の八戸の街には、奉祝行事を終えた市民の、私的な年末の忙しさが戻り始めていた。街角から聞こえる喧騒は、公的な静寂を破り、現実の重さを賢治に思い出させた。
天長節の祝日は、賢治にとって、自己の信念と、その信念を支える私的な土台を再確認する、重要な考察の機会となった。
賢治は、電燈会社に関する重要書類を厳重に閉じ、年内最後の難関である「御用納め(年末最終営業日)」に向けて、静かに、しかし確固たる決意を胸に、銀行を後にした。
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