つまみ食い
主人公 牧野 賢治
妻 牧野 志津
娼館の女 お蘭
12月20日の昼過ぎ。家の中は静かな安堵に満ちていた。
志津は、間近に迫った冬至の無病息災の願いを込めて、台所でかぼちゃを煮込んでいる。角を丁寧に取られたかぼちゃの切り身は、甘い煮汁の中でゆっくりと輝きを増し、家中に温かい甘い香りを広げていた。
(冬至の前に、温かいものを。外の寒さと緊張に晒された体が、少しでも緩んでくれれば。)
志津にとって、このかぼちゃを煮る静かな時間は、賢治が外で務めていること、その労を癒やすため、温もりで包み込むことが、妻の静かな務めだった。
かぼちゃがちょうど良い具合に煮詰まり、志津が鍋蓋を閉めた、その時だった。玄関から、賑やかで弾むような声が響いた。
「ごめんよ、志津さん!通りがかったから寄らせてもらったよ!」
お欄さんだった。予期せぬ訪問に、志津は少し驚きながらも、すぐに笑顔で迎え入れた。
お欄は、色鮮やかな風呂敷包みを一つ、台所にどんと置いた。
「これは、港の舶来品。南の島から来た珍しい砂糖菓子だよ。お一つどうぞ。賢治さんも喜ぶさ。」
その手土産は、外の世界の華やかさと、即座の活力を象徴するようだった。志津が用意する、かぼちゃのように時間をかけてゆっくりと体を温めるものとは、対極にある情熱的な労いだった。
お欄は、立ち話の最中に、台所に広がる甘い香りに気づいた。
「あら、良い匂いだね。志津さん、かぼちゃを煮ているのかい。もう冬至が近いのかね。」
「はい。明後日でしょう。少し早いですが、温かいものをと…」
志津が言葉を言い終わる前に、お欄は煮鍋の蓋をさっと開け、箸を伸ばした。
「一つ、つまみ食いさせてもらうよ!」
お欄は、躊躇も遠慮もなく、まだ湯気を上げるかぼちゃの煮物を豪快に一口で頬張った。その顔は、満面の笑顔だ。
「ああ、美味しい!この甘さが体に染みるね。志津さんの煮物は、ゆっくりと情が詰まっている味がするよ。」
お欄は、魚河岸の金の渦や、義理人情の熱気が渦巻く外の世界の話を、熱く、賑やかに語りながら、二つ目のかぼちゃに手を伸ばした。
志津は、お欄の豪快で率直な行動を微笑んで見つめた。
お欄は年末の慌ただしさなどを語り、志津自身や家の中が温かくなった。
「じゃあ、また年が明けたらね!賢治さんに、ゆっくり体を休めるように伝えておくれ!」
お欄が去った後、家には再び静けさが戻った。外の熱気と華やかさが通り過ぎた後、志津は残された温かいかぼちゃの煮物と、静かな家の呼吸を感じた。
志津は、賢治の帰宅に備え始めた。
賢治が求めるのは、近代の冷たい電燈の光ではなく、かぼちゃの優しい甘さだ。志津は、そのことを胸に、賢治の帰りを待った。
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