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月待ちの灯(あかり)  作者: しゅう


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36/82

煤払い

主人公 牧野 賢治

妻 牧野 志津

賢治は銀行へ向かい、志津は家の中に残った。昨日は賢治の外回りに同伴したため、正月事始めの本来の行事である煤払い(すすはらい)は、今日に持ち越された。

家の中の空気が、凍えるように冷たい。本格的な冬の到来を告げる寒さの中で、志津は竹の棒の先に布を括り付けた煤竹を手に取った。


煤払いは、単なる掃除ではない。一年間に溜まった埃や煤を払い、年神様を迎えるための神聖な「清め」の儀式だ。志津は、火鉢の火を小さくし、窓を開け放つ。家の中の空気が一気に冷気と入れ替わり、志津は思わず身震いをした。


志津は、まず普段手の届かない天井の隅、鴨居の上から煤竹を差し入れた。

煤は、賢治と志津の火鉢の暮らしと共に、静かに天井の木目に染み付いていた。煤竹が触れると、細かな黒い埃が、冷たい空気の中を静かに舞い降りてくる。

その埃一つ一つに、志津はこの一年間の出来事を重ねた。賢治の仕事の小さな悩み、志津自身の些細な不安が、煤のように家の中に溜まっていたのではないか。

昨日、賢治と共に向き合った頭取宅の格式、そして両実家での緊張。煤を払う行為は、志津にとって、外の世界から持ち込まれた目に見えない「穢れ」を、この家から丁寧に取り除くことに他ならなかった。

志津は、一年の終わりに、自分と賢治の心が清らかであるようにと願いながら、黙々と作業を続けた。


作業の途中、志津の頭に「忠臣蔵」の物語がよぎった。今日は、その討ち入りの日であると、どこかで聞いた記憶がある。

外の世界では、命を懸けて「主君への義理」を果たす。賢治さんもまた、「銀行員としての義理」という、目に見えない重責を日々果たしている。

志津の行う煤払いは、剣を振るうような華々しい行為ではない。しかし、この家庭の清めこそが、賢治さんが外の「義理」と戦い、心折れずにいられるための「内なる忠義」ではないだろうか。

煤を払う手元に、志津は「家庭を守る」という静かな決意を込めた。この家の火加減を常に最適に保ち、賢治の帰りを待つこと。それが、志津の果たすべき最高の「忠義」だった。


厳しい寒さの中、全ての煤を払い終えると、家の中は冷たいながらも、凛とした清らかさに満たされていた。

志津は、煤を払った後に窓を磨き上げる。曇りのない窓ガラスを通して、冬の昼間の光が、まっすぐに差し込んだ。

その光は、煤や埃によって遮られることなく、明るく、美しい光沢を放っている。この光こそが、志津の目指す「家庭の清め」の完成形だった。


志津は、この清められた家で、賢治さんが明日もまた、外の世界の重圧に負けずに仕事へ向かえることを確信した。

読んでいただきありがとうございます。

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