泥濘
主人公 牧野 賢治
妻 牧野 志津
12月上旬。八戸は、朝方にかすかな雪が舞った。賢治が銀行へ出勤する頃には、その雪は止み、路面を白く覆うほどの量ではなかったため、賢治は安堵した。本格的な雪に閉ざされる冬は、もう少し先のことだろう。
賢治の重い革靴は、まだ乾いた土の道を、確かな感触で踏みしめていた。この束の間の猶予こそが、北国に暮らす人々にとって、師走の繁忙期を乗り切るための静かな準備期間であった。
しかし、日が高くなるにつれ、太陽の光はわずかに雪を溶かし始めた。賢治が昼過ぎに外回りから銀行へ戻り、再び外へ出た午後には、状況は一変していた。
八戸の道は、昨日までの土や砂利に、溶けた雪解け水が混ざり合い、ぐちゃぐちゃの泥濘と化していた。
賢治は、重い革靴が泥水を吸い込み、一歩踏み出すたびに足を取られる重さを感じた。
(もう、冬が来たのだ。)
賢治は、この泥濘の道を乗り切ることが、師走の重責を乗り越えることと同義だと悟る。足元が安定しない道と同じく、心もまた、公私の義理という名の泥に汚され、ぐらつく。
重い足取りで、賢治は夕暮れの八戸の道を歩き続けた。しかし、道行く家々の窓から漏れる、温かい灯りが、賢治の視線を捉えた。
泥のついた革靴を重く踏みしめた。
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