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月待ちの灯(あかり)  作者: しゅう


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灯り

八戸の街に柔らかな陽光が降り注いだ土曜日、銀行の窓口業務が終わりを迎えようとしていたその時だった。

「牧野さん、お客様です。何やら、かなり遠方からお越しのご様子で……」

同僚に声をかけられ、賢治が顔を上げると、そこには見覚えのある、しかしこの場所にはあまりに不釣り合いな風体の男が立っていた。かつて、賢治が心から師と仰いだ人物の親友であり、賢治にとっても人生の節目節目で道を指し示してくれた、いわば「師匠の友人」であった。

「――先生! どうしてこちらへ?」

賢治が驚きに目を見開くと、その男は豪快に笑い、しかしその視線は賢治の背後にある何かを見通すように鋭かった。

「なに、少しばかり遊びに来た。今夜は泊めてくれんか」

そう言って男が傍らに引き寄せたのは、一人の小さな影だった。賢治は思わず息を呑む。

男の背後に隠れるようにしていたのは、十歳にも満たないであろう女の子だった。その姿は、およそ「旅の連れ」と呼ぶにはあまりに悲惨だった。着物は継ぎ接ぎだらけで泥に汚れ、髪は乱れ、素足に履いた草履は今にも壊れそうだった。地元で「ホイド」と称されるような、みすぼらしいその姿は、この清潔な銀行のロビーで異彩を放っていた。

窓口が閉まるのを待ってもらい、賢治は同僚たちに「私の人生において、かけがえのない大切な恩人です」と手短に伝え、いつもよりずっと早く、帰路に就いた。


「志津、ただいま戻った!」

玄関を開けるなり、賢治の切迫した声が響いた。驚いて出てきた志津に、賢治は手短に状況を伝える。

「急ですまないが、今夜、恩師のご友人と、その連れの子をお泊めしたい。私はこれから彼らを連れて一度外で食事を済ませてくる。その間に、準備をお願いできるだろうか」

賢治たちが荷物だけを置いて再び外へ出た後、志津は一人、静まり返った家の中に立ち尽くした。

そして、昨日からの不思議な巡り合わせに思いを馳せた。

(ああ……昨日のあの陽光も、布団を干したくなったことも、そして市場で使い切れないほどの食材を買ってしまったことも……。すべてはこのためだったのね)


志津は迷うことなく動いた。

まずは「お日様の匂い」がたっぷり染み込んだ、あのふかふかの布団を敷く。そして、あの女の子の痛々しいほどのみすぼらしい姿を思い出し、すぐにお風呂を沸かし始めた。

(あの汚れは、外で食事をしたくらいでは落ちないわ。まずは温めて、清めてあげなくては)

志津は自分の古い着物の中から、一番小さく、それでいて肌触りの良いものを引っ張り出し、丈を詰めるために針を動かし始めた。

一時間ほどして、賢治たちが戻ってきた。

玄関の明かりの下で改めて見る女の子は、やはり酷い状態だった。賢治の恩師の友人は、悪びれる様子もなく「いやあ、腹がいっぱいになると眠くなるな」と笑っているが、女の子は怯えたような、それでいて虚ろな瞳で足元を見つめている。

「さあ、まずは温かいお湯に浸かりましょう」

志津は優しく、しかし有無を言わせぬ確かな足取りで女の子の手を取った。

最初は戸惑っていた少女も、志津の掌の温かさに触れると、震える体を取り繕うのをやめ、されるがままに風呂場へと向かった。

湯気の中で、志津は丁寧に、こびりついた泥を落としていく。

お湯に浸かった瞬間、少女の瞳から一粒、大きな涙がこぼれ落ちた。それは悲しみというより、あまりの心地よさに心が解けたような、そんな涙だった。

その頃、居間では賢治と師匠の友人が、志津が用意した豪華な夕餉を前に、静かに向き合っていた。

やがて、風呂から上がった少女が、志津の着物を身にまとって現れた。髪を整え、汚れを落としたその姿は、まるで別人のように清らかで、師の友人が言った「この子は何かを持っている」という言葉の真意を、賢治も肌で感じた。


食事が進み、夜も更けてきた頃、ようやく「女の子の素性」について、師匠の友人が重い口を開いた。

「二、三年前のことだ。ある農村を通った際、不作で身売りに出されようとしていたこの子に出会った。一目見た瞬間、この子は『何か』を持っていると感じてね。親に金を渡し、私が一時的に引き取ることにしたんだ」

男は酒をぐいと飲み干し、続けた。

「去年の夏、様子を見にその村を訪ねてみた。……だが、村は跡形もなくなっていた。廃村だ。飢えと病で、誰もいなくなっていた。この子の家族も、行方不明のままだ。今後どうすべきか悩んでいた時、先日の温泉街で君(賢治)に会った。君に子供がいないこと、そして何より、この八戸の地で、地に足をつけ、まっとうに、そして志を持って生きていることを知り……。この子を会わせるのは、ここしかないと思ったんだ」

賢治は絶句した。

あまりに重い運命。そして、自分たち夫婦に託されようとしているものの大きさに、言葉を失った。

しかし、ふと隣を見ると、志津は驚くどころか、慈しむような眼差しで少女を見つめ、何やら心の底から湧き上がるような、静かな喜びに満ちた表情を浮かべていた。

その夜、賢治と師匠の友人は、深夜まで語り合った。

かつての師との思い出。今の電燈事業の苦労。そして、この八戸という街が、いつか夜の闇を払い、どんな寂しい命も温かく照らす場所になるのだという、賢治の未来の地図を。


翌朝、賢治が目を覚ますと、隣の部屋はすでに静まり返っていた。

急いで居間へ向かうと、そこには「師匠の友人」の姿はどこにもなかった。

ただ、そこには、昨夜志津が用意した布団が、これ以上ないほど丁寧な手つきで畳まれて残されていた。

その枕元に、一枚の置き紙があった。

そこには、少女の名前、生年月日。

そして、今は亡き廃村の住所。

それらと共に、力強い筆致でこう記されていた。

『よろしく頼む』

賢治がその紙を手に取ると、背後から志津がそっと歩み寄ってきた。

二人の視線の先には、まだ眠っている少女の、穏やかな寝顔があった。

「……志津」

「はい、賢治さん。……お日様の匂い、きっと気に入ってくれたみたいですね」

賢治は窓の外を見た。

朝の光が、八戸の街を白く輝かせている。

自分が引こうとしている光は、ただ街を明るくするだけのものではない。

この一人の少女が、これから歩んでいく未来を、その足元を、温かく照らし続けるための灯火なのだ。

賢治は、志津の手を優しく握りしめた。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

本作『月待ちの灯』は、この第百話をもって完結となります。


実は執筆当初、私の頭の中にあったのは、第五話の「待宵草」と、この最終話「灯り」の二つだけでした。しかし、その間にあるはずの物語を模索し、一話から四話を絞り出すように書き進めるうちに、主人公である牧野賢治と志津の二人に、自分でも驚くほどの愛着が湧いてきました。

「この二人の、日常にある小さな幸せを丁寧に描きたい。そして、できることなら百話まで彼らの歩みを見守りたい」

そんな想いに突き動かされ、今日まで書き続けることができました。


旧南部藩である八戸で、寄り添いながら光を求めた牧野家の姿は、皆様の目にどのように映ったでしょうか。

ささやかな「灯り」が、少しでも皆様の心に届いたのであれば、作者としてこれ以上の喜びはありません。

これまでこの物語を温かく見守り、お付き合いいただいた皆様に、心より感謝申し上げます。

本当にありがとうございました。


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