ひょうず2
主人公 牧野 賢治
妻 牧野 志津
娼館の女 お蘭
志津は床についた後も、夕げの時の賢治の嬉しそうな話を思い出していた。
八戸港の市場の隅で、宮古から来た行商人から教わったという、味噌とくるみの団子「ひょうず」。八戸生まれの賢治が、見慣れぬその味に心から感動したのだ。
「明日、作ってみようかしら。」志津は静かに決めた。
翌朝、賢治を送り出したあと、志津はまず台所の棚を確認した。幸い、小麦粉も黒砂糖も、くるみも、十分にそろっている。
賢治から教わった作り方は、いたって簡単だった。
小麦粉二合、黒砂糖一握り、胡桃二十粒、味噌。
小麦粉に熱湯一合を注ぎ、耳たぶほどの柔らかさによく捏ねる。
胡桃は細かく刻み、黒砂糖、味噌少々とともに練り上げて餡を作る。
練った小麦粉を円形に延ばして皮を作り、真ん中に餡を入れる。皮を二つ折りにして、口をしっかり閉じる。熱湯で茹で上げてできあがり。
志津は団子を茹でる前に、賢治が熱心に語った「秘訣」を思い出した。
「くるみと味噌を火にかける時は、焦げる寸前の、香りが立つ直前で火を止めること。」
志津は言われた通り、慎重に餡を練り上げた。この温かい香りは、賢治の心に染み入った宮古の景色なのだろうか。そう思うと、熱湯の湯気の中で団子を捏ねる手に、自然と力がこもった。
茹でてできた団子とは別に、もう一種類、火鉢で表面を軽く焼いたものも作ってみた。
試食してみたら、確かに美味しい。
味噌餡の甘じょっぱさが、もちもちの生地と相まって、いくつでも食べられそうな素朴な味わいだった。
「これは、賢治さんも喜ぶわ。」
志津は夕げのおかずにしようと、団子を大皿に並べた。
そこへ、突然の来客があった。賢治の仕事関係の女性、お欄だった。彼女は賢治が仕事で訪れた娼館で、手ぬぐいを置き忘れたため、それを届けに来たと言う。
「奥様、賢治様が急いでいらしたのか、置き忘れていかれました。」
志津は笑顔で手ぬぐいを受け取った。
「あら、ご丁寧にありがとうございます。賢治さんも、うっかりさんね。」
志津は、賢治が仕事でそのような場所へ行くことを知っている。八戸という街で生きる夫の生活の一部だ。志津は一切詮索せず、お欄を労った。
そのとき、お欄は台所から漂う香りに気づいた。
「まぁ、奥様。この香りは…何でしょう?とても美味しそうな、甘くて香ばしい匂いがいたします。」
志津は顔を輝かせた。
「ああ、これね。少し珍しい団子を作ってみたの。『ひょうず』というんですって。よかったら、お茶でもいかが?」
志津は、お欄に「ひょうず」と温かいお茶を勧めた。賢治から聞いた行商人の話、そして「南部藩を繋いでくれる味」という話をお欄に伝えた。お欄は熱心に耳を傾けていた。
お欄は、湯気の立つ「ひょうず」をそっと手に取り、一口かじった。
「…………まぁ、美味しい。」
その一言には、飾りのない、純粋な喜びが詰まっていた。二人は話に夢中になり、どちらからともなく団子を口に運んだ。賢治のために作ったはずの団子は、あっという間に二人のお腹に収まってしまった。
「ああ、奥様、つい夢中になって、全部いただいてしまいましたわ。」お欄は申し訳なさそうに言った。
志津は微笑んだ。
「いいのよ。これだけ喜んでいただけたら、私も嬉しいわ。」
お欄が帰った後、志津は空になった大皿を見て、肩をすくめた。
(賢治さんには申し訳ないけれど、また後で作ろう。)
志津の心は、初めて作った団子が喜ばれ、静かに満たされていた。
ひょうずを作ってみましょう。
って気持ちになれたら嬉しいです。




