表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロから始める軍神少女  作者:
第二巻 嵐からの手紙
92/130

盤上の駒

歴史学の教室。

空には分厚い雲が垂れ込めている。そのおかげか、室内はむしろ涼やかなくらいだった。

教室に吹き込む心地よい風が、後部座席に座る貴族の生徒たちを、うとうとと微睡みの世界へと誘っていた。

クラウディアも、その一人だった。

つまらなそうに頬杖をつき、ぼんやりと視線を彷徨わせる。

その先で、シミアが、アウグスト先生の授業に、真剣な眼差しで聞き入っていた。

羽根ペンが羊皮紙の上を滑る、サラサラという規則正しい音。

まるで、単調な子守唄だ。

クラウディアは、ふぁあ、と大きな欠伸を一つ漏らした。

(どうして、あの子は……)

こんな退屈な歴史の授業で、どうしてシミアは、まるで世界の全てを吸収しようとするかのような熱意を、保ち続けられるのだろう。

まったく、理解できなかった。

「――狩神六七二年。スハーディ国王が発した『奸臣を除く』との号令と共に、王国内は二つの派閥に分裂した。一つは、エグモント家、ヴラド家などを筆頭とする国王派。もう一つは、シスリ家、カイニ家などを中心とした反王派である。そして、長年にわたる水面下での権力闘争において、常にその主戦場となったのが――王都と辺境を結ぶ交通の要衝であり、王国の穀倉地帯でもある、人口密集地、南方農業領であった。この内耗により、王国経済は未曾有の凋落を迎え、村々は双方の軍によって蹂躙され、農民たちのけして豊かとは言えない蓄えは、根こそぎ奪われた。そして、ついに、王国全土を巻き込む、大飢饉へと発展したのだ」

シミアの瞳が、じっと、教壇を見据えている。

だが、その脳裏には、全く別の光景が、勝手に浮かび上がっていた。

故郷の市場で、シャルと共に、小さな露店を出していた頃の記憶。

自分たちで作った、ささやかな装飾品を売る。

人波が引いた後、人の好い大人たちと、売れ残った品物を、笑いながら交換し合う。

あの、温かく、素朴な日常。

それは、彼女が、この世界で、何よりも大切にしている宝物だった。

もし、戦争が、始まったら……。

私たちは、あんな風に、生きていられるのだろうか?

そこまで考えて、シミアは、ふっと息が詰まるのを感じた。羽根ペンを握る指に、無意識に、力が籠る。

「……絶えず、態度の定まらぬ小貴族たちが、国王派と反王派の間を行き来し、そして、飲み込まれ、ある者は、一族ごと、歴史の闇に葬り去られた。これは、王国史上、二度目となる、貴族社会の大粛清である。数多の名のある家が、こうして、歴史から、その名を消した」

そこまで語ると、アウグスト先生の視線が、意味ありげに、後部座席へと流れた。

クラウディアは、はっと顔を上げる。

その視線が、まるで全てを見透かすかのような、教師の瞳と、空中で、ぴたりと交差した。

アウグストの口元に、ごく僅かな笑みが浮かぶ。

彼は、ぱたん、と教科書を閉じた。

「ここまで話せば、ここにいる諸君の中にも、理解した者がいるだろう。常に、こう考える者がいる。『王国の中立派など、所詮は、日和見主義者だ』と。国王が優勢となれば国王に付き、反対派が優勢となれば、またそちらに靡く、と」

アウグストは、彼の言葉で、一斉に顔を上げた貴族たちを見回した。

「だが、覚えておくがいい。軽率な鞍替えは、諸君自身を滅ぼすだけでなく、その一族郎党、全てを破滅へと導くことになるのだ」

その言葉は、まるで、土砂降りの雨だった。

微睡んでいた貴族の子弟たちを、一瞬にして、現実に引き戻す。

「最近の、ルルト家の反乱が、何よりの好例だ。ルルト家の令嬢は、少し前まで、この教室の生徒だった。彼らは、南方農業領の大家族でありながら、ヴラド家の駒となる道を選び、そして、家は断絶し、一族は離散した。これは、我々全てにとって、最良の教訓だ。くれぐれも、目先の利益に目が眩み、分不相応な選択をすることのないように。この教室から、大家族の盤上、その駒として、使い捨てられる犠牲者が出ることを、私は望まない」

授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響く。

貴族の生徒たちは、まるで、息の詰まるような政治説教から逃げ出すかのように、そそくさと教室を後にしていった。

クラウディアは立ち上がり、アウグスト先生と視線を交わす。二人は、示し合わせたように、ふっと微笑み合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ