君のいない旅路より
たった一人の相棒、シミアへ
この手紙を読んでいる頃、私はもう銀潮連邦のどこかの小さな町にいるはずよ。
王都を発ってから、馬車の窓の外ではずっと雨が降っているわ。ここの雨はローレンス王国と違って、少しも冷たくないの。ただ、しとしとと静かに降り続いて、遠くの村も、緑の丘も、すべてがぼんやりとした水蒸気に包まれている。聞くところによると、銀潮連邦にはここ数年、こんな言い伝えがあるんですって。「連邦に危機が迫る時、英雄の魂が、災いの炎を消し去るために、清らかな雨を遣わす」のだと。
銀潮連邦の村々は、想像していたよりもずっと密集していて、半日も馬車に乗れば、一つの温かい宿屋から、次の宿屋へと辿り着けるの。
旅の食事も、もちろん行軍中の乾いた肉や、喉を通らない黒パンなんかとは比べ物にならないくらい良いものよ。でも、なぜかしら。温かい食事を口にするたび、辺境の野営地で、あなたが差し入れてくれたあのスープを思い出してしまうの。
あれは多分、生まれて初めて、何の打算も含まれていない、純粋な温もりを味わった瞬間だったのでしょうね。実家では、どんなにご馳走が並んでいても、そこにはいつも父の計算と、母の叱責が付きまとっていた。そして今、異国の地では、一口食べるごとに、警戒心というスパイスを加えなくちゃいけない。
あなただけがくれた、あの温もりだけが、本物だった。
あなたのことを思うと、いつも少し気まずい記憶が蘇ってくる。一族の意思に操られるまま、ピエロみたいに、あなたの前であんな馬鹿げた芝居を演じていた自分を。特に、あの魔法の授業での一件は……今でも、時々夢に見てはっと目が覚めてしまうの。どうしてあの時、自分の心の声に従わなかったのだろうって。
シミア、あなたは自分を傷つけた人間に対して、あまりにも寛容すぎるわ。偉そうな女王様に対しても、私みたいな救いようのない馬鹿に対しても。あなたは、もっと素直に不満を口にしていい。もっと自分のことを、必死に守らなくちゃ。もちろん……その言葉は、そっくりそのまま私自身にも当てはまるのだけれど。
……こんな話は、もうやめましょう。
聞いてくれる? 旅の始まりなんて、最悪だったのよ。あなたにもらった旅費を少しでも節約しようと思って、一番安い乗合馬車に乗ったの。そしたら、雨漏りする屋根のせいで、私だけじゃなくて、荷物までびしょ濡れ。おまけに、汗臭い客でぎゅうぎゅう詰めの車内で、中年男がずうっと、ねっとりとした視線で私の胸元を見てきて……本当に、最悪の気分だった。
だから、もう自分に我慢を強いるのはやめたわ。一番良い馬車に乗り換えたの。余分にかかったお金は、港湾同盟の首都リドタンに着いたら、アルバイトでもして稼ぐから。心配しないで。アルバイトをしながらでも、あなたが私に託してくれた任務は、必ずやり遂げると約束するわ。
そういえば、私の家――ルルト家は、実は港湾同盟と、切っても切れない関係があるの。曽祖父の代から、ずっと港湾同盟の豪商から莫大な借金を背負い続けて、父の代で、ようやくそれを完済した。もしかしたら、そんな不名誉な過去があったからこそ、父は富と権力に対して、あれほど執拗なまでの野心を抱いてしまったのかもしれないわね。皮肉なことに、その野心が、結局私たち全員に、災いしかもたらさなかったのだけれど。
シミア。地下牢に閉じ込められていた時、色々なことを考えたわ。いっそ死んでしまおうかとか、何もかもかなぐり捨てて復讐してやろうかとか。でも、あなたが手を差し伸べてくれて、こうして実際に旅に出て、今まで見たこともない景色を見て、様々な人々と触れ合って……ようやく気づいたの。過去の自分なんて、憎しみに目を曇らされた、ただの井の中の蛙だったって。
あなたのことが好きよ、シミア。
あなたと一緒に過ごした、あの短くて、かけがえのない日々が。
あなたと離れ離れになることを思うと、今でも胸が張り裂けそうなくらい、不安になる。
でも、約束は守るわ。
私は、もっと自分を磨く。この目で、世界の本当の姿を確かめて、あなたの、一番頼れる相棒になってみせる。
だから……その時まで、あなたの隣に、私のための場所を、一つ空けておいてくれないかな?
最後に。どうか、くれぐれも体に気をつけて。学院での生活は、戦場なんかよりも、ずっと陰湿で危険な場所よ。今まであなたを蔑んでいた連中が、あなたに笑顔を向け始めた時こそ、一番警戒しなくちゃいけない。
これは、一人の敗北者からの、ささやかな忠告よ。
君の相棒、
ミリィル・ルルトより