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ゼロから始める軍神少女  作者:
第一巻:二つの戦場、二人の将軍 (だいいっかん:ふたつのせんじょう、ふたりのしょうぐん)
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仕掛けられた罠

今朝の軍営には、抑えつけられた、まるで火山が噴火する直前のような緊張した雰囲気が漂っていた。


天幕はいつまでたっても撤収されず、いつもは騒がしい訓練場も静まり返り、ただ、一隊また一隊と、警戒を強めた兵士たちが、野営地の各所を絶えず巡回しているだけだった。シミアは異変に気づき、彼女は一人、沈黙する人々を抜け、中軍の主天幕へと向かった。


いつも見慣れた衛兵たちが、彼女の姿を見ると、複雑で、何かを言いたげな表情を浮かべ、まるで彼女に近づかないよう、忠告しているかのようだった。


シミアの視線は彼らを越え、主天幕の前の、あの空き地へと注がれた。そこには、十三の、白い布で覆われた担架が、整然と一列に並べられている。まるで、一列の、無言の、白い感嘆符のように。全身の至る所に包帯を巻かれた一人の生存者の将校が、涙ながらに、目の前の一人の将軍に、補給小隊が奇襲に遭った経緯を訴えていた。


「ガシャン――!」


重々しい鈍い音が、主天幕の中から聞こえてきた。まるで、激怒した雄ライオンの咆哮のようだ。


シミアはそっと天幕の垂れ幕をめくり、アルヴィン将軍の、あの真っ赤に充血した瞳と、束の間、視線が合った。彼女は黙って隅へと歩み寄り、将軍と百人隊長たちの、怒りに満ちた議論の中から、迅速に、事の全貌を把握した。昨夜、女王の慰問品を輸送する任を負った一支隊の補給小隊が、伏兵に襲われた。補給物資は些かも損なわれていないが、十三名の兵士が全員戦死し、ただ一人の将校が重傷を負いながらも生き残った。そして、あの、女王自らが縫い上げた、王室の栄光を象徴する慰問の旗は、その場で燃やされ、その灰の傍らには、鋼心連邦の傭兵のものである、侮辱的な印が残されていた。


シミアは静かに隅に立っていた。周囲の全ての喧騒が、まるで遠ざかっていくかのようだ。彼女の意識は、一つの、絶対的に静かな、彼女自身だけの思考空間へと、沈んでいった。


世界が色を失い、一片の、純白の虚無と化す。彼女の目の前に、領主クラスの制服を身にまとった、銀髪の少女の姿が、ゆっくりと形を成していく。まさしく、彼女の絶対的な理性を象徴する、あの「ミリエル」だ。


続いて、虚無の空間の中に、シミアの記憶に基づき、奇襲に遭った地点の完全な地形が、迅速に構築されていく――両側は鬱蒼とした森林、中央には、さほど広くない一本の土の道。数台の補給車が、道の中央に、乱雑に停まっている。


銀髪の「ミリエル」は、どこからともなく現れた一杯の紅茶を手に取り、小口でそれを啜ると、微笑みながら、最初の問いを投げかけた。


(ミリエル:シミア、考えてみて。敵はなぜ、補給品を運び去らなかったのかしら? あれは、一支隊が数日間、憂いなく過ごせるほどの物資よ。)


最初の疑問をきっかけに、シミアの目の前の光景が、自動的に推演を始めた。


暗い森林の中から、敵の一小隊が飛び出し、矢が唸りを上げる。味方の兵士は、車両を盾に、最後の抵抗を試みている。戦闘はすぐに終わり、敵軍が勝利を収めた。だが、彼らが一台の、重々しい補給車を引こうとした時、車輪は即座に、林の端のぬかるみに深く沈み込み、行動の効率が、著しく低下した。画面の中の敵軍指揮官は、苛立たしげに手を振ると、車を引くのを諦め、迅速に、森の中へと消えていった。


(シミア:なるほど。彼らの行動は、隠密かつ迅速でなければならなかった。重い補給品は、足手まといになる。)


(ミリエル:筋は通っているわ。)


銀髪の「ミリエル」は、その答えに満足したようだ。彼女は茶杯を置くと、また、第二の問いを投げかけた。


(ミリエル:では、彼らはなぜ、わざわざ、旗を燃やすなどという手間をかけたのかしら? 旗を燃やす時間があったのに、より価値のある補給品を破壊しなかったのは、合理的ではないわ。それに、あなたは思わない? あの将校が『生き残れた』のは、決して、襲撃者の不注意によるものではない、と。)


シミアの脳内の光景が、急速に変化する。今回の場面は、天幕の外へと切り替わった。あの、生き残った将校が、同僚たちに、襲撃の恐怖を、ありありと描いてみせている。彼の声は恐怖で震えていたが、その一言一言が、まるで一粒の火の粉のように、聞く者たちの心中の怒りを、的確に燃え上がらせていた。


シミアはその光景を見つめ、答えが、次第に浮かび上がってきた。


(シミア:補給品を破壊する時間がなかったのではなく、彼らは、補給品を残さなければならなかったから。)


(シミア:生存者を見つけられなかったのではなく、彼らは、生き証人を残さなければならなかったから。)


(ミリエル:ほう?)


(シミア:生き証人を残してこそ、『恐怖』と『怒り』を、最も効果的に拡散させることができる! 完全な補給品を残し、栄光を象徴する旗を燃やしてこそ、今回の襲撃の性質を、『略奪』から、純粋な『挑発』と『侮辱』へと、歪曲させることができる!)


脳裏で、銀髪の「ミリエル」が、理解したかのように微笑んだ。彼女はもう何も言わず、ただ静かに、シミアを見ていた。全ての糸口は、すでに繋ぎ合わさり、最終的な結論は、もはや言うまでもない。


(シミア、ミリエル:だから、この行動は、初めから、一つの、精密な心理誘導であり、その唯一の目標は、アルヴィン将軍、本人だった。)


脳内の世界が、鏡のように砕け散り、一つの、強烈な精神的な眩暈が襲ってきた。シミアは、無意識のうちに後ろへともたれかかり、隅に置かれていた一つの椅子を支えにして、ようやく、かろうじてその身を安定させた。


この時、天幕内の軍事会議もまた、終わりに近づいていた。彼女は、アルヴィン将軍が、あの、まさに噴火しようとする火山の溶岩のように低く、そして熱い声で、全ての将領に、命令を下すのを聞いた。


「我が命令を伝えよ! 全軍、予定計画を中止し、午後、分岐路にてライエン哨所へと転進し、全速力で友軍を救援せよ! 今宵、私は、敵の首級を以て、この旗の上の恥辱を、洗い雪いでくれる!」


百人隊長たちが、復讐の怒りを帯びて命令を受け、去って行った後、天幕の中には、ただ、シミアとアルヴィン将軍の二人が残された。


将軍は、ようやく隅にいる彼女に気づき、その顔の怒りが、少し収まり、代わりに、年長者が若輩者に向けるような、少しばかり粗野な、気遣いの色へと変わった。


「見たか? 小娘。これこそが、本当の戦争だ。お前さんのような女の子が、恐ろしく思うのも、当然のことだ」彼は机の傍らまで歩み寄り、何気なく、シミアのために一杯の茶を注いだ。「まだ、足がすくんでいるだろう? この茶を飲み干したら、とっとと自分の天幕へ戻れ。ここから先は、お前さんがいるべき場所ではない」


シミアは茶杯を受け取った。冷たい茶が喉に流れ込み、そして、急速な思考で火照っていた彼女の頭脳を、完全に、冷静にさせた。彼女は顔を上げ、将軍の視線と向き合った。


「アルヴィン将軍、お考えになったことはございますか……これが、幾日も前から計画された、誘敵深入の計である可能性を」


将軍の、まさに地図を片付けようとしていた手が、猛然と、空中で止まった。


「何だと?」


「これは、罠です、と申し上げているのです」シミアの声は大きくはなかったが、この上なく、明瞭だった。「敵は、おそらく、とうに我々の情報を洞察しており、彼がこの度の襲撃を企てた唯一の目的は、閣下を激怒させ、本日、閣下に、性急な軍事行動を取らせるためです」


アルヴィン将軍の顔が、瞬く間に、豚の肝臓のような色に染まった。彼は猛然と手を伸ばし、シミアの、痩せた肩を、鷲掴みにした。


「証拠はあるのか?! シミア・ブレン!」彼は、ほとんど怒鳴るように問い、灼熱の鼻息が、彼女の顔に吹き付けられた。「貴様は、この軍の中に内通者がおり、敵と協力して、芝居を打っているとでも、言うつもりか? その人間を、今、この場で、わしの前に指し示すことができるのか?!」


強烈な痛みが肩から伝わってくるが、シミアはただ、固く唇を噛みしめ、沈黙のまま、首を横に振った。


彼女は、ミリエルの最後の警告を思い出していた。だが、彼女は知っていた。何の具体的な証拠もないまま、ただ一人の「反逆者」の証言だけで、徳望の高い一人の教師を告発することが、どれほど、蒼白で無力であるかを。


ましてや、カシウスが間諜であり、単に王都の反乱の参加者ではないと証明する証拠など、何一つない。


彼女の沈黙を見て、アルヴィン将軍の顔に、教育者の余裕、勝利者の笑みが浮かんだ。彼はゆっくりと手を離し、シミアの体は、力を失い、天幕の隅の椅子に座り込んだ。


「ならば、とっとと、己の天幕へ失せろ!」


彼は、もはや彼女を一瞥もせず、踵を返し、天幕の入り口にいる伝令兵に向かって、大声で怒鳴った。


「我が命令を伝えよ! 全軍、抜錨! 急行軍! 日が暮れる前に、必ず、ライエン哨所に到着せよ!」


伝令兵は飛ぶように去っていき、有無を言わせぬ命令の声が、野営地の各所で響き渡った。シミアは元の場所に立ち、未だにじんじんと痛む肩を揉みながら、将軍の怒りで歪んだ地図を見つめた。


彼女の眼差しは、この瞬間、全ての焦燥と無念を脱ぎ捨て、深淵のように、静かで、そして、氷のように冷たくなっていた。


彼女は、理解した。


現在の彼女は、ミリエルが自分のために整えてくれた道筋を通して、災いの発生を阻止する能力を、すでに失ってしまった。アルヴィン将軍は、敵の刺激の下、完全に、自制心を失っている。


彼女は、自ら機会を創造し、この戦局を左右しなければならない。彼女は、舞台裏で貢献することを放棄し、舞台の、最前線に立たなければならない。


彼女は、ゆっくりと顔を上げ、天幕の外の、あの、間もなく戦火に点火されるであろう天空を、仰ぎ見た。彼女の時間は、もう、多くは残されていなかった。

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