女王の剣、忠誠の誓い
深夜、ミリエルは純白のワンピース寝間着を身にまとい、王家の庭園で月光を浴びていた。白銀の髪が月光を受け、湖面のさざ波のような冷たい色を放っている。
「シミアは、今頃アルヴィン将軍と合流した頃かしら?」
ミリエルの目の前に、自分の“攻撃”に、どうしていいかわからずにいたシミアの顔が浮かぶ。
シミアを思うと、ミリエルの口元が、思わず綻んだ。
だが、それもほんの一瞬のこと。
(あの子は、もう彼女の戦場へと赴いた。そして、私も、私の戦いを始めなければ)
彼女はその柔らかな感情を心の奥深くに沈め、振り返った時、その顔から全ての温情は消え失せ、ただ君主だけが持つ、氷のような静けさが残っていた。
背後で、草地を踏む音が聞こえる。その音は数歩先で止まり、コーナの声が響いた。
「女王陛下、バセス・リース将軍をお連れいたしました」
「わかったわ。下がりなさい。彼と、二人で話したい」
ミリエルは深く息を吸い、努力してシミアのことを頭から追い出すと、その表情はすぐに、いつもの厳しく真剣なものへと戻った。
ミリエルが振り返ると、白と黒を基調とした執事服を身にまとったバセスが、緩やかな歩みでこちらへ向かってくるところだった。ミリエルの三歩手前まで来ると、彼は標準的な礼儀作法に則り、片膝をついた。
「バセス・リース、女王陛下に拝謁いたします」
ミリエルはバセスに歩み寄り、その、すでに色を失った白髪を見て、一瞬ためらった。彼女は手を伸ばし、バセスを立ち上がらせる。
「バセス、久しぶりね。最後に会ったのは、もう六年も前かしら」
六年前は、ミリエルの父君が崩御された日。その日を境に、ミリエルはもう、あの憂いのない日々を享受することはできなくなり、来る日も来る日も、王国の未来のために戦い続けてきた。
「はい。臣は、あの日のことを、今もはっきりと覚えております」
「あの日、本当はあなたを解雇するはずだったのに、私はあなたにまとわりついて、最後の物語をねだったわね。狩神の神話には存在しない、第十二の英雄に仕えた騎士――セラの物語を」
「はい。あれは、古い世代の者たちの間で、代々語り継がれてきた物語でございます」
ミリエルは背を向け、広大な庭園を散策し始めた。バセスは、黙ってその後ろに従う。
ミリエルは目を閉じた。あの日の全ての細部が、まるで目の前にあるかのようだ。「第十二の英雄、リリアは、心優しい少女だった。大陸に害をなす魔獣を傷つけた後、彼女は、その魔獣がやがて死ぬことを悲しみ、大陸各地から集まった残りの十一人の英雄たちに訴えた。『あれを見逃してあげて。お願いだから、見逃してあげて』と。結局、リリアを除いた残りの十一英雄は魔獣を打ち倒し、その血を飲み干し、その肉を喰らった。そしてリリアと、彼女の騎士セラは、残りの十一英雄によって追放され、彼女は自らの国に拒絶され、その傍らには、ただ、あの忠実な騎士だけが残った」
バセスは、静かにミリエルの語りに耳を傾けていた。彼は、亡き妻のことを思い出していた。彼女も、この物語が大好きで、いつもバセスに繰り返し語ってくれとせがんだものだ。
「リリアは、誰にも邪魔されない桃源郷を探して生きていこうとしたけれど、至る所で壁にぶつかった。かつての国は彼女を恥とみなし、かつての故郷は彼女を受け入れることを拒み、大陸中の人々が彼女を唾棄した。それでも、騎士セラだけは、ずっと彼女を見捨てなかった」
ミリエルの声が、少し途切れた。目の前に、シミアの姿が浮かぶ。もし、いつか自分もリリアのようになったら、シミアも、セラのように自分を守ってくれるだろうか? しかし、シミアは今、傍にはいない。ミリエルは、ただ自分で自分を抱きしめるしかなかった。
芝生を踏みしめながら、ミリエルの声は時に高く、時に沈み、彼女の演じる物語は、まるで目の前で起きているかのように、生き生きとしていた。
「ある日、セラが外出している隙に、リリアの居場所を聞きつけた何人かの傭兵が、孤立無援のリリアを見つけ出した。彼女は、その傭兵たちに小刀で、一太刀、また一太刀と辱められ、可愛らしかった顔立ちは見るも無残に醜くされ、喉は拷問によって嗄れ果て、両足の筋は断ち切られ、歩く能力を完全に失った。セラは、一歩、遅かった。リリアは、虫の息だった。目の前のセラを見て、彼女は、ようやく理解した。自分がずっと探していた家は、すぐ傍にあったのだと。セラがいる場所こそが、家なのだと。リリアは、かろうじて生き延びた。そしてセラは、ずっと忠実に彼女の傍らに寄り添い、二人は、幸せに暮らした」
ミリエルは、歩みを止めた。彼女はバセスの目を見て、微笑んだ。
目の前の少女を見て、バセスは、まるで自分がまだ近衛軍にいた頃の、あの天真爛漫で、明るく情熱的だった、幼い少女を見ているかのようだった。
「将軍。もし、あのセラも彼女を裏切っていたら、リリアは、それでも生きていられたかしら?」
バセスは、沈黙した。彼は口を開き、肯定の答えを返そうとしたが、現実は、往々にして人の思い通りにはならない。
「バセス将軍。あなたは、なぜセラがリリアを守ろうとしたのだと思う? 彼女が、選ばれた英雄だったから? それとも、ただ、リリアという個人を守りたかったから?」
「リリア様の、その善良なるご本性ゆえにございます、女王陛下」バセスは、そう答えた。
ミリエルは、深く息を吸った。そして彼女が目を開けた時、そこにいたのは、もはやあの優しい少女ではなく、鋭い気迫をまとった、女王ミリエルだった。
「バセス将軍。あなたに問うわ」
ミリエルの声は大きくはなかったが、重々しい響きを帯び、庭園全体に広がっていった。
「もし、いつの日か、この王国を守るために、私が、誰の目から見ても、王国の利益を損なう、冷酷で、甚だしきは誤った決定を下さなければならなくなったとしたら。その時、あなたが忠誠を誓うのは、あの抽象的な『王国』か、それとも、この私――ミリエル・ローレンス本人か?」
バセスの目に、驚愕の色が浮かんだ。彼は唇を固く結び、その脳裏に、多くの可能性がよぎった。
しばしの後、彼は片膝をつき、揺るぎない口調で、こう応えた。
「陛下。この老臣、先王にお仕えし、今は陛下にお仕えしております。そしてエグモント家は、代々王家のご庇護を賜り、王家のために辺境を守ってまいりました。エグモント家の栄光は、ローレンス王家の血脈と共にあり、そして、この臣の願いは、陛下の願いと共にございます。陛下がお望みとあらば、この老臣も、エグモント家の剣も、ただ御身一人のために鞘から抜かれ、ただ御身一人のために舞いましょう。いかなる敵を前にしても、我らが揺らぐことは、決してございません!」
ミリエルは身をかがめた。その白い寝間着が、草地に触れ、先ほど踏みしだかれた土くれの上に落ちる。
「女王陛下。この臣下には、『王国の利益』とは何たるかが、分かりかねるのかもしれませぬ。ですが、六年前から、あなたは、ずっと正しかった。あなたの御努力の下、王国は少しずつ、良い方向へと向かっております。この臣の目から見れば、あなたが玉座におられる限り、ローレンス王国には、まだ希望がございます。もはや老いぼれの身ではございますが、この一本の剣……この臣めに、どうか振るわせていただきたい!」
ミリエルはバセスを支え起こし、空に浮かぶ月を見上げた。
「これからのしばらくの間、王都には、大きな変化が訪れるかもしれない……父の代から、すでに私兵を飼い慣らしてきたあの貴族たちが、王都が手薄になるこの好機を、見逃すはずがない。だから、将軍。あなたとエグモント家には、これからの数日間、私に協力して、一芝居、打ってもらいたい。彼らが、勝利を確信できるような、そういう芝居をね」
広大な庭園の片隅で、春の訪れと共に、以前は手入れされていなかった花の種が、静かに芽吹いていた。そう遠くない未来に、きっと、咲き誇るだろう。